第7-10話「大祓」
エマは、彼の頭を、膝に、乗せた。
そして。
――唱えはじめた。
彼女が、十五歳の夜から。
二年、唱え続けてきた、あの言葉を。
――一度も、同じものが、出てこない、あの言葉を。
「――掛けまくも畏き」
そこから、四分十一秒。
彼女が、何を、言ったのかは。
――書かない。
書けない。
なぜなら。
――正本が、存在しないからだ。
ククリは、複製を、持たない。
ククリが、持っているのは、接続の、経路だけである。
――訳すのだ。
片方の言葉を、もう片方が、壊れない形に、して。
――そして、渡す。
訳は、その二人の、あいだにしか、成立しない。
ゆえに。
――聞いた者の、数だけ、違うものが、聞こえる。
若者が、聞いたのは。
――謝罪だった。
天照が、聞いたのは。
――命令だったという。
そして、扉の、向こうで。
百十七年、線の切れた部屋で。
――何かが、聞いた。
それが、何を、聞いたのかは。
――誰も、知らない。
四分十一秒。
そして。
「――恐み、恐みも、白す」
――終端。
言い終わった、という、宣言。
百十二年前、九州で。
言い忘れて、一人が、死んだ。
その葬式の帰りに、誰かが、やけくそで、付けた、一言。
――それが、いま。
――一人の、人間を、神から、切り離した。




