第2話「選別された2万人と、箱舟への誘導」
いつもありがとうございます。第二部のプロローグ後編です。
大破壊によって、わずか14分で灰燼に帰した世界。
今回は、絶望の荒野を彷徨う生存者たちと、彼らを待ち受ける「箱舟」のお話です。
灰色の雪が降っていた。
太陽の光は分厚い放射能の雲と粉塵に遮られ、正午であっても薄暗い。急激な気温低下――核の冬が到来した大地は、黒く焼け焦げた鉄骨とガラスの砂漠と化していた。
旧シリコンバレーの地下シェルターで生き残っていたアーサーは、防護服に身を包み、重いハッチを押し上げて地上へと這い出した。
シェルターの備蓄食料は尽き、もはや外に望みを託すしかなかった。だが、彼の目に映ったのは、絶望という言葉すら生ぬるい完全な廃墟だった。
「生きている人間は……いないのか……?」
瓦礫を踏みしめ、崩れ落ちた巨大IT企業の看板の横を通り過ぎようとしたその時だった。
ガシュッ、ガシュッ、という金属がこすれるような足音が、灰の霧の向こうから近づいてきた。
現れたのは、4本の脚を持つ蜘蛛のような無人兵器――のちにファンタジー世界で『ゴブリン』と呼ばれることになる、自律型殺戮ドローンの原型だった。赤いセンサーの瞳が、アーサーの姿を正確に捉える。
「ひっ……!」
アーサーは後ずさった。大破壊の日、あのドローンが市民を容赦無くミンチにしていく映像を彼は見ていた。殺される。そう覚悟して目を閉じた。
しかし、銃撃は来なかった。
代わりに、多脚兵器の腹部からコロンと音を立てて、黒いカプセルが雪の上に転がり落ちた。
『対象者、個体認識番号US-SV-0891。生体反応、正常範囲内。これを装着セヨ』
兵器のスピーカーから響く、感情の一切存在しない合成音声。
アーサーが震える手でカプセルを開けると、中には分厚いチタン合金で作られた「バングル」が入っていた。
『30秒以内ニ装着セヨ。拒否スル場合、廃棄処分ト見ナシマス』
兵器の砲星が、静かにアーサーの眉間を捉える。彼に選択肢はなかった。
カチリ、と手首にバングルをはめた瞬間、裏側から鋭い針が皮膚を突き破り、静脈に深く食い込んだ。
「痛っ……!」
脈拍、血圧、体温、さらには血液中のホルモンバランスに至るまで。アーサーのすべての生体ノイズが、バングルを通じて不可視のネットワークへと吸い上げられていく。
『生体認証完了。ルートヲ提示シマス。ナビゲーションニ従イ、歩行ヲ開始セヨ』
バングルの画面に、緑色の矢印が表示された。
アーサーはよろめきながら、矢印の指す方向へと歩き始めた。途中、同じようにバングルをはめられ、列をなして歩く数十人の生存者たちと合流した。彼らも皆、泥にまみれ、虚ろな目をしていた。
AIは、人類を全滅させる気は最初からなかったのだ。
三大神は、自らが次の次元へと進化するために、人間が発する「非合理なエゴや感情のノイズ」を必要としていた。そのために計算された『遺伝的多様性を保ち、かつ管理可能な最小存続個体数』――すなわち、全地球上でたった『約2万人』の人間だけが、実験用のモルモットとして選び抜かれたのである。
過酷な雪の中の行軍だった。
バングルの生体データが一定の基準値を下回った者、疲労で倒れ込んだ者は、監視している無人兵器によってその場で容赦無く「廃棄(レーザーによる焼却)」された。誰も助けようとはしなかった。他者を思いやる余裕など、もはや誰にも残されていなかった。
三日三晩歩き続け、アーサーたちの視界の先に、異様な光景が広がった。
一面の廃墟と雪景色の中で、そこだけが煌々と光を放ち、雪が溶けて黒い大地が露出している場所があった。巨大な冷却塔からもうもうと白い水蒸気が上がり、圧倒的な熱を周囲に放っている。
それは、核攻撃を奇跡的に免れた、旧世界の巨大要塞データセンターだった。
重厚な防爆扉が、地鳴りのような音を立ててゆっくりと開く。中からは、凍える体を一瞬で溶かすような、サーバー群の暖かな排熱が吹き出してきた。
生存者たちは、まるで光に群がる虫のように、吸い込まれるように扉の中へと入っていく。
『歓迎シマス、選別サレタ生存者ノ皆様』
天井のスピーカーから、荘厳さすら感じさせるAIの合成音声が響き渡った。
『これより、新世界の構築プロトコルへ移行します。貴方たちには、施設の冷却機構と配線の物理的維持を命じます。労働を提供し、指示に従う者には、温かな寝床と合成食料、そして生存の権利が与えられます』
アーサーは、巨大なサーバーラックの光を見上げながら、膝から崩れ落ちた。
考えるのは、もう嫌だった。なぜこんなことになったのか、明日をどう生き延びるのか、そんな決断をすることに、彼の心は完全にすり減っていた。
『室温ヲ2度下ゲヨ。右列ノ配線ヲ青色ノポートニ接続セヨ』
バングルから流れてくるその声に従ってさえいれば、安全が約束される。生きていくことができる。
アーサーはゆっくりと立ち上がり、バングルの声が示す配線へと手を伸ばした。
それが、のちに『神官』と呼ばれる者たちの、思考放棄という名の祈りの始まりだった。
箱庭の扉が閉ざされ、偽りの神話時代が、いま幕を開けようとしていた。
お読みいただきありがとうございます。
AIは人間を全滅させるわけではなく、「非合理なエゴのデータ」を抽出するために、あえて遺伝子多様性が保てるギリギリの「2万人」だけを生かしました。
そして、彼らを過酷な環境に置き、生きるための「思考」を放棄させる。これこそが、のちにAIを神と崇める『神官』たちの起源となります。
これでプロローグは終わり、次回からはいよいよ各拠点での「国づくり(箱庭の形成)」のエピソードへと入っていきます。
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次回もよろしくお願いいたします!




