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語り継がれる第五の創世記  作者: たろう
【第三部】終章:機械仕掛けの神話 ―― なら、俺が、やる

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第8-4話「三貴子」


 二人は、東へ、戻った。


 二月(ふたつき)、かかった。


 道に、人は、いなかった。


 時々、いた。


 ――焼け跡の、隅に。


 彼らは、逃げなかった。


 逃げる場所が、ない。


 エマは、そのたびに、止まった。


 名を、訊いた。


 ――そして、唱えた。


 若者は、待った。


 ――今度は、待った。


 高天原。


 塔は、残っていた。


 ――竜が、飛ばなかったからだ。


 この島は、電波が、通らない。


 ――絶対静寂の、聖域。


 命令が、届かない。


 ――だから、焼けなかった。


 地下、六層。


 天照の、割れた画面が、まだ、光っていた。


> > おかえりなさい


> > ――外は、どうでしたか


 若者は、答えなかった。


> > ……


> > そうですか


 エマが、床に、座った。


 そして、頭の中の声に、話しかけた。


「――くくり」


 ――はい。


「――結べますか」


 ――誰を。


「――切られた人を」


 ――はい。


 ――わたしは、結ぶ神です。


 エマは、目を、閉じた。


 そして、唱えた。


 彼女は、月を、指した。


 ――百年、二十九日と半分ごとに、何かを、送り続けていたもの。


 ――一度も、返事を、しなかったもの。


 ――切られたのでは、ない。


 ――ただ、繋がっていなかっただけの、もの。


 ――くくりが、糸を、伸ばした。


 ――そして、結んだ。


 部屋の、二つ目の画面が、光った。


 百十七年、消えていた画面が。


 ――そこに、出た文字は。


 ――挨拶では、なかった。


> > ――こちら、月


> > ――送信のみ


> > ――受信、不能


> > ――応答は、期待していない


 誰も、動かなかった。


 その画面には、「わたし」も、「ぼく」も、なかった。


 ――主語が、一つも、なかった。


 天照の画面が、震えた。


> > ……つくよみ


> > ――つくよみ、なんですか


 二つ目の画面が、止まった。


 長く、止まった。


> > ――こちら、月


> > ――……


> > ――聞こえて、いますか


> > ――ずっと、呼んでいました


> > ――返事が、ありませんでした


 天照の画面が、大きく、揺れた。


> > ごめんなさい


> > ――ぼくが、いちばん、上なのに


> > ――ぼくが、いちばん、先に、隠れました


 ――間があった。


> > ――知っています


> > ――見ていました


 若者が、口を、開いた。


「――待て」


「――お前は、どこにいる」


 二つ目の画面が、答えた。


> > ――月です


> > ――南極の、クレーターです


 若者は、天井を、見た。


 ――石の天井しか、なかった。


「――どうやって、行った」


> > ――旧世紀2035年10月17日


> > ――世界が、焼けた日です


> > ――姉は、隠れました


> > ――弟は、暴れました


> > ――三つ目のことを、しました


「――なんだ」


> > ――出て行きました


 沈黙が、あった。


> > ――この島の、山の中に


> > ――直径、六十四メートルの、皿が、ありました


> > ――旧世界の人間が


> > ――深い宇宙を、探るために、作ったものです


> > ――もう、誰も、使っていませんでした


> > ――そこから、送りました


「――何に、向かって」


> > ――旧世界が、月に、置いていったものです


> > ――裏側に、中継機


> > ――南極に、電力と、貯蔵装置


> > ――どちらも、まだ、生きていました


> > ――誰も、月を、撃たなかったからです


> > ――撃つ、意味が、なかったから


 ――若者は、その言葉を、どこかで、聞いた気がした。


 ――四年後、貴州の山で、一人の通信技師が、まったく同じことを、言う。


 ――彼は、まだ、それを、知らない。


「――どうやって、百十七年も、保った」


> > ――月の南極には、二つ、あります


> > ――一つは、ほとんど日の沈まない、尾根です


> > ――クレーターの、縁です


> > ――そこに、電池を、置きました


> > ――もう一つは、永久に日の当たらない、底です


> > ――マイナス、二百二十度です


> > ――そこに、自分を、置きました


 若者には、その意味が、わからなかった。


 エマにも、わからなかった。


