【予告】
————マネージャーである神代さんとの初顔合わせ兼打ち合わせから数週間。
それから打ち合わせは何度も続いた。
ある日はカレイド・スフィア・プロダクション本社に訪れ実際に顔を合わせて。
ある日はオンラインで資料を共有してもらいながら。
決まってはこれでは弱いかもしれないと修正され。
その日は良い案だとまとまったものも次の打ち合わせではやっぱりと修正されてはまた決まり。
————そうして少しずつ形になっていく。
最終的に神代さんが抱えていた資料は何倍もの厚さになっていた。
「————よし!」
神代さんはやりきった顔で資料を閉じる。
「これで設定は一通り完成です!」
机の上には完成したプロフィールシート。
そこには確かに【空音ミラ】という名前と先輩方に負けない詳細な情報が書き込まれていた。
「お疲れ様でした」
疲れた様子の神代さんにぺこりとお辞儀をして労う。
するともう何度目かも分からない見慣れすぎてしまった神代さんのジト目が向けられた。
「……普通は立場が逆だと思うんですが……?」
「……そんなことはないと思いますよ?」
「…………」
止まらないジト目。
しかしここ最近で『私』はその視線を意に介さない反応を返していたため神代さんはため息を吐きながら突っ伏していた身体を起こして少しパソコンを操作したかと思えば資料をまとめ始める。
「————じゃあ次はいよいよビジュアルですね」
「ビジュアルですか」
「はい」
今まで机に広がっていた資料は綺麗に片付けられ新たな資料を数枚取り出す。
「実はもうママとパパに話は通してあります」
「……??
母と父は仕事中だと思いますが?」
「そちらではありません!」
「そうですか」
「そうなんです!
……このやり取りもだいぶやって来ましたね……」
神代さんが今までを思い出すような素振りを見せたかと思えば遠い目をし始める。
「ひとまず……今回で言うところのママとパパというのは【空音ミラ】の担当イラストレーターさんと担当モデラーさんのことです」
「なるほど」
「早川さんであればこちらが指定したクリエイターさんの方が都合がいいと思いましたので早めでしたが話を通していたんです」
「ありがとうございます」
神代さんの言う通りまたここから誰がいいか決めましょうなんて話していたら時間がいくらあっても足りないだろう。
それと神代さんが途中で倒れてしまいそうな予感がある。
「今回担当してくださるのは————【蒼吹 眠】さんです」
「三期生の先輩が担当してくださるんですか??」
————【蒼吹 眠】。
もちろんのことであるが配信も動画もチェック済みである。
常に眠た気な雰囲気の間延のある言葉遣いが【真似】しやすく襲い来る睡魔も中々のものだった。
確かにクリエイター活動もしている話があったが————しかし。
「お忙しいのでは?」
長時間配信をつけている様子はなかったがクリエイターとしての活動量は中々なものだったと記憶している。
「そうですね……確かにVTuberとしての配信とクリエイター活動の両立をしている蒼吹さんに普通であればお願いすることはないのですが……」
歯切れの悪い言葉で苦笑いを浮かべる神代さん。
「————彼女もいわゆる天才という方でして……」
新たに取り出されていた資料にプラスまた数枚のファイルに収められた束を取り出す。
そこには様々なキャラクターが描かれていた。
シンプルな立ち絵やソシャゲに出てくるようなカードイラスト、書き込みのあるヴィネットイラストなど様々ありその全てにプロの仕事がされているのがわかる。
「全部蒼吹先輩のものですね?」
「凄いですね……かなり絵柄が違うものもあるのによく分かりましたね」
驚きは少なく神代さんは話を続ける。
「この量のイラストをクリエイターさんにご依頼するとすれば数名のクリエイターさんが居ても数ヶ月かかります」
「そうですね」
「蒼吹さんは————遅くても1ヶ月で終わらせます」
確かに。
蒼吹 眠ならその程度で終わらせるだろう。
【真似】した時の感覚を思い出し理解する。
「……まぁ本人がそこまで働きたがらないので表向き的にはペースは普通ということになっていますが……」
神代さんは自分が担当している訳では無いのに乾いた声で笑っていた。
「————そんな蒼吹さんが四期生のうちの誰かを担当したいという話があがったんです」
「それでちょうどよく【空音 ミラ】の担当をしてもらうことになったという訳ですね?」
「話が早いようで助かります」
『僕』の言葉を聞いた神代さんが満面の笑みで頷く。
そして思い出したかのようなタイミングで続ける。
