第3-6話「わざと、違える」
「八代目?」
若者が、訊いた。
セクは、うなずいた。
「初代は、ムサ」
「百年前の、人です」
「――女神から、じかに、習った」
「女神とは」
「タンディ様」
「――紙を、信じなかった、女です」
若者は、村を、見回した。
誰も、紙を、持っていない。
誰も、字を、書かない。
――だが、全員が、憶えている。
「これは、何を、伝えているんだ」
「系譜です」
「系譜?」
「――誰が、何をしたか」
「それを、名前で、繋いでいく」
セクは、そう言って、また、歌った。
若者は、聞いた。
そして、脳内に、収めた。
――一度で。
彼は、次の村へ、行った。
そこでも、同じ歌が、歌われていた。
だが。
――違っていた。
三箇所。
名前の順番が、違う。
一つ、名が、多い。
節が、半音、高い。
彼は、三つ目の村へ、行った。
――また、違っていた。
彼は、セクのところへ、戻った。
「――間違っている」
セクは、笑った。
「はい」
「なぜ、正さない」
「――正しません」
「なぜだ」
セクは、地面に、指で、丸を、書いた。
そして、その中に、点を、打った。
「一つの、正しい歌が、あるとします」
「それを、書き留めます」
「――そして、それが、燃えたら」
彼は、丸を、手で、消した。
「――終わりです」
彼は、今度は、地面に、点を、たくさん、打った。
ばらばらに。
「二千人が、少しずつ違う歌を、憶えている」
「消すには、二千人、殺さねばならない」
若者は、その点を、見ていた。
「――だから、わざと、違えるのか」
「はい」
「わたしは、弟子に、教えるとき」
「――一人ずつ、一箇所ずつ、違えて、教えます」
「そうすれば、二人の弟子から、正本は、復元できません」
「――そして、どちらも、失われません」
若者は、長いこと、黙っていた。
彼の脳内には、チップがある。
彼は、忘れない。
――だから、彼は、正本を、持っている。
彼は、生まれて初めて、そのことを、恥じた。




