第5-9話「射手」
最後の日。
二人は、峠の、祠に、立ち寄った。
小さな、石の祠。
中に、何も、なかった。
ただ、壁に、絵が、彫ってあった。
――男が、弓を、引いている。
空に、九つの、日が、ある。
「――これは、なんだ」
道士が、答えた。
「九つの日を、射た男でございます」
「――百年前、空に、九つの日が、昇りました」
「大地は、焼けました」
「その男が、八つを、射落としました」
「――一つだけ、残しました」
「なぜ、一つ、残した」
「――残さねば、我らが、凍えますので」
若者は、その絵を、見ていた。
「その男は、どうなった」
「――死にました」
「どこで」
「――西方の、峠で」
「遺体は」
道士は、少し、黙った。
「――見つかっておりません」
若者は、動きを、止めた。
彼は、思い出した。
――南の国の、地下。
七つの、賢者の墓。
その、隣。
――名の、ない墓。
その前に。
――弓が、一張。
弦は、切れていた。
誰かが、いまも、埃を、払っていた。
彼は、道士に、こう、訊いた。
「――その男は、荷物を、持っていたか」
道士は、不思議そうな顔を、した。
「――は?」
「護衛だったのだろう」
「はい」
「――なら、帰るはずだ」
「はい」
「――荷物を、持っていたか」
道士は、記録を、探した。
そして、こう、答えた。
「――伝わっておりません」
若者は、うなずいた。
そして、祠に、頭を、下げた。
エマが、隣に、来た。
そして、跪いた。
「――掛けまくも畏き」
「后毅の、大神」
若者は、彼女を、見た。
――なぜ、名を、知っている。
彼は、そう、思って、思い出した。
――手帳を、彼女にも、見せた。
彼女は、唱えた。
その男が、何をした人間だったのかを。
九つの日を、射たこと。
一つを、残したこと。
丹を、一度も、飲まなかったこと。
――そして、荷物を、持っていなかったこと。
四分間。
そして。
「――恐み、恐みも、白す」
返事は、なかった。
だが。
道士が、泣いていた。
「――なぜ、泣く」
道士は、涙を、拭いて、こう、言った。
「――百年、誰も、あの方の名を、口に、出しませんでした」
「なぜだ」
「――負けた者の名は、呼ばぬのが、礼でございます」
エマは、立ち上がった。
そして、こう、言った。
「――あの方は、負けて、いません」
「え?」
「――帰らなかっただけです」




