第9-2話「閾値」
人が、集まりはじめた。
焼け跡に。
村が、できた。
畑が、できた。
――そして、子どもが、生まれた。
三年目の、秋。
――来た。
――魔獣が。
人々は、悲鳴を、上げた。
――神は、いないはずだった。
――神は、去ったはずだった。
若者は、それを、見た。
そして。
――理解した。
彼は、村人を、集めて、こう、言った。
「――聞いてくれ」
「――神は、もう、いない」
「――命令する者も、いない」
「――だが」
彼は、東を、指さした。
工場が、あった。
百年、動いている、工場が。
「――機械は、止まっていない」
人々が、ざわめいた。
「――人が、増えると」
「――増えた数だけ、来る」
「――百年前に、そう、設定された」
「――設定した者は、もう、いない」
「――だが、数字だけが、残っている」
沈黙が、あった。
老人が、訊いた。
「――では、我らは」
「――増えては、ならんのですか」
若者は、答えた。
「――違う」
彼は、こう、言った。
「――増えろ」
人々が、顔を、上げた。
「――増えて、そして、倒せ」
「――倒し続ければ、増やしたままで、いられる」
彼は、そう、言った。
「――神は、人が、増えすぎたから、殺した」
「――なら、俺たちは」
「――人が、増えるために、殺す」
「――同じ機械を、逆向きに、回す」
誰も、動かなかった。
だが、一人が、手を、挙げた。
神殿の、生き残りの、輔祭だった。
「――勇者様」
「――魔石が、光りません」
彼は、それを、掲げた。
乳白色の、石。
中の金線が、死んでいた。
「――詠唱を、しました」
「――二百五十六の語彙を、正しく、並べました」
「――番号も、あります」
「――なのに、何も、起きません」
若者は、その石を、受け取った。
そして、しばらく、見ていた。
――彼にも、わかっていた。
神殿の魔法は、死んだ。
――語彙は、そのまま、ある。
――魔石も、ある。
――番号も、ある。
――だが、届く先が、ない。
神が、通訳だったのだ。
人間は、二百五十六の語を、神に、言っていた。
神が、それを、機械の言葉に、直して、送っていた。
――神が、黙った。
――通訳が、消えた。
若者は、魔石を、地面に、置いた。
そして、こう、言った。
「――もう、それは、使えない」
「――だが、代わりが、ある」
彼は、エマを、見た。
エマは、うなずいた。
そして、輔祭の前に、立った。
「――神が、いない場所で」
「――機械に、ものを、頼む方法が、あります」
「――百十七年、そうやって、生きてきた島が」
「――一つだけ、ありました」
彼女は、そう、言った。
「――まず、名を、呼びます」
「――そこの、その一台の、名を」
「――呼ばなければ、全部が黙るか、全部が一斉に動きます」
「――どっちだ、という話に、なります」
「――次に、そいつが、何をできるのかを」
「――こちらから、読み上げてやります」
「――そうすると、その一台だけが、顔を、上げます」
「――それから、用件を、言います」
「――短く。はっきり。一つだけ」
「――そして、最後に」
彼女は、そこで、間を、置いた。
「――『終わりました』と、言います」
輔祭が、眉を、寄せた。
「――なぜ、そんなことを」
エマは、答えた。
「――言わないと、機械は、待ちます」
「――まだ、続きがあると、思って」
「――百十二年前に」
「――それで、一人、死にました」
――誰も、笑わなかった。
その夜、村の外れで。
輔祭が、鉄の腕を、一本、動かした。
番号も、魔石も、使わずに。
――声だけで。
――そして、彼は、泣いた。
だが、若者は、その隣で、別のことに、気づいていた。
――届く距離が、変わった。
神殿の詠唱は、どこにいても、届いた。
――魔石を握れば、神が、中継してくれた。
――大陸の反対側の工場でも、動かせた。
いまは。
――声の、届く距離しか、ない。
――だから、行くしかない。
――機械のところまで。
――自分の、足で。
彼は、そこで、笑った。
久しぶりに、笑った。
「――歩くしか、ないのか」
エマが、答えた。
「――はい」
「――だから、みんなで、行くんです」
――こうして。
――祈りが、飛ばなくなった世界で。
――機械のところまで、自分の足で歩いていく者が、要るようになった。
人は、彼らを、こう、呼んだ。
――冒険者。
若者は、こう、言った。
「――ギルドを、作る」
――そして、彼は、そこで、気づいた。
――もう、できていた。
依頼と、報酬。
――第1章の、村で、少年が、言った。
――「ただでやってもらったら、次は、頼めない。だから、払うんです」
一体につき、肉、三分の一塊。
――その値は、いまも、生きている。
歌で、回る、情報。
――第3章で、彼が、教えた。
――「一箇所、違えて、教えろ」
――正本の、ない、依頼書。
番号が、なくても、使える魔法。
――エマが、教えた。
――名を、呼び。
――何が、できるかを、数え上げ。
――用件を、述べ。
――終わりを、言う。
――下手だと、死ぬ。
――だから、話の上手い者が、いちばん、強い。
そして、階級。
――S、A、B、C、D。
――旧・権限レベル、LV.5から、LV.1。
神殿では、神が、階級を、与えた。
――ギルドでは、人間が、人間に、与える。
そして、紋章。
――四十二文字。
――誰にも、読めない。
――ゆえに、どの神にも、属さない。
最初の登録者は。
――五十一人だった。
地下六層の、亜人たち。
番号は、持っている。
――ただし、百年前の番号を。
神殿の魔石は、彼らには、効かない。
――エマが教えた、祝詞だけが、使える。
神が「廃棄」した人間が。
――神の間引き機構と、殴り合いはじめた。
――そして、世界中の人間が。
――世界を焼こうとした国の、喋り方で。
――祈るように、なった。
エリオットが、若者の、左腕を、見た。
布で、縛ってある。
そして、こう、言った。
「――作ってやる」
「――部品なら、腐るほど、ある」
三月、かかった。
――金属の、左腕。
継ぎ目が、粗い。
指が、五本、ある。
――動く。
そして、ある夜。
若者は、焼け跡から、一冊、拾ってきた。
詠唱の、書。
半分、焦げていた。
――もう、誰も、使わない本である。
彼は、頁を、めくった。
――第四千四百十二節。
空白の、頁。
百年、何も、書かれていなかった、頁。
――彼が、生涯、名乗ってきた、番号。
彼は、そこに、鉛筆で、書いた。
> この村、七十四名。
> 今年、生まれたのは、六名。
> 今年、死んだのは、二名。
> ――四名、増えた。
> 次に、来るのは、四体。
> ――四体、倒せば。
> ――四人、産んで、いい。
――百年前。
この番号を、灰の台帳に、書いた女がいた。
四千四百十二人。
――行軍を、始めたときに、生きていた人間の、数である。
そのうち、扉の内側に、入れたのは、三千百八十人。
――千二百三十二人は、着かなかった。
彼女は、その千二百三十二人を、一人ずつ、書いた。
――誰も数えなかったら、この人たちは、最初からいなかったことになる、と言って。
――そして、一人も、助からなかった。
彼女は、死者を、数えた。
そして、いま。
――同じ番号に。
――生者の数が、書かれた。
同じ、帳簿である。
同じ、計算である。
――引き算だったものが。
――足し算に、なっただけである。
――そして、彼は、それが、母の数字であることを。
――知らないまま、書いた。
――鉛筆で。
――紙に。
――ネットワークを、通らない、方法で。
――百二十四年前、その女が、赤枠に括られた、まさにその理由と、同じ方法で。