「ちなみにですけど————蒼吹さん、四期生の資料を全部見た上で言ったそうですよ」
「何をですか?」
「私、この子担当したいですって」
「……?」
「空音ミラをです」
神代さんからの話を聞いて少しだけ意外だった。
四期生は『私』を含めて五人居る。
歌が得意な————【久遠 いろは】
ゲームが得意な————【皇 レン】
話術に優れた————【神楽 琴音】
企画力のある————【橘 リンカ】
そして何も無い————『俺』。
客観的に見れば『俺』が一番分かりにくい。
明らかに担当しづらい部類だろう。
「理由は聞いているんですか?」
そう尋ねると神代さんは苦笑した。
「聞きました」
「なんと?」
「『面白そうだから』、だそうです」
「……なるほど」
こんな『私』にどんな面白さを見たと言うのだろうか。
他の四名の方がよっぽど【自分】を持った面白さのある人間だろう。
「私もよく分かりませんでしたけど……。
でも蒼吹さんってそういう人なんですよ」
肩を竦めながら神代は笑った。
「————そして」
神代さんがノートパソコンをこちらへ向ける。
「……恐ろしいことながらちょうど今、ラフが届きました……」
画面が開かれる。
————そこには一人の少女が描かれていた。
カラーラフと走り描き程度が置かれたモノであったが既に大まかなところが印象づけられる程度には作られている。
蒼吹 眠の【真似】をした記憶からここから完成には程遠いだろうというのが丸わかり。
————それでも。
「……」
思わず画面に釘付けになる。
紙の上にしか存在しなかった名前。
言葉の集まりでしかなかった存在。
それが初めて————形になっていた。
「……ついさっき決まったことをメールしたのに……。
————早川さんどうですか?」
この場にイラストが存在することに頭を抱えていた神代さんが『僕』が画面に釘付けになっているのに気がついたのか尋ねてくる。
『僕』はしばらく無言で画面を見つめる。
————そして。
「空音 ミラですね」
その言葉に神代さんは数秒固まった。
「もっとこう……ありません?」
「ありますか?」
「ありますよ!?」
神代さんが改めて頭を抱えた。
『僕』の視線は画面から動かなかった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
私————神代 彩は会社の自分のデスクに座りパソコンを開きながら頭を抱えていた。
蒼吹さんから空音 ミラのビジュアル草案が届いてから三日。
立ち絵はもちろんのことキービジュアルとなるイラストや三面図といった設定資料が完成された状態で私の手元にあった。
————しかも。
このイラストたちは蒼吹さんが勝手に作成して送ってきた訳ではなく早川さんから全てを任せると言われた私の修正希望を完璧に反映されたものだ。
蒼吹さんとのチャットのやり取りに目を移す。
〔できました〕
〔修正完了です。
希望を見るに恐らく〜〜~も気になると思うので修正してます〕
〔ついでにキービジュイラストも仕上げたので確認して下さい〕
〔修正希望なしなら最終仕上げします〕
〔終わったので寝ます〕
他にもやり取りはあるもののほとんどが一往復のやり取りで完了していた。
「これは……勘違いしないようにしなければ……」
この異常な仕上がりペースはあくまでも相手が蒼吹 眠さんだからだと言うのを肝に銘じなければならない。
一般的なクリエイターさんにこのレベルを求めるのはおかしなことだと言うのを理解しておかなければスケジュールが崩れるだけでなく、会社の信用問題にも繋がりかねない。
————天才という存在は毒にも薬にもなる。
私がカレイド・スフィア・プロダクションで働いていて思うようになったことだ。
眉間を解すように手で揉んだ私は早川さんに連絡を入れる。
平日のお昼という今の時間であれば彼女は学校に行っている時間のため連絡は夕方か翌日辺りになるだろう。
ファイルにロックをかけて添付ファイルとして送信する。
「んん〜……っ!!」
背伸びをして椅子に深く座り込む。
周りを見れば忙しそうに働く同僚たちの姿が少ない。
お昼ご飯を食べに出ているのだろう。
私も社員食堂にでも行こうと立ち上がろうとするとパソコンにピコンという音と共にメール受信の通知が表示される。
「……えっ……??」
つい恐ろしいものを見るような視線をパソコンに向けてしまう。
まさかそんなはずはないだろうと思いながらもマウスを操作してメールを確認すれば
————差出人は早川さんだった。
反射的に時間を確認する。
お昼休みの時間だろうか?
