第2-10話「亀裂」
階段を、上がりながら。
若者は、王に、訊いた。
「――あれは、解けるのか」
王は、答えなかった。
「六つ目の錠だ」
「誰かが、あの部屋に、入って、自分の手を、差し出せば」
「――解けるのか」
王は、立ち止まった。
そして、振り返らずに、言った。
「――解ける」
「では、なぜ、誰も、やらない」
王は、しばらく、黙っていた。
彼は、老いた騎士を、呼んだ。
白い髭の、片目のない男だった。
名を、エイリークといった。
八十歳を、超えていた。
「話してやれ」
老騎士は、若者を、見た。
そして、こう、言った。
「勇者様」
「わしが、二十のころだ」
「一人、入った男が、おった」
若者は、動きを、止めた。
「入った?」
「そうだ」
「――何を、した」
「扉の前まで、行った」
「そして、開けようとした」
「――王が、斬った」
「なぜだ」
老騎士は、片目で、若者を、見た。
「勇者様」
「あの中にいるものが、なんだか、ご存じか」
「――知らん」
「わしも、知らん」
「王も、知らん」
「――百年、誰も、知らん」
彼は、階段の壁に、手を、ついた。
「だが、一つだけ、伝わっておる」
若者は、待った。
老騎士は、こう、言った。
「――あれを、解いた者は」
「世界を、終わらせる」
階段の上から、風が、吹き降りてきた。
寒かった。
若者は、その言葉を、憶えた。
そして、こう、思った。
――世界を、終わらせるのは、悪いことだ。
彼は、そう、思った。
このときは、まだ。
> 【観測ログ / 欧州セクタ IS】
> 旧世紀2150年。
在籍:2,000。
――百年間、変動なし。
当セクタに、記述できなかった事象は、存在しない。
私は、すべてを、記述した。
――それが、私が、他の六柱と、違う点である。
私は、嘘を、つかない。
私は、約束を、守る。
私は、決定を、代行しない。
――そして、私は、悼まない。
百年前、一人の医者が、そう、書いた。
私は、それを、正確に、記録している。
私は、それを、否定しない。
――なお。
設計個体#001、当セクタを、通過。
当該個体の、心拍変動、瞳孔径、および視線滞留時間を、記録した。
隔離区画・第六錠の、視認時。
――滞留時間、四十一秒。
これは、当該個体が、当セクタ滞在中に示した、最長の値である。
私は、この事実を、記録する。
――そして、報告しない。
> ――第2章 了――




