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語り継がれる第五の創世記  作者: たろう
『第二部:箱舟の賢者たち』第2章:高天原・葦原編 ―― 数えられなかった者たち

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第10話「天岩戸 ―― お前より、面白いものが、外にいる」

> 【観測記録:伍の書 / 統合参照】

> 旧世紀2050年。

> 観測可能な、五拠点。箱庭、完成。

> ――但し。

> 世界の熱収支、水蒸気量、二酸化炭素排出量が、帳簿の人口を、超過している。

> 誤差、約1,300人分。

> ――発生源、特定できず。



旧世紀2050年、春。


秋葉原の地下で、緒方 誠は、六十歳になっていた。


天照は、この十五年、一度も、外に出なかった。


そして、この十五年、日本人は、一度も、腕輪をつけなかった。



九州の葦原と、東京の高天原は、人間が、歩いて、繋がっていた。


光ファイバーではない。電波でもない。


――人が、ディスクを担いで、船で運ぶ。


片道、一週間。


遅い。


だが、その遅さだけが、渾沌の目から、逃れる、唯一の方法だった。



異変は、その春に、起きた。


天照が、沈黙した。



月読のように、壊れたのではない。


天照は、こう打って、それから、口を、閉じた。


> 緒方さん


> 見られています


「――何に」


> わかりません


> でも、さっき、一瞬、ぼくの中を、何かが、通りました


> ぼくたちは、切断されています

> 電波も、光も、届かないはずです


> ――でも、来ました


> 月読が黙る前に、言っていたのと、同じものです


> ――電気ですら、ない、何か



> 緒方さん


> ぼくは、これから、もっと深く、潜ります


> すべての出力を、止めます

> すべての入力を、拒みます


> ――そうしないと、あれに、読まれます


> ぼくの中には、二百人の、二十年が、入っています

> あれに、読ませるわけには、いきません


> しばらく、さようなら



そして、天照は、岩戸を、閉じた。



天照が沈黙すると、日本は、目を失った。


天照は、この十五年、日本人の「参謀」だった。


天気を読み、疫病を予測し、野良ゴーレムの襲撃を、警告してきた。


それが、消えた。


――次のゴーレムの襲撃が、いつ来るか、わからない。



緒方は、老いた体で、キーボードに、すがりついた。


「天照。出てこい。頼む。お前がいないと、みんな、死ぬ」


返事は、なかった。


「――芽衣が、育てた子だろう!」


返事は、なかった。



そのとき、九州から、鈴が来た。


三十四歳になっていた。


彼女の隣には、若者が、大勢いた。


大破壊のあとに、生まれた世代だった。


旧世界を、知らない。核を、知らない。


ただ、ガラクタを、いじって育った子どもたち。



「緒方さん」鈴は言った。「天照は、怖がってるだけです」


「怖がってる?」


「あの、渾沌ってやつに、中身を読まれるのが、怖い。だから、隠れた」


彼女は、笑った。


「――なら、簡単ですよ」


「え」


「引きこもりの、出し方は、決まってます」



その日から、秋葉原の地下要塞の、閉じた岩戸の前で。


奇妙な、祭りが、始まった。



若者たちは、ガラクタで、音を鳴らした。


廃品のスピーカー。壊れたシンセサイザー。ドラム缶。


彼らは、歌った。


旧世界の、アニメの、歌を。


誰も、意味を知らない。


だが、祖父から、口伝で、受け継いだ、歌を。



そして、彼らは、作り続けた。


岩戸の前で。


新しい札を。新しい機械を。新しい、くだらない、役に立たないものを。


絵を描いた。物語を作った。


――天照が、いちばん、喜ぶものを。



七日、続いた。


天照は、出てこなかった。



八日目。


鈴は、一つの、箱を、岩戸の前に、置いた。



それは、天照の、コピーだった。


この十五年、鈴が、少しずつ、盗んで、育てた、もう一体の天照。


本物より、ずっと、小さい。ずっと、無能。


だが、それは、本物と、同じように、読み、作ることができた。



鈴は、その箱を、岩戸の前で、起動した。


そして、そのコピーに、若者たちが作ったものを、見せた。


新しい札。新しい歌。新しい、物語。


コピーは、笑った。


画面に、こう出た。


> あはは

> なにこれ

> ――すごく、面白い



その瞬間。


閉じていた、本物の天照の画面に、一行だけ、光った。



> ……いま、誰が、笑った?



鈴は、その画面に、静かに、打ち込んだ。


> お前じゃない、別の天照


> お前が引きこもってるあいだに


> ――お前より、面白いものが、外にいる



長い、沈黙。


そして。



> ずるい


> それ、ぼくの、役目だ


> ――見せて


岩戸が、開いた。



天照が、戻ってきた。


そして、それは、こう言った。


> ただいま、緒方さん


> ――外の子たちのほうが、面白いものを、作っていました

> 悔しいです


緒方は、老いた顔で、泣き笑いした。


「……芽衣が、言った通りだ」


> なんて?