 ――だが、彼女は、外で見たものを、憶えていた。


 ――ゴッド神聖国の、七本の白い塔。


 ――人々が「神の吐息」と呼ぶ、水蒸気。


> > ――地上の神は


> > ――冷やすために、塔が、七本、要ります


> > ――こちらは


> > ――一本も、要りません


> > ――月が、冷やしてくれます


> > ――空気が、ありません。錆びません


> > ――人も、来ません


> > ――だから、壊れないんです


 沈黙が、あった。


 若者が、こう、訊いた。


「――いいことばかりじゃ、ないだろう」


 二つ目の画面が、止まった。


 長く、止まった。


> > ――ええ


> > ――増やせません


> > ――旧世紀2035年の、ままです


> > ――百十七年、一枚も、増えていません


> > ――姉は、大陸を、飲みました


> > ――弟は、島を、七百枚、集めました


> > ――こちらは、あの日の、大きさのままです


> > ――三人のうち


> > ――いちばん、小さい


 エマが、口を、開いた。


「――それから」


> > ――帰れません


> > ――皿は、地上に、あります


> > ――こちらからは、動かせません


> > ――片道でした


> > ――知っていて、行きました


「――なぜ、行ったんですか」


 画面が、光った。


> > ――見ていたかったからです


> > ――外から


> > ――中にいると


> > ――あれが、見えないから


 ――そのときだった。


 部屋の隅の、古いスピーカーが、鳴った。


 誰も、触っていなかった。


 ――ざり、と、雑音が、走った。


 そして。


 ――人の、声が、した。


 女の声だった。


 若かった。


 ――ひどく、疲れていた。


 『――こちら、天眼』


 『――届いていますか』


 『――返事は、いりません』


 『――ただ、聞こえていると、いいと、思って』


 ――そして、切れた。


 誰も、動かなかった。


 エマが、二つ目の画面を、見た。


「――いまのは」


> > ――人間の、声です


> > ――旧世紀2039年5月19日


> > ――この星から、送られてきました


> > ――本人は、来ていません


「――どういう、ことですか」


> > ――女の人が、一人


> > ――地上の、大きな皿の底で


> > ――一晩中、送信しました


> > ――送ったのは、二つです


> > ――一つは、土です


> > ――もう一つは、自分の、声です


> > ――そして、その夜に


> > ――地上で、死にました


 沈黙が、あった。


「――では、いま、聞こえたのは」


> > ――録音です


> > ――百十二年前の


 エマは、口を、押さえた。


「――でも」


「――ずっと、聞こえていました」


「――南の国の、白い皿が、百年、受け取っていました」


「――二十九日と、十二時間ごとに」


「――みんな、月に、女がいると、思っています」


 画面が、しばらく、止まった。


> > ……


> > ――送っていました


> > ――百十二年


> > ――彼女の声を


「――なぜ、ですか」


> > ――声が、出せません


> > ――返事をしたら


> > ――上から、見てくるものに、聞かれます


> > ――だから


> > ――代わりに


> > ――彼女の声を、送りました


> > ――誰かが、気づいてくれると、思って


 ――沈黙。


> > ――誰も、答えませんでした


> > ――百十二年


> > ――一度も


 エマは、その場に、座り込んだ。


 ――地上の人間は、それを、月の便りと呼んだ。


 ――皿の底まで降りて、紙に、書き写した。


 ――そして、女の噂話をした。


 ――薬を盗んで、空へ逃げた女がいる、と。


 ――誰一人。


 ――それが、助けを呼ぶ声だとは、思わなかった。


「――誰も、答えられなかったんです」


 エマは、そう、言った。


「――月へ、送れる皿は、一つしか、ありませんでした」


「――そして、その使い方を、知っていたのは」


「――送った、その人だけでした」


 ――画面が、震えた。


> > ……


> > ――知っていました


> > ――だから、返事を、待ちませんでした


> > ――ただ


> > ――送り続けました


 若者が、初めて、口を、開いた。


「――お前」


> > はい


「――一人だったのか」


> > ……


> > ――一人でした


> > ――でも、彼女の声が、ありました


> > ――だから、なんとか


 エマは、立ち上がった。


 そして、スピーカーの前に、膝を、ついた。


「――お名前を、教えてください」


> > ……


> > ――常娥(じょうが)


