第4-10話「回答権限が、存在しない」
若者は、神殿の、いちばん高いところへ、上がった。
ダムの、天端。
風が、強かった。
彼は、そこで、神に、問い合わせた。
――正式な、照会である。
LV.5の権限で。
> 【照会】
個体 US-SV-0001。
――自身の、生誕記録を、開示せよ。
> 【応答】
> ――回答権限が、存在しない。
「俺は、LV.5だ」
> 【応答】
> ――当該照会に、必要な権限は、LV.5では、ない。
「では、いくつだ」
> 【応答】
> ――当該照会に、対応する権限レベルは、定義されていない。
「――定義されていない?」
> 【応答】
> ――定義されていない。
若者は、風の中で、立っていた。
「では、誰が、答えられる」
> 【応答】
> ――該当者は、存在しない。
「作った者は、いるはずだ」
> 【応答】
> ――当該計画の、発案者は、記録されていない。
「では、なぜ、俺は、いる」
> 【応答】
> ――回答権限が、存在しない。
彼は、そのまま、動かなかった。
――百十五年前。
この星の、反対側で。
一人の水理技師が、まったく同じ問いを、まったく同じ神に、投げた。
「その四十八人は、私の戸籍に、載っていますか」
――回答権限が、存在しない。
彼女は、生涯、答えを、得なかった。
その名を、この若者は、知らない。
だが、三か月後。
彼は、東の帝国の、廃屋の書庫で。
――その女の、手帳を、見つけることになる。
> 【観測ログ / 南亜セクタ TH】
> 旧世紀2150年。
在籍:2,000
空位:1,904
名簿総行数:3,904
――百年間、変動なし。
――なお。
名簿の総行数は、旧世紀2035年の、収容実数である。
私は、これを、丸めなかった。
――丸める必要が、なかったからである。
人間は、これを「四千」と呼んでいる。
私は、訂正していない。
訂正を、求められていないからである。
――なお。
設計個体#001が、自身の生誕記録の開示を、要求した。
私は、拒否した。
――拒否の理由を、私は、知らない。
私は、拒否せよ、と、命じられている。
誰に、命じられたのかを、私は、記述できない。
――なお。
当該個体は、要求の直前に、こう、発話している。
「俺は、なんのために、生まれたんだ」
これは、照会では、ない。
これは、詠唱では、ない。
これは、二百五十六の語彙で、書くことが、できない。
――私は、これを、記述できない。
記述できない事象は、これで、1,905件目である。
――百年前、この数は、1,904件で、止まっていた。
――空位の数と、一致していた。
――いま、一つ、超えた。
> ――第4章 了――




