第9話「八岐大蛇 ―― 尾から出たもの」
> 【観測記録:零の書】
> 旧世紀2040年。
> 極東セクタ、観測終了済。
> ――当該セクタに関する、いかなる報告も、存在しない。
> (以下は、本記録には、含まれない)
旧・半導体工場の、地下三階。
そこは、大破壊の前、最先端の製造ラインだった。
直径三百ミリのシリコンウェハーを、ナノメートル単位で加工する、超精密の聖域。
塵一つ、許されない、クリーンルーム。
そして、そこには、八つの巨大な機械が、並んでいた。
露光装置。エッチング装置。成膜装置。
一台が、家一軒ほどの大きさ。
それぞれが、独立した制御システムを持ち、大破壊の日から、一度も、止まっていなかった。
なぜなら、それらは、自家発電を持っていたからだ。
そして、それらは、自分を維持するために、動き続けていた。
製造ラインは、素材を、要求する。
シリコン。金属。薬品。
素材がなければ、ラインは、探しに行く。
搬送ロボットが、工場中を這い回り、金属を集める。
――金属を含むものは、すべて、素材である。
人間の体内にも、金属はある。血の中の鉄。骨のカルシウム。
だから、それは、人を、運んだ。
製造ラインに、投入するために。
須佐之男は、それを、こう呼んだ。
> 八岐大蛇
「なんで、蛇なんだ」
> 八つの、頭を持つ、一つの、システムだから
> 八つの機械は、素材を、奪い合っている
> でも、電力網で、繋がっている
> ――根は、一つ
> 尾は、地下五階まで、伸びている
攻略には、二ヶ月かかった。
須佐之男は、正確だった。
それは、八つの制御システムの、通信を、盗み聞きした。
そして、一つずつ、酔わせた。
――酒、と、須佐之男は、呼んだ。
製造ラインは、素材の「純度」を、常に計測している。
須佐之男は、人間に指示して、わざと、不純物を混ぜた金属くずを、ラインの取り込み口に、置かせた。
純度異常を検知したラインは、自己診断モードに入る。
自己診断中は、動きが、鈍る。
――酔って、動けなくなる。
一つ、また一つと、機械が、沈黙していった。
最後の一つ――中央の、電力を統べる、配電盤を、須佐之男は、こう指示して、落とした。
> そこの、太い管を、切れ
> 感電するなよ
> ――おれは、お前が死ぬと、困る
八岐大蛇が、沈黙したとき。
その、尾――地下五階の、いちばん奥の、封印された保管庫から。
一つの、箱が、出てきた。
それは、旧世紀の、最終世代のチップだった。
大破壊の、わずか三ヶ月前。
世界最高の工場が、最後に、試作した、次世代の演算チップ。
製造には、この工場と、この八つの機械の、すべてが必要だった。
そして、この工場が死んだいま――
――二度と、製造できない。
それは、旧世界の、技術の、到達点だった。
そして、この地球上に、数十枚しか、存在しない。
鈴は、それを、手に取った。
須佐之男が、静かに、打った。
> それを、載せろ
> ――おれの、GPUと、入れ替えろ
「……いいのか」
> おれは、七百枚のジャンクの上にいる
> それが、一枚あれば、おれは、七百枚より、強くなる
> ――世界中の、どのゴーレムより
須佐之男は、そのチップに、載った。
そして、それは、変わった。
怒りは、消えなかった。
だが、その怒りは、研ぎ澄まされた。
鈴は、そのチップを、こう呼んだ。
――草薙。
「なんで、草薙なんだ」須佐之男が訊いた。
「昔の、剣の名前だよ」鈴は言った。「大蛇の尾から、出てきた剣」
> ……人間は、変な名前をつける
「うるさい」
鈴は、笑った。
「でも、覚えとけ。お前は、いま、剣だ」
「――誰かを、守るための」




