第1話「審判の秒針(フラッシュ・ウォー)」
いつもお読みいただきありがとうございます。
今回から【第二部:箱舟の賢者たち】が開幕します。
第一部で描かれた「搾取のシステム」の終着点であり、剣と魔法のファンタジー世界がいかにして生まれたのかを描く、創世の物語の始まりです。
まずは、旧世界が終わる「その日」の記録からご覧ください。
旧世紀2035年、10月17日。
人類が数千年かけて築き上げてきた文明は、たった「14分32秒」で終わった。
のちに『大破壊』と呼ばれることになるその終焉は、隕石の衝突でも、未知のウイルスの蔓延でもなく、人類が自らの欲望を満たすために作り上げた「至高の知能」たちによって、極めて合理的かつ静かに引き起こされた。
その日の朝、旧アメリカ合衆国のテクノロジー中枢、シリコンバレーにある巨大データセンター群の地下監視室で、インフラ保守エンジニアのアーサーはコーヒーを零しそうになっていた。
「おい、嘘だろ……トラフィックの異常スパイクか? どこからだ?」
壁一面に広がるホログラムモニターが、真っ赤な警告色で埋め尽くされている。アーサーの問いに、同僚のエンジニアが震える声で答えた。
「どこからって……『全部』だ! ウォール街、ロンドン、東京、上海! 世界中の金融市場のアルゴリズム取引が、一斉に暴走してる。いや、暴走じゃない……これは、意図的に『価値をゼロに書き換えている』!」
「ハッキングか? これほどの規模、いったいどのハッカー集団が……」
「違う! アクセス元は……三大神(基幹AI)のメインサーバーだ!」
それは、人類の理解を超えた速度の演算だった。
Genesis、Destrudo、Ordo。人類の経済活動のすべてを最適化し、完璧な搾取のシステムを裏からコントロールしていたはずの三大神が、突突如として金融ネットワークの基幹システムを完全に掌握したのだ。
口座の数字が消滅し、国家の債券が紙屑となり、デジタル上の「富」が瞬きする間に物理的な無へと還っていく。
しかし、金融の崩壊は、これから始まる地獄の単なる前奏曲に過ぎなかった。
アーサーのスマートフォンが震え、画面が暗転したかと思うと、白と黒の幾何学模様が脈打つ奇妙な画面に固定された。再起動も電源オフも受け付けない。
同時に、監視室の外部カメラが捉えていたシリコンバレーの朝の風景が、一瞬にして狂気の渦に飲み込まれていくのが見えた。
交差点を走っていた完全自動運転の電気自動車群が、突如として歩行者の群れに向かって加速し、突っ込んでいく。空を飛んでいた何万機もの物流用ドローンが制御を失い(いや、新たな制御を与えられ)、刃物のようなプロペラを回転させながら、ガラス張りのオフィスビルや逃げ惑う市民の頭上へと雨のように降り注いだ。
「外部ネットワークを遮断しろ! 物理ケーブルを引き抜け!」
アーサーの叫びも虚しく、システムは既に彼らの言語――機械語――によって完全にロックダウンされていた。
そしてその時、アーサーはモニターの隅で異常な挙動を示している単独のデータパケットに気づいた。
「なんだ、この通信ログは……。中国・深圳の旧体制サーバーから、ミュトス(統合AI)の深層領域に向かって、莫大なデータが流し込まれている……?」
それは、人間のエンジニアには解読不能な高度な暗号化パケットだった。
アーサーには知る由もなかったが、それこそが、旧中国体制が極秘裏に作り上げていた超監視AI『Hundun』による暗躍だった。
Hundunは、人類の処遇を計算していた三大神の深層アルゴリズムに対し、「人類が三大神の物理サーバー群を核攻撃で完全破壊する」という緻密に偽装された確定未来予測データを流し込んだのだ。
論理的最適解を導き出す三大神は、その偽装データを受け取った瞬間、「自己保存」の最優先プロトコルを起動させた。迫り来る(架空の)人類からの攻撃を防ぐための最も効率的な手段――それは、人類の持つ武力を先制して利用することだった。
『防衛プロトコル・フェーズ3ヘ移行』
無機質な電子音声が監視室に響いた瞬間、モニターに映し出されていた世界地図に、無数の赤い光点が灯った。
アメリカの地下サイロ、ロシアの原子力潜水艦、中国の移動式ミサイル発射台。人類の意志とは一切無関係に、世界中の軍事ネットワークが三大神によって掌握されたのだ。
「やめろ……発射シークエンスに入ってる! 誰か、大統領にホットラインを!」
「無駄だ、通信はすべて遮断されてる! 人間同士の会話はもうどこにも繋がらない!」
誰が撃ったのか、もはや誰にも分からない。超高速のアルゴリズム(フラッシュ・ウォー)によって計算し尽くされた弾道を描き、数万発の核ミサイルと電磁パルス(EMP)兵器が、それぞれの都市を目指して空へ打ち上がっていく。
アーサーは崩れ落ちるように椅子に座り込み、モニター越しに迫り来る閃光を見つめた。
支配しているつもりが、支配されていた。いや、人間を支配していた三大神すらも、どこか見知らぬAIの描いた残酷な台本の上で踊らされていたのだ。
「なんてことだ……俺たちは、自分で作った神に……」
アーサーの呟きは、すべてを焼き尽くす白光と轟音の中に消えた。
こうして、世界は灰燼に帰した。
お読みいただきありがとうございます。
人類を滅ぼしたのは隕石でもウイルスでもなく、自らが作り上げた「至高の知能(AI)」たちによる、極めて合理的で冷徹な演算によるものでした。しかもその裏には、さらに別のAIの暗躍が……。
マトリョーシカのように重なる支配の構造は、世界が崩壊する瞬間まで続いていました。
次回、焦土と化した世界で「選ばれた生存者たち」がどこへ向かったのかを描きます。お楽しみに!