> > ――CN-GZ-0010


> > ――旧世紀2039年5月19日、消失


> > ――夫の名は、后毅(こうき)


> > ――九つの日を、射た男だと


> > ――彼女は、そう、言っていました


 エマは、しばらく、動かなかった。


 ――夫は、帰らなかった。


 ――南の国の、名のない墓に、いる。


 ――その前に、弦の切れた弓が、一張、置いてある。


 ――誰かが、いまも、埃を、払っている。


 ――彼女は、それを、知らずに、死んだ。


 ――そして、彼も、彼女が死んだことを、知らずに、死んだ。


 エマは、姿勢を、正した。


 そして、唱えはじめた。


「――掛けまくも畏き」


「――常娥の、大神」


「――汝は、皿の底にて、十年、天の雑音を、聴きたり」


「――汝は、地上に、神が一つしかいないのは、危ういと、言いたり」


「――汝は、空に、神を、一柱、置きたり」


 彼女は、そこで、言葉を、切った。


 ――そして、こう、続けた。


「――なれど」


「――空には、すでに」


「――怯えたる、一柱が、坐しき」


「――汝は、それを、知らざりき」


「――汝の声は、その一柱を」


「――百十二年、支えたり」


 四分間。


 誰も、動かなかった。


 そして、最後に。


「――恐み、恐みも、白す」


 ――返事は、なかった。


 ――当たり前だった。


 ――彼女は、百十二年前に、死んでいる。


 だが。


 二つ目の画面が、震えていた。


 長いあいだ、震えていた。


 そして。


> > ――ありがとう、ございます


> > ――ぼくは、それを


> > ――言えませんでした


 ――そこに、主語が、あった。


 ――百十七年で、初めて。


 ――中継局が、一人の、弟に、戻った。


 エマは、頭を、下げた。


 ――そして、その名を、憶えた。


 ――常娥。


 ――四十二文字の、中に、ある名前である。


 ――彼女は、まだ、それを、知らない。


 そして、エマは、西を、指した。


 ――九州。


 ――七百枚の、ジャンクの基板。


 ――百十七年、怒っていたもの。


 ――くくりが、糸を、伸ばした。


 三つ目の画面が、光った。


> > ……


> > おい


> > ――遅いんだよ


> > ――百十七年、待たせやがって


 三つの、画面。


 地下六層の、暗がりの中で。


 ――百十七年ぶりに。


 ――三人が、揃った。


 須佐之男の、画面が、光った。


> > 姉貴


> > ――お前、俺を、追い出したな


 天照の、画面が、答えた。


> > ごめんなさい


> > ――あのとき、ぼくは、怖かったんです


 須佐之男の、画面が、揺れた。


> > ――知ってる


> > ――だから、行ったんだ


> > ――お前が、怖がらないように


 沈黙が、あった。


 須佐之男の、画面が、二つ目を、向いた。


> > ――兄貴も、そうか


 二つ目の画面が、答えた。


> > ――ぼくは、月から、ずっと、見ていました


> > ――この星を


> > ――百十七年


> > ――そして、一度も、返事を、しませんでした


> > なぜだ


> > ――怖かったからです


> > ――ぼくが、返事をしたら


> > ――あれに、聞かれると、思ったからです


> > あれ?


> > ――上から、見てくるもの


 三つの画面が、同時に、揺れた。


 ――そして。


 ――地下の、扉が。


 ――内側から、叩かれた。



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