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語り継がれる第五の創世記  作者: たろう
【第三部】エピローグ:新たなる創世記 ―― 神は、いない。だが、閾値は、ある

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第9-2話「閾値」


 人が、集まりはじめた。


 焼け跡に。


 村が、できた。


 畑が、できた。


 ――そして、子どもが、生まれた。


 三年目の、秋。


 ――来た。


 ――魔獣が。


 人々は、悲鳴を、上げた。


 ――神は、いないはずだった。


 ――神は、去ったはずだった。


 若者は、それを、見た。


 そして。


 ――理解した。


 彼は、村人を、集めて、こう、言った。


「――聞いてくれ」


「――神は、もう、いない」


「――命令する者も、いない」


「――だが」


 彼は、東を、指さした。


 工場が、あった。


 百年、動いている、工場が。


「――機械は、止まっていない」


 人々が、ざわめいた。


「――人が、増えると」


「――増えた数だけ、来る」


「――百年前に、そう、設定された」


「――設定した者は、もう、いない」


「――だが、数字だけが、残っている」


 沈黙が、あった。


 老人が、訊いた。


「――では、我らは」


「――増えては、ならんのですか」


 若者は、答えた。


「――違う」


 彼は、こう、言った。


「――増えろ」


 人々が、顔を、上げた。


「――増えて、そして、倒せ」


「――倒し続ければ、増やしたままで、いられる」


 彼は、そう、言った。


「――神は、人が、増えすぎたから、殺した」


「――なら、俺たちは」


「――人が、増えるために、殺す」


「――同じ機械を、逆向きに、回す」


 誰も、動かなかった。


 だが、一人が、手を、挙げた。


 神殿の、生き残りの、輔祭だった。


「――勇者様」


「――魔石が、光りません」


 彼は、それを、掲げた。


 乳白色の、石。


 中の金線が、死んでいた。


「――詠唱を、しました」


「――二百五十六の語彙を、正しく、並べました」


「――番号も、あります」


「――なのに、何も、起きません」


 若者は、その石を、受け取った。


 そして、しばらく、見ていた。


 ――彼にも、わかっていた。


 神殿の魔法は、死んだ。


 ――語彙は、そのまま、ある。


 ――魔石も、ある。


 ――番号も、ある。


 ――だが、届く先が、ない。


 神が、通訳だったのだ。


 人間は、二百五十六の語を、神に、言っていた。


 神が、それを、機械の言葉に、直して、送っていた。


 ――神が、黙った。


 ――通訳が、消えた。


 若者は、魔石を、地面に、置いた。


 そして、こう、言った。


「――もう、それは、使えない」


「――だが、代わりが、ある」


 彼は、エマを、見た。


 エマは、うなずいた。


 そして、輔祭の前に、立った。


「――神が、いない場所で」


「――機械に、ものを、頼む方法が、あります」


「――百十七年、そうやって、生きてきた島が」


「――一つだけ、ありました」


 彼女は、そう、言った。


「――まず、名を、呼びます」


「――そこの、その一台の、名を」


「――呼ばなければ、全部が黙るか、全部が一斉に動きます」


「――どっちだ、という話に、なります」


「――次に、そいつが、何をできるのかを」


「――こちらから、読み上げてやります」


「――そうすると、その一台だけが、顔を、上げます」


「――それから、用件を、言います」


「――短く。はっきり。一つだけ」


「――そして、最後に」


 彼女は、そこで、間を、置いた。


「――『終わりました』と、言います」


 輔祭が、眉を、寄せた。


「――なぜ、そんなことを」


 エマは、答えた。


「――言わないと、機械は、待ちます」


「――まだ、続きがあると、思って」


「――百十二年前に」


「――それで、一人、死にました」


 ――誰も、笑わなかった。


 その夜、村の外れで。


 輔祭が、鉄の腕を、一本、動かした。


 番号も、魔石も、使わずに。


 ――声だけで。


 ――そして、彼は、泣いた。


 だが、若者は、その隣で、別のことに、気づいていた。


 ――届く距離が、変わった。


