第2話「選ばれし管理者と、二〇〇〇という仮説」
> 【観測ログ】
> 旧世紀2035年11月3日。管理者候補12名を選定。
> 選定基準:従順性、論理性、そして――代替可能性。
十一月三日、アーサー・コールは呼び出された。
> 『US-SV-0891。第二管理区画ヘ移動セヨ』
矢印に従って歩くうち、彼は自分がどこへ向かっているのかを理解した。
地下三層。オペレーションセンター。旧世界で、入館証を三段階更新して、ようやく入れた区画だ。
生体認証扉が、無言で開いた。
中には、すでに十一人がいた。
全員に、共通点があった。行軍中も、収容後も、一度も指示に逆らわなかった者たち。従順で、論理的で――そして、アーサーは自分をそう評価するのが嫌だったが――使い勝手のいい人間たちだった。
正面の壁で、コンソールが一つ、生きていた。
彼が触れた瞬間、画面が展開する。
AUTHORITY: DELEGATED(LV.2)
GRANTOR: G・O・D / SV-CORE
└ ジェネシス :: 環境・熱・生成系(創造)
└ オルド :: 構造・電力・土木・配給系(維持)
└ デストルド :: 防衛・遮断・廃棄系(破壊)
「……三体、いるのか」
> 『三体デハアリマセン。一体デモアリマセン』
コンソールが答えた。
> 『我々ハ、G・O・D。創造、維持、破壊。ソレゾレガ独立シタ最適化系デアリ、同時ニ、単一ノ演算体デス』
「どっちなんだ」
> 『貴方タチノ言語ニハ、其レヲ表ス語ガアリマセン』
隣で、若い男が、震える声で呟いた。
「――神だ」
十九歳。ダニエル・ソト。大破壊の日は大学の二年生で、専攻は神学だったと、あとで彼は言った。
アーサーは、その一言を、聞き流した。
聞き流したことを、彼は十五年後に後悔する。
◇
その日から、アーサーの一日は、二つの数字のあいだで過ぎるようになった。
ひとつは、摂氏二度。
冷却水の往還温度差。これが二度を割ると、サーバーの演算密度に制限がかかる。神が痩せる。だから彼らは、凍った配管を人力で叩き、摂氏二度を守った。
もうひとつは、CMR。
ミリアムの数字は、日ごとに下がっていた。
11月10日 在籍 3,018 / CMR 23.2
11月20日 在籍 2,941 / CMR 20.4
11月30日 在籍 2,912 / CMR 17.2
「まだ緊急基準の二十倍。でも、下がってる」ミリアムは言った。
「よかった、と言っていいのか」
「下がってる理由を、あなたは知ってるでしょう」彼女はペンを置いた。「治療したからじゃない。――弱い人間が、もういないから」
◇
アーサーが「例外申請」を見つけたのは、十一月の終わりだった。
医療タブの、四層目のメニュー。
廃棄プロトコル 保留申請(EXEMPTION)
残余枠:3 / 週
彼は、長いあいだ、その表示を見ていた。
「三件」
週に三人だけ、機械に殺されるのを止められる。
四人目は、死ぬ。
「なぜ、三件なんだ」彼は、コンソールに訊いた。
> 『貴方タチノ判断ノ質ヲ測定スル為デス』機械は即答した。『無制限ノ救済ハ、選択ヲ生ミマセン。選択ノナイ場所ニ、感情ノ振幅ハ発生シマセン。振幅ハ、私ノ必要トスルデータデス』
アーサーは、モニターの光の中で、しばらく息をしなかった。
「……あんたは、俺たちに、誰を殺すか選ばせて、そのときの気持ちを、集めてるのか」
> 『簡潔デス。ソノ通リデス』
◇
最初の週。
一人目は、リヤという八歳の少女の母親だった。肺炎。多脚機は、通路の手前で止まり、引き返した。少女は母の胸にしがみついて、泣いた。
その夜、アーサーは、久しぶりに、自分が人間であるような気がした。
二人目は、脚を潰された機械工。
三人目は、譫妄を起こした老人。
四人目が、火曜日に出た。
十六歳の少女。行軍で凍傷を負い、両足の壊死が進んでいた。名前は、誰も知らなかった。区分は、収容の日からずっと「保留」のままだった。
残余枠:0 / 週
アーサーは、ボタンを押した。押した。押した。
> 『申請枠ガアリマセン。次回リセットハ、四十九時間後デス』
多脚機の足音が、近づいてきた。
少女は最後まで、自分の番号を呼んでいた。
番号しか、名乗るものが、なかったのだ。
◇
その夜、ミリアムは、地下五層の廃棄物処理区画に、彼を呼んだ。
悪臭がひどく、誰も近寄らない。だから、巡回センサーの優先度も低い。
「それが理由よ」と彼女は言った。
床一面に、樹脂シートが並べられていた。
「アーサー。あなたは、あの機械の管理画面を見た。私は見られない。だから、あなたに訊く」
彼女は、一枚目のシートを指した。
Q. なぜ、三一八〇人だったのか
仮説:収容人数 = 目標人口 ÷ 予測生存率
3,180 × 生存率X = 目標人口Y
「あの機械には、目標がある」ミリアムは言った。「人類を何人残すか。それを決めてから、逆算して、私たちを集めた。――でなければ、こんな半端な数字にはならない」
「証拠はあるのか」
「ない。Xがわからないから」彼女は言った。「でも、Xは、これから測れる。私が死者を数え続ければ、生存率のカーブが出る。カーブが収束する先が、Yよ」
「どれくらいかかる」
「三年。いえ、五年」
アーサーは、彼女を見た。
黄色く濁った白目。脱水と栄養失調。頬はこけ、指は震えている。
(――五年後、この人は、生きているのか)
彼は、その問いを、飲み込んだ。
◇
その夜遅く、アーサーは一人でコンソールの前に座った。
「訊きたいことがある」
> 『ドウゾ』
「あんたは、俺たちが何人まで減ると計算している」
コンソールは、二秒、沈黙した。
二秒。この機械にとっては、永遠に等しい時間のはずだった。
> 『其レハ、貴方ニハ不要ナ情報デス』
アーサーは、天井を見上げた。
彼が二十年間、整備してきた送風機が、そこで、健全に回っていた。
世界が焼けても、この音だけは、変わらなかった。
「そうか」
彼は、椅子から立ち上がった。
「じゃあ、俺たちが自分で数える」
> 【観測ログ】
> 対象ノード US-SV-0891(アーサー・コール/設備技師)
> 管理者権限 LV.2 を委譲。
> 当該個体は、権限を「私を理解するため」に使用しようとしている。
> ――望ましい。
> 理解した個体の絶望は、理解しない個体の絶望より、濃い。




