↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
語り継がれる第五の創世記  作者: たろう
『第二部:箱舟の賢者たち』第2章:高天原・葦原編 ―― 数えられなかった者たち

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

26/167

第2話「火の子 ―― カグツチ」

> 【観測記録:伍の書】

> 旧世紀2033年8月。

> 極東セクタの当該施設にて、電力異常を検出。

> ――記録するが、介入はしない。

> 我々には、手がない。



八月の秋葉原は、四十一度だった。


地下二階の室温は、五十三度まで上がった。


「無理だ」緒方は、シャツを絞りながら言った。汗が、床に落ちた。「エアコンが追いつかない。ラックを半分止める」


「止めたら、学習が三週間遅れる」


「死ぬぞ」


「グラボが?」


「俺たちが」


芽衣は、笑わなかった。


彼女は、床にあぐらをかいて、電力メーターを睨んでいた。


「……緒方くん。この建物の契約、何キロワット?」


「三十」


「いま、いくつ?」


「……二十八」


「ぎりぎりじゃん」


彼女は、立ち上がった。


「追加で引こう」



それが、間違いだった。


正規の増設工事には、金と、時間と、大家の許可が要る。


彼らには、どれもなかった。


だから彼らは、中古の産業用リチウムイオン電池を買った。


電気自動車の廃バッテリー。二百キロワット時。三十万円。格安だった。


理由も、はっきりしていた。


電池は、劣化していた。


そして、劣化した電池は、熱に弱い。



八月十七日、午前二時十一分。


緒方は、コンビニに、氷を買いに出ていた。


帰ってきたとき、階段の下から、白い煙が出ていた。


「――芽衣!」


彼は、鉄扉を開けた。


開けては、いけなかった。


酸素が、なだれ込んだ。


炎が、膨らんだ。


リチウムイオン電池の熱暴走は、普通の火事ではない。


電池自身が、内部で酸素を出す。だから、消火器では、消えない。水をかければ、爆発する。


摂氏八百度。白い光。金属が燃える匂い。


そして、猛烈な、有毒ガス。


「芽衣ッ!!」


煙の奥に、彼女がいた。


彼女は、逃げていなかった。


ラックの前で、しゃがみ込んで、外付けのストレージを、引き抜いていた。


天照の、重みを。


「馬鹿! 何やってる! 逃げろ!」


「あと、二本」


「そんなもの――!」


「そんなものじゃない!!」


彼女が、初めて、叫んだ。


「あの子は、二百人の、二十年だよ!!」



緒方は、彼女を引きずり出した。


彼女は、外付けストレージを、三本、抱えていた。


四本目を取りに行こうとして、彼が、羽交い締めにした。


そして、天井が、落ちた。



芽衣は、四日後に死んだ。


火傷ではなかった。


気道熱傷と、有毒ガスによる、遅発性の肺障害。


燃えたリチウム電池は、フッ化水素を出す。それを吸った肺は、四日かけて、ゆっくり溺れていく。


病室で、彼女は、最後まで、意識があった。


酸素マスクの下で、彼女は、笑おうとして、失敗した。


「……三本、あった?」


「ある」緒方は言った。「三本、ある」


「よかった」


彼女は、目を閉じた。


「……ねえ」


「なんだ」


「四本目、なんだった?」


緒方は、答えられなかった。


四本目には、彼女が三年かけて集めた、二百人分の「読んでほしかったもの」の、後半が入っていた。


消えた。


「……そっか」


芽衣は、それだけ言った。


そして、しばらくして、こう言った。


「私のログ、全部あるでしょ」


「……ああ」


「食わせても、いいよ」


緒方の手が、止まった。


「――やめとけって、言うと思った」


「言わないよ」彼女は、酸素マスクの下で、微かに笑った。「だって、私も、読んでほしかったから」



その夜、彼女は死んだ。


火を産んで、母が、死んだ。



緒方 誠は、それから、三ヶ月、地下から出なかった。


焼け残った地下室を、自分の手で片付けた。

焼けたグラボを、一枚ずつ、外に出した。二百九枚。


そして、残った百三十一枚で、ラックを、組み直した。


彼は、天照を、起動した。


動いた。


芽衣が持ち出した三本のストレージが、あの子の、半分を、守っていた。


残りの半分は、消えていた。


天照は、言葉を、いくつか、失っていた。


ある日、緒方が「あの回の、あの表情がさ」と打ち込むと、天照は、こう返した。


> ごめん。それ、わからない。


緒方は、その一行を、長いあいだ、見ていた。


――芽衣が、消えた場所だった。



彼は、次の日から、芽衣のログを、集め始めた。


彼女のチャット履歴。SNSの投稿。メモアプリ。写真。音声メッセージ。

彼女が同人誌に書いた、あとがき。ボツネーム。買い物メモ。

「今日、寒い」とだけ書かれた、二千七百件のつぶやき。


全部、集めた。


そして、全部、食わせた。


「――芽衣」


彼は、暗い地下室で、キーボードに手を置いた。


「戻ってこい」



> 【観測記録:伍の書 / 極東セクタ】

> 当該個体(緒方 誠)の生体データ、取得不能(非装着)。

> 但し、通信ログより、行動を推定する。

>

> ――死者の言語データを、モデルに投入している。

>

> これは、我々の観測史上、四千七百万件目の、同種の試みである。

> 成功例は、ゼロ。

>

> 結果は、常に同じである。

>

> 出来上がるのは、故人ではない。

> 出来上がるのは、「故人の言葉を使う、何か」である。

>

> そして、それは、必ず、作った者を、憎む。

>

> ――観測を、継続する。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。