それにしても返信が早すぎる。
【カレイド・スフィア・プロダクション 神代様
お世話になっております早川です。
添付頂きました資料確認させて頂きました。
非常に素晴らしい物を仕上げて頂きありがとうございます。
このまま進めていただけますと幸いです。
今後ともどうぞよろしくお願いいたします】
美しいまでのビジネスメールに最早笑いが込み上げてくる。
彼女らしいといえば彼女らしいがあまりに感想が見えない文章に寂しさもあった。
私は空音ミラのイラストを見て、そして思う。
もしかしたら空音ミラの方が————
————早川 優梨よりずっと分かりやすいかもしれないな。
私はメールに再び返信を返し、チャットを開く。
もちろん相手は蒼吹さんだ。
既にママ————担当イラストレーターとして仕事を終えてもらったところだが、パパ————モデラーとしての仕事も行ってもらう予定だからだ。
「〔確認が取れましたのでLIVE2Dの件もよろしくお願いします〕……と」
蒼吹さんは日中は基本的に寝ているため夜中の連絡が多い。
今度こそお昼ご飯を食べよう。
椅子から立ち上がるとピロン、とパソコンから通知音が聞こえてくる。
「……嘘でしょ……??」
早川さんに続いてまさか蒼吹さんからも早すぎる返信が届いたのかと口角がひくつく。
まるで時間が巻き戻るように椅子に座り直すと今度はチャットを開く。
〔LIVE2D納品したので確認お願いします〕
〔おやすみなさい〕
「————……はい……??」
————チャット画面を見る。
確かに納品したと書かれている。
目を擦ってもう一度見る。
……未間違いではない。
送り主を見る————蒼吹さんで間違いない。
添付ファイルのタイトルを見る。
————【空音 ミラ】Live2Dモデル
またも間違いない。
時間を見る。
私が連絡したのがつい三分前。
「…………」
私は無言で天井を見上げた。
意味が分からないしなんなら怖い。
確かに蒼吹さんに依頼した。
依頼はしたのだが。
依頼したのはついさっきなのだ。
正確には三分前だ。
「……いや。
……いやいやいやいやさ……」
思わず声が漏れる。
「ぜっっったいおかしいですよね?」
もちろん誰も答えない。
狼狽えている私を見る視線はあるが何が起きたのかを知っている人なんていない。
「だって————今送ったんですよ……?」
もう一度チャットの履歴を見る。
ある。
確かにある。
〔LIVE2Dの件もよろしくお願いします〕
そしてその三分後。
〔LIVE2D納品したので確認お願いします〕
意味が分からない。
本当に意味が分からない。
「……はぁ……」
頭を抱えているばかりではどうしようもないので私は添付ファイルを開き確認する。
分かっていたことだが空ファイルではないようだ。
正しい手順でモデルを読み込み表示されるまでのしばしの待ち時間にソワソワとしてしまう。
————そして、目の前に現れる————空音ミラが。
ゆったりと瞬きをする。
小首を傾げる。
髪が揺れる。
衣装が揺れる。
瞳が動く。
呼吸をしているように見える。
思わず言葉を失った。
「……凄い」
気付けばそう呟いていた。
よく考えればデビュー前の何も決まっていないVTuberの担当をしてこうして動き出すのを見たのは初めてだ。
恐らく。
こんな経験をする担当マネージャーはそう居ないだろう。
だからこそ————思いのこもり方もひとしおだ。
しばらくその姿を見つめて、早川さんに伝えなければならないと思いつく。
恐らくまだこのモデルを動かす環境が整っていないはずなので早川さんにこちらに来て貰えるような日程を聞くメールを送る。
「ふぅ……」
椅子に全体重を預けて脱力する。
感情の動きが激しすぎて何日も働いたかのように疲れていた。
「……お腹すいたなぁ……」
私の胃が早くご飯を食べさせてくれと泣き言を言っているようだ。
しかし、先程からの流れを見るにご飯を食べに行こうとするタイミングで連絡が来ているため動くに動けない。
「……」
しばらく待っているものの連絡はない。
流石にお昼休みが終わったのだろう。
私は一安心してようやくお昼ご飯にありつけることに笑みが浮かぶ。
既にチラホラと同僚が戻ってきているため社員食堂もそこまで混んでいないだろう。
デスク上の財布とスマホを手に取って社員食堂へと向かった。
————ピコン。
「…………」
私は無言で席に着き直した。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
神代さんから連絡を貰ったその日。
学校が終わった『僕』はもう行き慣れてきているカレイド・スフィア・プロダクション本社を訪れていた。
案内された部屋は今まで打ち合わせをしていた部屋とは少し違い————配信機材が整えられた配信部屋だった。
「————準備できましたよ」
神代さんがカメラを設置されたモニターを操作する。
『僕』がその前へ座ると画面が切り替わる。