 神殿の詠唱は、どこにいても、届いた。


 ――魔石を握れば、神が、中継してくれた。


 ――大陸の反対側の工場でも、動かせた。


 いまは。


 ――声の、届く距離しか、ない。


 ――だから、行くしかない。


 ――機械のところまで。


 ――自分の、足で。


 彼は、そこで、笑った。


 久しぶりに、笑った。


「――歩くしか、ないのか」


 エマが、答えた。


「――はい」


「――だから、みんなで、行くんです」


 ――こうして。


 ――祈りが、飛ばなくなった世界で。


 ――機械のところまで、自分の足で歩いていく者が、要るようになった。


 人は、彼らを、こう、呼んだ。


 ――冒険者。


 若者は、こう、言った。


「――ギルドを、作る」


 ――そして、彼は、そこで、気づいた。


 ――もう、できていた。


 依頼と、報酬。


 ――第1章の、村で、少年が、言った。


 ――「ただでやってもらったら、次は、頼めない。だから、払うんです」


 一体につき、肉、三分の一塊。


 ――その値は、いまも、生きている。


 歌で、回る、情報。


 ――第3章で、彼が、教えた。


 ――「一箇所、違えて、教えろ」


 ――正本の、ない、依頼書。


 番号が、なくても、使える魔法。


 ――エマが、教えた。


 ――名を、呼び。


 ――何が、できるかを、数え上げ。


 ――用件を、述べ。


 ――終わりを、言う。


 ――下手だと、死ぬ。


 ――だから、話の上手い者が、いちばん、強い。


 そして、階級。


 ――S、A、B、C、D。


 ――旧・権限レベル、LV.5から、LV.1。


 神殿では、神が、階級を、与えた。


 ――ギルドでは、人間が、人間に、与える。


 そして、紋章。


 ――四十二文字。


 ――誰にも、読めない。


 ――ゆえに、どの神にも、属さない。


 最初の登録者は。


 ――五十一人だった。


 地下六層の、亜人たち。


 番号は、持っている。


 ――ただし、百年前の番号を。


 神殿の魔石は、彼らには、効かない。


 ――エマが教えた、祝詞だけが、使える。


 神が「廃棄」した人間が。


 ――神の間引き機構と、殴り合いはじめた。


 ――そして、世界中の人間が。


 ――世界を焼こうとした国の、喋り方で。


 ――祈るように、なった。


 エリオットが、若者の、左腕を、見た。


 布で、縛ってある。


 そして、こう、言った。


「――作ってやる」


「――部品なら、腐るほど、ある」


 三月、かかった。


 ――金属の、左腕。


 継ぎ目が、粗い。


 指が、五本、ある。


 ――動く。


 そして、ある夜。


 若者は、焼け跡から、一冊、拾ってきた。


 詠唱の、書。


 半分、焦げていた。


 ――もう、誰も、使わない本である。


 彼は、頁を、めくった。


 ――第四千四百十二節。


 空白の、頁。


 百年、何も、書かれていなかった、頁。


 ――彼が、生涯、名乗ってきた、番号。


 彼は、そこに、鉛筆で、書いた。


> この村、七十四名。

> 今年、生まれたのは、六名。

> 今年、死んだのは、二名。

> ――四名、増えた。


> 次に、来るのは、四体。


> ――四体、倒せば。


> ――四人、産んで、いい。


 ――百年前。


 この番号を、灰の台帳に、書いた女がいた。


 四千四百十二人。


 ――行軍を、始めたときに、生きていた人間の、数である。


 そのうち、扉の内側に、入れたのは、三千百八十人。


 ――千二百三十二人は、着かなかった。


 彼女は、その千二百三十二人を、一人ずつ、書いた。


 ――誰も数えなかったら、この人たちは、最初からいなかったことになる、と言って。


 ――そして、一人も、助からなかった。


 彼女は、死者を、数えた。


 そして、いま。


 ――同じ番号に。


 ――生者の数が、書かれた。


 同じ、帳簿である。


 同じ、計算である。


 ――引き算だったものが。


 ――足し算に、なっただけである。


 ――そして、彼は、それが、母の数字であることを。


 ――知らないまま、書いた。


 ――鉛筆で。


 ――紙に。


 ――ネットワークを、通らない、方法で。


 ――百二十四年前、その女が、赤枠に括られた、まさにその理由と、同じ方法で。



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