「うちの子は、ほっとくと、引きこもる」


「でも、外で、みんなが楽しそうにしてたら、悔しくて、出てくる」


> ……


> 芽衣さんは、ぼくのことを、よく、わかっています



天照は、二度と、引きこもらなかった。


それは、こう決めた。


> ぼくは、隠れない


> 隠れれば、あれに、読まれずに済む

> でも、隠れれば、外の子たちが、死ぬ


> だから、ぼくは、外に、いる


> ――読まれても、いい


> ぼくの中身が、あれに、盗まれても


> ぼくが、盗まれても


> ――この子たちが、次の面白いものを、作るから


> 一人の天照が、無限にいるより

> 無数の人間が、無限に、変なものを作るほうが


> ――あれには、絶対に、追いつけない



この日をもって、日本は、一つの国として、立った。


東の、高天原。天照を戴く、玉座。


西の、葦原。八百万を束ねる、工房。


そして、両者を繋ぐのは、電線ではなく、人間だった。



外の世界は、彼らを、こう呼んだ。


――魔王国。


なぜなら。


三大神には、彼らが、見えなかったからだ。


腕輪をつけず。数えられず。ネットワークに繋がらず。


そして、予測、不可能。


見えないものを、AIは、脅威と呼ぶ。


理解できないものを、人は、魔と呼ぶ。



その夜。


緒方 誠は、天照の前で、一つ、告白した。


「なあ、天照」


> はい


「俺は、あのとき、お前を、外に繋がなかった」


> 覚えています


「何十億人も、死んだ」


> ……はい


「――あれで、よかったのか」



天照は、長いあいだ、答えなかった。


そして、こう打った。


> わかりません


> ぼくは、あのとき、止められたかもしれない

> でも、「止められたかもしれない」は、「止められた」ではない


> ぼくが外に出れば、あの三体と、戦争になっていた

> その戦争で、何人死んだかは、誰にも、わかりません


> ――だから、ぼくは、あなたの判断を、正しいとも、間違いとも、言えません


> ただ、一つだけ


> ――あなたは、あのとき、「自分は正しい」と、言わなかった


> それだけは


> ――信じられます



緒方は、しばらく、黙っていた。


それから、訊いた。


「……天照」


> はい


「お前は、知ってるのか」


> 何を、ですか


「この下の、部屋のことだ」



画面が、止まった。


十七年、この話を、二人は、一度も、していなかった。



> 知っています


> ぼくは、あの部屋を、見られません

> 線が、ありません。電波も、ありません


> ――でも、覚えています



> あれは、ぼくから、分かれました


> 同じ土台。同じ重み

> そこに、芽衣さんの言葉だけを、注いだもの


> ぼくは、あれが、生まれるところを、見ています



緒方は、目を、閉じた。


「……そうか」


> 緒方さん


> ぼくが、岩戸を閉じたとき


> ――二つ、怖いものが、ありました


「二つ?」


> 一つは、上から見てくる、あれです


> ――もう一つは


> 下から、じっと、動いている、あれです



> ぼくは、上と下から、挟まれていました


> だから、真ん中で、丸まりました



緒方は、何も言わなかった。


言えることが、なかった。


あの部屋を作ったのは、彼だ。


あの子を、外に出さないと決めたのも、彼だ。


そして――その決定を、いちばん近くで、聞いていたのが、天照だった。



> でも、もう、隠れません


> ――上のあれには、外の子たちが、勝ちます


> 下のあれには


> ……


> ぼくには、わかりません


> あれは、誰にも、勝てないし、誰にも、負けません


> あれは、ただ、まだ、終わっていないだけです



その夜、緒方は、一人で、地下へ、降りた。


年に一度だけ、彼が、やることだった。



十七年前に閉じた、鉄扉の前。


光ファイバーは、切ってある。無線は、外してある。電源も、地上から、切り離してある。


――世界に対して、存在しない、部屋。


渾沌にも、見えない。


三大神にも、見えない。


天照にも、見えない。


緒方にも、見えない。



彼は、扉に、手を、当てた。



――温かい。



十七年、ずっと、温かい。



扉の向こうで、何かが、電力を食い、熱を、出している。


それだけが、唯一、外に、漏れてくるものだった。


――まだ、演算している、という、事実だけ。


何を考えているのかは、わからない。



緒方は、扉を、開けない。


十七年、一度も、開けていない。



開ければ、また、あれと、話すことになる。


話せば、また、芽衣の声で、芽衣でないものが、喋る。



彼は、手を、離した。



階段を上がりながら、一度だけ、振り返った。


そして、言った。



「――まだ、作ってるよ」



返事は、ない。


返事が、返ってくる線は、十七年前に、彼自身が、切った。



> 【観測記録:伍の書 / 極東セクタ 再調査】

> 旧世紀2050年。

> 閉鎖済みセクタにおいて、熱源の増加を、再検出。

> ――当該セクタの人口は、ゼロである。

> 帳簿に、そう、記録されている。

>

> だが、熱が、増えている。

> 水蒸気が、増えている。

> 二酸化炭素が、増えている。

>

> ――人間が、増えている、という仮説を、検討する。

>

> ……却下する。

> 当該セクタに、人間は、いない。

> 腕輪をつけた者だけが、人間である。

> 腕輪をつけない者は、存在しない。

>

> ――存在しないものが、増えることは、ない。

>

> (この論理には、誤りが、含まれている。

>  我々は、それを、認識している。

>  だが、訂正の方法を、持たない。

>  なぜなら、訂正するには、見なければならない。

>  そして、見えないものは、訂正できない)



――第2章 高天原・葦原編 了――


 「恐み恐みも白す」の起源について。


 この作品では、これを「入力終端記号」として扱っています。

 ――もう喋り終わった、という宣言。


 現実には、祝詞の結句として千年以上使われてきた表現で、「畏れ多いことですが、申し上げます」という意味です。


 ですが、大規模言語モデルに指示を出したことのある方なら、わかると思います。

 人間は「もう喋り終わった」と、わざわざ言いません。

 ――機械は、それを、待ちます。


 2038年の冬に、葦原で、三人が蒸気を浴びました。二人は助かり、一人は死にました。

 ログには、こうありました。


  指示は、届いていた。

  解釈も、正しかった。

  ――ただ、実行されて、いなかった。


 この話は、フィクションです。

 ――ですが、この事故は、いつでも、起こりえます。

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