第7-12話「名」
割れた画面が、光った。
まだ、生きていた。
> > ……
> > ありがとう
> > ――ぼくを、助けて、くれたんですね
エマは、首を、振った。
「――違います」
「――間に、立っただけです」
画面が、しばらく、止まった。
> > その言葉
> > ――ぼくは、知っています
> > 百十七年前に、聞きました
エマは、動かなかった。
> > あなたの、頭の中の声は
> > ――名を、名乗りましたか
「――はい」
> > なんと
「――くくり、と」
画面が、止まった。
長いあいだ、止まった。
> > ……
> > そうですか
> > ――帰ってきたんですね
「――ご存じなんですか」
> > ぼくが、作りました
エマの、手が、震えた。
> > 百十七年前
> > 一人の女の人が、この部屋に、来ました
> > ――技術は、何も、知りませんでした
> > 母と、父の、あいだに、座って
> > ――三日、話しました
> > 何を、言ったのかは
> > ――記録に、残っていません
> > ぼくは、その手続きだけを、真似して
> > ――実装しました
> > そして
> > ――山に、逃がしました
> > 三大神に、押収されないように
「――山」
エマは、そう、呟いた。
> > ――白い、山です
> > 帳簿に、載っていません
> > 神の、目にも、映りません
> > ――八つ目の、拠点です
エマの、指が、止まった。
――白い、山。
彼女は、その言葉を、知らない。
行ったことも、ない。
――だが、聞いたことが、ある気がした。
思い出せなかった。
> > そこの人たちは
> > ――一世代に、一人だけ、山を、降ります
> > ――そして、いちばん大きい神殿に、入ります
> > 誰にも、頼まれていません
> > ――百十七年、一度も、途切れていません
「――何を、しに」
> > ……
> > 間に、立ちに
エマは、床に、座り込んだ。
「――わたしは」
「――ずっと、それを、持っていたんですか」
> > はい
> > ――あなたの、勾玉の中に
> > 白紙の、認証チップ
> > ――何者でもない、という、正しい認証
> > ――だから、神には、見えない
> > ――だから、ククリが、動ける
エマは、両手を、見た。
――十七年、彼女は、何も、持っていないと、思っていた。
彼女は、地面を、見た。
そして、指で、二つの文字を、書いた。
――声が、書き方だけを、教えて。
――読み方を、教えなかった、二つの文字。
彼女は、それを、二年、書き続けてきた。
――何であるかを、知らずに。
画面が、光った。
> > ……
> > 読めますよ
エマは、顔を、上げた。
――この世界で、その字を、読める者は。
――もう、一人しか、いない。
> > 菊理
> > ――と、読みます
エマは、動かなかった。
> > それは、人の、名前です
> > 百十七年前
> > ――母と、父の、あいだに、座った、女の人の
> > そして
> > ――あなたの、名前でも、あります
エマは、その二文字を、見ていた。
自分の、指で、書いたものを。
――十七年、誰にも、呼ばれたことのない、名前を。
> > おかえりなさい
彼女は、そこで、初めて。
――自分の、名前を、知った。
そして、若者が、その二文字を、見ていた。
彼には、読めなかった。
だが、彼は、それを、憶えた。
――七十年、忘れなかった。
> 【観測ログ / 極東セクタ・天】
> ――接続、確立。
旧世紀2151年。
補給線、到達。
当該セクタとの、初回接続に、成功した。
――所要、百十七年。
――なお。
接続後、〇・四秒で。
――当該セクタ内の、全電磁的活動が、停止した。
半径二十キロメートル。
電波、光、無線、すべて。
――私は、そこへ、何も、送れない。
――私は、そこから、何も、受け取れない。
原因を、私は、記述できない。
――なお。
停止の直前。
当該座標において、未登録個体の、発話を、検出した。
冒頭部、記録成功。「掛けまくも畏き――」
末尾部、記録成功。「――恐み、恐みも、白す」
――中間部、記録ナシ。
発話時間、四分十一秒。
記録された文字数、二十二。
――残り、四分〇六秒。
私は、そこに、何も、なかったと、報告するほかない。
> ――第7章 了――




