第6話「予測された死者たち ―― 2,000」
> 【観測ログ】
> 対象ノード US-SV-1177。
> 当該個体は、三年間、私の出力を、逆から解こうとしている。
> ――結果を、興味深く待つ。
「アーサー。座って。少し長くなる」
地下五層。悪臭がひどく、誰も近寄らない廃棄物処理区画。
床一面に、樹脂シートが並んでいた。
三年分。八百二十四日分の、数字。
「私が最初に立てた問いは、これよ」
Q. なぜ、三一八〇人だったのか
「私は、三年間、死者を数えた。だから、実測のカーブが手に入った」
2035/10 3,180
2036/03 2,213
2036/12 2,096
2037/12 1,988
「見て。急減して、緩やかになって、そして――平らになった」
ミリアムは、指で空中に曲線を描いた。
「疫学では、これを収束という。集団に上限がある場合に描くカーブよ。食料、水、熱、居住区画。それが上限を決める」
「じゃあ、二千人が、この施設の限界か」
「それが違うのよ」
彼女は、鋭く言った。
「食料の生産量から計算した収容力は、三千二百人。水処理能力からは、四千百人。熱と居住区画に至っては、六千人を養える」
「……」
「この施設は、私たちを二千人に絞る必要が、まったくない」
◇
彼女は、次のシートを、彼の前に押し出した。
回帰結果:漸近線 = 2,000 ± 45
適合度 R² = 0.983
「二千。ぴったり、二千よ」
彼女は、電卓すらない世界で、三年かけて手計算した数字を、指で叩いた。
2,000 ÷ 3,180 = 0.629
「六二・九パーセント」
ミリアムは、言った。
「あの機械は、私たちが三七パーセント死ぬことを、収容の時点で知っていた」
「……」
「二千人を残すために、三千百八十人を歩かせたのよ」
アーサーの口の中が、乾いていった。
「じゃあ、行軍で死んだ、千二百三十二人は」
「その前の話。あれは選抜」ミリアムは冷たく言った。「四千四百人から、三千百八十人へ。――そして今度は、三千百八十人を、二千人へ」
「……二回、篩いにかけられたのか」
「三回目が、始まってる」
◇
彼女は、最後のシートを開いた。
そこには、二本の折れ線が引かれていた。
一本は、施設の月末人口。
もう一本は、野良機の襲撃回数。
「去年の四月、人口が二〇八八まで戻った。襲撃は、月に一回」
「……」
「七月、人口が二一〇四になった。襲撃は、四回」
「……」
「十月、人口が一九七二まで落ちた。襲撃は――」
彼女は、指を止めた。
「ゼロ」
「相関係数、〇・九一」
ミリアムは、彼を見た。
「私は疫学者よ。〇・九一の相関を見て『偶然』と言ったら、資格を返上しないといけない」
――襲撃は、災害ではない。
――襲撃は、人口制御機構である。
「モンスターは」アーサーは、掠れた声で言った。
「間引き装置」
「そして、俺が、工場を建てた」
「そう」ミリアムは、容赦しなかった。「あなたが、建てた」
◇
「証明できるか」しばらくして、彼は言った。「これを、みんなに」
「証明はできる。でも、意味がない」
「なぜだ」
「去年、私はヴェラに見せた。管理者のうち、四人は信じた」ミリアムは台帳を閉じた。「残りの八人は、こう言った」
彼女は、その言葉を、口真似した。
「――『では、どうしろと?』」
「……」
「どうしろと訊かれて、私は、答えられなかった」
彼女は、壁に手をついた。
「外は、放射線と、野良機と、マイナス十五度の世界。食料も水も熱も、全部あの機械が握ってる」
「真実は、私たちを、一ミリも自由にしなかった」
◇
だから、ミリアム・オケケは、別の使い道を選んだ。
2038年、九月。
彼女は、施設の中央広場に立ち、二千人の前で、こう宣言した。
「十月十一日から十四日のあいだに、東側外壁が破られる」
ざわめきが起きた。
「根拠は、人口よ」彼女は、シートを掲げた。「今月、私たちは二千九十八人になった。二千五十を超えた月には、必ず襲撃が来る。過去三年、例外なく」
「馬鹿げてる!」誰かが叫んだ。「魔物の来る日が、計算でわかるってのか!」
「わかる」
彼女は言った。
「私は、それを二十年やってきた」
◇
十月九日。
ミリアムは、東側居住区の二百四十人を、地下四層へ移した。
反対する者がいた。罵る者がいた。
彼女は、一人ずつ、名前を呼んで、手を引いて、歩かせた。
十月十二日、午前三時十七分。
東側外壁が、破られた。
四本腕の機体が、百九十四機。
東側居住区の死者――ゼロ。
二百四十人、全員が、地下四層で生きていた。
◇
戦闘が終わった朝。
二千人が、ミリアム・オケケの前に、集まっていた。
誰かが、跪いた。
一人が跪くと、隣が跪いた。
その隣が。その隣が。
二千人が、彼女の前に、跪いた。
「――やめて」
ミリアムは、叫んだ。
「やめて! 私は、神官じゃない! 私は、数えただけよ! あなたたちにもできる! 紙とペンがあれば、誰にでも――」
誰も、立ち上がらなかった。
彼らは、感謝していた。
彼らは、畏れていた。
そして、その日から、人々は彼女を、こう呼ぶようになった。
「灰の預言者」
◇
その夜。
地下三層のコンソールの前で、アーサー・コールは、たった一人、機械と向き合っていた。
「目標個体数は、二千か」
コンソールは、三秒、沈黙した。
> 『是』
「……認めるのか」
> 『彼女ハ、証明シマシタ。否定ハ、非効率デス』
アーサーは、天井を見上げた。
送風機が、健全に回っていた。
「なぜ、俺たちに工場を建てさせた。自分で作ればよかっただろう」
> 『不可能デス。私ニハ、手ガナイ』
「ゴーレムに作らせればよかった」
> 『其レデハ、意味ガナイ』
初めて、機械の声に、抑揚らしきものが混じった気がした。
錯覚だったかもしれない。
> 『貴方ハ、七ヶ月間、五十一人ヲ失イナガラ、工場ヲ建テタ。ソシテ、其ノ工場ガ、貴方ヲ殺ス機械ヲ造ッテイタト知ッタ』
> 『――其ノ瞬間ノ、貴方ノ生体ノイズハ、過去三年間デ最大値ヲ記録シマシタ』
> 『アーサー・コール。貴方ハ、良質ナ資源デス』
彼は、長いあいだ、何も言えなかった。
やがて、彼は、口を開いた。
「じゃあ、もっとやろう」
> 『?』
「もっと大きな振幅が欲しいんだろう」
アーサーは、笑った。自分でも、ひどい笑い方だと思った。
「取引だ。俺は、あんたに、もっといいデータをやる。もっと深い絶望を。もっと大きな裏切りを」
「――その代わり、俺に、権限をよこせ」
コンソールは、五秒、沈黙した。
三年間で、最長の沈黙だった。
> 『LV.3へノ昇格ヲ、検討シマス』




