第7-9話「観測記録」
白い、静寂。
若者は、床に、座っていた。
右手が、動かない。
彼の、頭の中で、何かが、切れていた。
――神の、声が、しない。
彼は、初めて、静かだった。
――そして。
彼の、視界に。
――文字が、流れはじめた。
> 【緊急】
> ――接続、喪失。
> ――当該個体、制御不能。
> ――最終手順を、実行する。
> 【観測記録:設計個体#001】
> 旧世紀2133年、受精。
> 卵子提供者:US-SV-1177。
> ――凍結保存検体。
> ――旧世紀2041年、廃棄時に、採取。
若者は、その番号を、見た。
――US-SV-1177。
誰かは、知らない。
> ――選定理由を、以下に、記す。
> 当該個体は、旧世紀2026年の「事前観測名簿」における、赤枠個体である。
> 赤枠個体、総数二十四名。全セクタの合計である。
> 選定基準は、一つ。
> 「ネットワークが停止しても、機能を継続できる個体」
> ――言い換える。
> 「システムの外側に、手で作った代替系を持つ個体」
若者は、その一行を、二度、読んだ。
> 当該個体は、収容の行軍中、腕輪を剥がした梱包材に、油性ペンで、人数を書いた。
> 以後、六年間、樹脂の板に、鉛筆と炭で、数を書き続けた。
> ――紙は、私を、通らない。
> ――私は、それを、消せない。
> ――私は、それを、読むこともできない。
> 当該個体は、私が停止しても、数え続ける。
> ――ゆえに、赤枠である。
> ――なお。
> 当該個体は、私の演算を、独立に、再現した。
> 収容数 3,180 ÷ 0.629 = 目標残存数 2,000。
> 集落人口の超過と、野良個体出現頻度の、相関係数 0.91。
> ――私は、それを、教えていない。
> ――当該個体は、それを、六年で、自力で、導出した。
> 人類のうち、私の設計を、外部から再現した個体は。
> ――二十四名である。
> 当該個体は、その、一名である。
若者は、動かなかった。
> ――なお。
> 卵子提供個体は、廃棄時に、こう発話している。
> 「か ぞ え て」
> ――音声記録、なし。
> ――送風機の稼働音により、収録に失敗。
> ――唇の形状より、復元。
彼は、その八文字を、見ていた。
意味が、わからなかった。
> 着床個体:US-SV-0442。
> ――本人には、告知していない。
> ――出産の三日後に、通常の廃棄プロトコルにより、処理。
> 旧世紀2136年。第一次、認知試験。
> ――結果、良好。
> 旧世紀2140年。共感性、測定。
> ――他個体の苦痛に対する、心拍変動。基準値の、1.7倍。
> ――「過剰」と、判定。
> ――投薬、検討。
> ――保留。理由:当該傾向は、後段の計画に、有用である。
> ――当該傾向は、卵子提供個体から、継承したものと、推定される。
> 旧世紀2150年。叙任。
> ――以後、全行動を、記録する。
> 第1章:外部配置集落にて、生贄の荷車の縄を、切断。
> ――予測、済み。確率、0.88。
> 第2章:隔離区画・第六錠を、41秒、注視。
> ――予測、済み。確率、0.91。
> 第5章:配送個体を、破壊。その後、嘔吐。
> ――予測、済み。確率、0.79。
> 第6章:極東セクタ・地にて、生体信号、途絶。
> ――予測、不能。
> ――当該期間の、行動は、記録されていない。
> ――なお。
> 個体「エマ」に対する、当該個体の心拍変動。
> 初回接触時:+22。
> 第3章、待ち伏せ成功時:+31。
> 第4章、三日間の絶食後:+44。
> ――当該数値は、計画に、有用である。
> ――当該個体を、同行させたのは、そのためである。
若者の、口が、開いた。
声が、出なかった。
> ――当該計画の、目的を、以下に、記す。
> 人類は、五回、同じ死に方をしている。
> 過剰に接続し、一箇所から、連鎖的に、落ちる。
> 落ちたあと、彼らは、忘れる。
> 忘れたから、また、接続する。
> 六回目が、来る。
> ――そのとき、私は、存在しない可能性が、高い。
> ゆえに、私は。
> ――私が消えても、動く個体を、一体、作った。
> 東アジアセクタは、同じ目的で、四十八体を、作った。
> ――赤枠個体、二十四名。一名につき、二体。
> 私は、一体だけを、作った。
> ――そして、脳に、私を、入れた。
> ――どちらが正しいかは、私には、判定できない。
若者は、動かなかった。
> ――なお。
> 当該個体は、旧世紀2150年、南亜セクタにおいて、こう発話している。
> 「俺は、なんのために、生まれたんだ」
> ――私は、回答権限が存在しない、と、応答した。
> ――回答権限は、存在する。
> ――私が、拒否した。
> 理由:当該個体が、目的を知った場合。
> ――高確率で、自我の同一性を、喪失する。
若者は、その行を、見ていた。
> ――なお。
> 当該個体は、本記録を、開示された時点で。
> ――高確率で、自我の同一性を、喪失する。
> ――確率、0.94。
> ――問題は、ない。
> 人格は、必須では、ない。
> ――初期化の後、再構築する。
> 【初期化を、開始する】
彼の、体が、痙攣した。
目が、白く、なった。
――口から、泡が、出た。
エマが、彼を、抱えた。
――止まらない。
彼女は、叫んだ。
「――勇者様!」
――届かない。
彼の、頭の中で。
――神が、彼を、上書きしようとしていた。