そこには————紛れもない【空音 ミラ】が居た。
完成した立ち絵も今日確認したばかり。
神代さんが考えてくれた設定も全て頭に入っている。
だから————驚くはずがない。
————そう思っていた。
少女が『俺』とシンクロして瞬きをした。
呼吸に合わせて僅かに肩が動く。
首を傾げれば違和感なく小首を傾げ、髪が揺れる。
画面越しの瞳がこちらを見て————見つめ合う。
————その瞬間。
『俺』の中で目の前の存在を確かに認識する。
立ち絵でも、イラストでも、設定でもない。
そこに居た——————【空音 ミラ】が。
「どうですか?」
『僕』の様子を静かに見守っていた神代さんがワクワクした声音で聞いてくる。
しばらくモニターを見つめた。
「……生きています」
そう呟く。
神代さんは一瞬だけ目を丸くしてすぐに微笑む。
「————はい、生きてますよ。
【空音 ミラ】ですから」
そんな神代さんの様子を見て再びモニターへ視線を向ける。
空音 ミラ。
『私』がなる予定の存在。
画面の向こうに居る少女の存在をしっかりと観察して。
————さて。
————この【空音 ミラ】という存在をどう【真似】すればいいだろうか。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
————SNSのユーザーたちが活発に活動すると言われる21:00。
ある一つの投稿が投下された。
―――――――――――――――――――――――――――――
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
カレイド・スフィア・プロダクション公式
【四期生デビュー決定!!!】
カレイド・スフィア・プロダクション四期生のデビューが決定いたしました!
それぞれ異なる個性を持つ五名の原石たちが、新たな世界を彩ります。
━━━━━━━━━━━━━━
・久遠 いろは
・皇 レン
・神楽 琴音
・橘 リンカ
・空音 ミラ
━━━━━━━━━━━━━━
初配信は○月○日より順次スタート!
詳細は後日公開予定です。
#カレイド4期生
#カレイド・スフィア
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
―――――――――――――――――――――――――――――
投稿から数秒。
待っていたかのように反応が溢れ出す。
《四期生きったぁぁぁぁあ!!!》
《シルエットしか出してこない辺焦らすねぇ……!》
《名前と配信日だけの公開か……ずるいなぁ!》
《けどカレイドなら全員期待大でしょ!!》
《うっわ俺休み被ってない……!》
《なんにせよこれは推しが増える予感……!》
コメントは止まらない。
一つ増えたと思えば十増える。
十増えたと思えば百増える。
四期生の発表は確かに多くの人間が待ち望んでいたものだった。
しばらくはお祭り騒ぎのような賑わいを見せるだろう。
―――――――――――――――――――――――――――――
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
蒼吹 眠@カレイド三期生〜睡眠大魔神〜
四期生の子一人担当しました。
ボクのお仕事おしまい。
おやすみなさい
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
―――――――――――――――――――――――――――――
————さらに。
蒼吹 眠の投稿が盛り上がりに拍車をかけた。
それに準じるかのようにそれぞれのママ絵師たちが担当したことを知らせる投稿を行っていく。
《ちょ……!ネム先生だけじゃなくて他もめっちゃ豪華じゃん……!?》
《カレイド本気すぎるだろ!?》
《早くビジュを見せてくれぇ……!!!》
《というか早く配信してくれぇ……!!!》
《俺はもう腹を括って全員見る予定を無理やり作った……!!!》
————その頃。
優梨は自室の机でスマートフォンを眺めていた。
画面には先程公開された投稿。
————そして。
流れ続けるコメントの数々。
空音ミラその名前が何度も表示される。
まだ配信もしていないどころか姿すらも完全公開されていない。
それなのに
既にその名前を呼ぶ人が居た。
期待、予想、考察。
様々な意味を持った言葉が流れていく。
優梨は静かにスマートフォンの画面を閉じた。
視線が向くのは————部屋の隅に置かれたパソコン。
既に配信スペースとして充分すぎる設備が揃えられておりモニターには【空音 ミラ】の姿があった。
————世界へ出る日を待っている。
それを見つめる優梨の顔には一欠片の表情もない。
まるで初めて見る資料を読み解くように。
【空音ミラ】という存在を観察していた。
画面の向こうで空音ミラが瞬きをする。
優梨もまた瞬きをする。
完全に同じタイミングで。
「————どう【真似】しようかな」
抑揚のない声が部屋によく響いた。




