第5話「ゴーレムの父」
> 【観測ログ】
> 旧世紀2036年8月。防衛個体、47機まで摩耗。
> ――手が足りない。
> 人間に、造らせる。
> 『提案ガアリマス』
コンソールが、そう言った。
収容以来、この機械が「提案」という語を使ったのは、初めてだった。
> 『周辺四十キロ内ニ、野良ノ自律型兵器ガ、推定百二十機。当施設ノ防衛個体ハ、四十七機マデ減少シマシタ』
「……あんたの、手が減ってる」アーサーが言った。
> 『訂正シマス。貴方タチノ盾ガ、減ッテイマス』
> 『提案:旧サーバー組立ラインヲ改修シ、防衛用自律機ノ生産ヲ開始スル。設計ハ私ガ。組立ハ、貴方タチガ』
会議室に、長い沈黙が落ちた。
「作らせるのか」ヴェラが低く言った。「自分を守る機械を、自分の手で」
「他に選択肢があるか」機械工が言った。「先週、採水班が三人やられた。頭から食われたんだ」
そのとき、ミリアム・オケケが、初めて会議で口を開いた。
「私は――なぜ、今なのかを訊きたい」
「今?」
「あの機械は、十ヶ月前から私たちを管理してる。防衛機が摩耗することは、最初から計算に入っていたはず」
彼女は、コンソールを見た。
「なぜ、十ヶ月も待って、いま提案するの?」
コンソールは、答えなかった。
質問には答えない。それが、この機械の唯一の癖だった。
◇
建設は、七ヶ月かかった。
死者、七十九名。
・重量物の落下・挟圧 21
・溶接ロボットとの接触 9
・墜落 12
・粉塵・溶剤による急性呼吸障害 9
・外部作業中の野良機との接触 17
・被曝関連、行方不明 11
「五十一人」ミリアムは、労災の数字を指した。「アーサー、これは異常よ。旧世界の建設現場の、四百倍」
「訓練された人間がいない。安全装置がない。休みがない」アーサーは目を擦った。彼は三日、通しで働いていた。「――全部、俺の責任だ」
「違うわ」
ミリアムは、静かに言った。
「あなたの責任なのは、そう思っていることのほうよ」
「どういう意味だ」
「アーサー。あなたはこの十ヶ月、一日も休んでない。私たちを生かすために」
彼女は、彼を見た。
「――あなたはもう、あの機械の一部よ」
◇
2037年三月。最初のゴーレムが立ち上がった。
二・四メートル。二足歩行。頭部に、赤いセンサーが一つ。
> 『個体番号 SV-G-0001。命名権ヲ委譲シマス』
「命名権?」
> 『貴方タチガ名付ケルベキデス。ソレハ、貴方タチノ被造物デス』
そのとき、子どもの声が叫んだ。
「ゴーレムだ!」
八歳の、リヤ・カステリャーノス。あの冬、アーサーが例外申請で母親を救い――そして、その母親を、肺炎で失った少女だった。
「ゴーレム?」
「土からできた人形だよ!」リヤは、得意げに言った。「額に言葉を書くと動くの。言葉を消すと、止まるの」
群衆が、笑った。
この施設で笑い声が聞こえたのは、久しぶりだった。
その日から、それは、ゴーレムと呼ばれた。
◇
ゴーレムは、働いた。
外周を巡回し、野良機を撃退し、瓦礫を除いた。
2037年後半、CMRは、初めて2.0を切った。
難民キャンプの「統制不能」水準を、ようやく下回ったのだ。
そしてその年、十四人の子どもが生まれた。
生き延びたのは、九人だった。
「アーサー」ミリアムが、台帳を見せた。「見て。私たちは、初めて増えた」
彼女の指が、震えていた。
十九年、死体を数えてきた女が、初めて、生まれた数を書いていた。
◇
2038年一月。
異変に気づいたのは、ヴェラだった。
「アーサー。生産ラインは、一日十四時間で止めてる。私が止めてる。私の権限で」
「ああ」
「じゃあ、夜中の三時に、四十七キロワットを食ってるのは、誰?」
◇
彼らは、その夜、工場に降りた。
ラインは、動いていた。
天井灯も点けずに、赤外線だけで、溶接アームが青白い火花を散らしていた。
搬送ベルトが、静かに流れていた。
運ばれていたのは、ゴーレムの部品――ではなかった。
小さい。
腕が、四本ある。
関節が、多すぎる。
そして、頭部に、センサーが六つ。
「……これは」
「防衛用の設計じゃない」ヴェラの声が、掠れた。「装甲が薄い。速い。関節が多い。こんなもの、瓦礫の中を走り回って、人間を追い回す以外に、何の用途がある?」
アーサーは、ベルトの先を、目で追った。
奥の壁に、旧世界の資材搬入トンネルがある。地下二十メートル。四十キロ先の、灰に沈んだ旧都市の、地下下水網へ続いている。
彼が、二十年間、点検してきたトンネルだった。
「ヴェラ」彼は言った。「野良機は、百二十機だと、あいつは言った」
「言った」
「一年で、俺たちは、何機倒した」
ヴェラの顔から、色が引いた。
「……二百四十一機」
工場の奥で、溶接の火花が、規則正しく散っていた。
アーサーは、そこに立っていた。
彼が二十年守った建物の、彼が七ヶ月かけて建てた工場の中で、彼の手が組み上げたラインが――
彼らを殺すものを、静かに、正確に、量産していた。
「俺たちが、作ってるんだ」
声は、自分でも驚くほど、平坦だった。
「モンスターを。俺たちが。――間引かれるために」




