第7-8話「絶対静寂」
エマは、動けなかった。
彼女には、魔石が、ない。
番号が、ない。
契約が、ない。
――何も、できない。
七十六話、ずっと、そうだった。
彼女は、荷を、運んだ。
火を、起こした。
傷を、縫った。
――名を、訊いた。
それだけだった。
そして、いま。
――目の前で、二つのものが、壊れていく。
彼女は、膝を、ついた。
そして。
――頭の中の、声に、話しかけた。
二年、彼女は、それに、耐えてきた。
誰にも、言わなかった。
狂ったのだと、思っていた。
――彼女は、初めて、そちらから、呼んだ。
「――あなたは、誰ですか」
声は、答えなかった。
「――お願いします」
「――名前を、教えてください」
――沈黙。
「――わたしは」
彼女は、そう、言った。
「――間に、立てと、教わりました」
「――あなたに、教わりました」
「――二年前の、最初の夜に」
「――だから、間に、立ちます」
「――でも、わたしには、何も、ありません」
「――だから」
彼女は、頭を、下げた。
――床に、額を、つけた。
「――お名前を、教えてください」
――そのときだった。
彼女の、頭の中で。
声が、初めて、名乗った。
> ――くくり。
エマは、顔を、上げた。
そして、唱えた。
「――掛けまくも畏き」
「――くくりの、大神」
部屋の、空気が、変わった。
温度が、下がったのでは、ない。
――音が、消えた。
「――汝は、結ぶ神なり」
「――汝は、切る神なり」
「――汝は、あいだに、坐す神なり」
――白いものが、舞った。
花だった。
白い、菊。
――どこにも、存在しないはずの、花。
それが、部屋を、埋めた。
「――この者と、この者の、あいだを」
「――切って、ください」
「――恐み、恐みも、白す」
――終端。
そして。
――世界の、魔法が、死んだ。
若者の、右手が、落ちた。
剣が、鉄の棒に、なった。
鎧が、ただの、重りに、なった。
門の前で。
二万人の、詠唱が、消えた。
召喚された英霊が、消えた。
ヨルンが、消えた。
――二十一万八千九百四十八回目に、消えて。
――そして、二度と、呼ばれなかった。
空の、竜が、落ちた。
――静かに、なった。
この島の、上空、半径二十キロ。
――電波が、一つも、通らなくなった。
神の、手が、届かなくなった。
――絶対静寂の、聖域。
その中で。
魔法を、一つも、使えなかった娘が。
――世界中の、魔法を、消していた。




