【余白】
「さて、名前も決まりましたし」
神代さんはパン、と両手を合わせた。
「次はプロフィールとビジュアルですね」
「プロフィール……後にしたものを持ってきました?」
「うっ……その通りです……って早川さんがそうさせたのは理解してます???」
『私』の言った言葉に対してしゅんとしたかと思えばすぐにジトっとした視線を送ってくる。
一応顔を逸らしておくことにした。
「……もぅ……配信を始める前に決めることは山ほどあるんですよ?」
そう言いながら机の上へ数枚の資料を並べていく。
名前。
誕生日。
身長。
好きなもの。
苦手なもの。
趣味。
特技。
ファンネーム。
配信タグ。
イラストタグ。
その他諸々。
『俺』が思っていた以上に項目が多いテンプレートが並ぶ資料であったがその全てに既に情報が記入されている。
名前を見るにそれは既にカレイド・スフィア・プロダクションにてデビューしている先輩VTuberたちの情報だった。
「普通は空欄のもので埋めていく方式なんですけど……早川さん憧れの有名人って」
「特に居ません」
「ですよね」
即答だった。
しかし『私』のその回答を予想してましたと言わんばかりに神代さんは笑う。
既に何度も同じやり取りをしているからだろう。
動揺もなければ驚きももちろんない。
「早川さんに聞いても全部空欄のままになってしまうのでここは先輩方の力を借りましょう……!」
そう言って並べられた資料を指さす。
「ありがたいことにカレイド・スフィア・プロダクションでは既に三期生までデビューしてます。
メンバーは十二名居るのでそれだけ居れば早川さんがこれなら……という内容を書いている人が居るはずです……!」
さぁご覧あれと言わんばかりに両手を広げて資料を見なさいと無言の圧を感じる。
何を言う訳でもないが『僕』は一枚ずつ手に取り内容に目を通すのであった。
「————ぜ、全滅…………」
時間としては十分とかかっていない。
しかしそれだけの時間があれば十二枚程度の資料なら完全記憶が可能だ。
そして、神代さんが言うこれなら、という内容は無かった。
「というか読むのまで早い……ってちゃんと確認したんですよね??」
「はい」
「……本当ですか?
今からプロフィール問題とか出して答えられます?」
「はい大丈夫です」
再びのジトっとした神代さんからの視線を浴びながらも本当に問題ないため頷く。
「……じゃぁ————いや、やっぱり大丈夫です。
何となく結果が予想できますので……」
どことなく疲れた様子でそう言った神代さんはテーブルに身を放り投げる。
「これでもダメとなると……むむむ……」
難しい顔をしながら唸る神代さんをしばらく眺めていれば勢いよく立ち上がった。
「————普通はですね!」
そう言って額を押さえる。
「普通はマネージャーが決めることじゃないんですよ!?
でもこのままだと平行線だと思いますので————」
新しい紙を取り出すと中心に【空音ミラ】と書く。
「————こうなったら私も腹を括ります」
「腹を?」
「括りますっ!」
真剣な顔だった。
「一緒に考えましょう」
「……?一緒ですか?
このままだと平行線だっておっしゃいましたけど……」
「当たり前ですっ!
ただ、やり方を変えます!」
椅子に腰をおろし【空音ミラ】と中心に書かれた紙を手元に引き寄せる。
「案を出すのは私です。
でも決めるのは早川さんです」
そう言ってペンを強く握り単語を記入していく。
「まず見た目なんですが————」
そこから神代さんのプレゼンが始まった。
空を連想させる淡い色。
羽ばたく鳥たちのイメージ。
透明感のある雰囲気。
感じたことの無いミステリアスさ。
誰色にも染まれる余白。
空音ミラという名前から連想できるものを一つずつ言葉にしていく。
『俺』はその話を聞きながら思う。
————不思議だった。
今まで『私』は誰かを【真似】してきた。
そうすれば何の問題もなかったから。
だが今、神代さんは。
誰かの【真似】ではない『空音ミラ』という存在を作ろうとしている。
「うーん……」
神代さんはペン先で紙を軽く叩く。
「透明感は欲しいですよね」
そう言いながら一つ言葉を書き加える。
「でもそれだけだと少し弱いかなぁ……」
今度は別の資料を手に取った。
そこには当たり前ながら先輩VTuberのプロフィールが記されている。
「例えば……月夜ルナさんの落ち着いた雰囲気は相性が良さそう……」
さらさらとペンが走る。
「それでいて星乃アークさんみたいな人を惹きつける魅力も欲しいですし……」
また一つ言葉が増える。
「でもそのままだと先輩方の焼き直しになっちゃいますからねぇ……」
そう言いながら今度は線を引き、言葉を消し、新しい単語を書き加える。
『俺』はその様子を眺めていた。
しばらくして気になったことを口にする。
「————それは」
「ん?」
「【真似】ではないんですか?」
神代さんの手が止まった。
「真似?」
「はい」
紙の上に書き込まれ続ける単語たちを指さす。
「今のお話だと先輩方の特徴を【真似】していますよね」
記された単語、特徴と言われる物は【真似】だ。
誰かの特徴を取り入れる。
それは私にとって【真似】と同じ意味だったから。
だが、神代さんは悩む素振りすらなく首を横に振る。
「————違いますよ」
即答だった。
「参考にはしています。
でも真似じゃありません」
「……?」
「だって落ち着いた雰囲気だけでは月夜ルナさんではないですし」
一つ目の単語を指差す。
「人を惹きつける魅力があるからって星乃アークさんでもありません」
次の単語を指差す。
そして神代さんは微笑んで言う。
「人には色んな要素があります。
その一つや二つや三つや四つや……とにかく!
少し被った程度で真似になることはないんです!」
そう言い切って、紙の中心に書かれた名前を指し示す。
「これは今から空音ミラの一つになるんです」
当然のように言う。
まるでそれが当たり前のことだとでも言うように。
「そういうものですか?」
「そういうものです」
神代さんは笑った。
「同じ材料で料理を作っても、作る人が違えば別の料理になりますよね?」
「……」
「創作ってそういうものなんです」
【真似】ではなく————創作。
意味は分かるし理解もしているつもりだった。
だが、その言葉が示すものを『俺』は本当に理解していたのだろうか。
『私』がしてきたのは紛れもない模倣だ。
誰かを丸ごと【真似】ること。
誰かをそのまま【演じ】ること。
考えるまでもなくそれが最善策で。
しかし————神代さんがやっていることは違う。
誰かを【真似】ているわけではない。
誰かを【真似】しているのに、誰とも違うものを作ろうとしている。
それがどういうことなのか正直、よく分からない。
————分からないはずなのに。
「……不思議ですね」
気付けばそんな言葉が漏れていた。
「そうですか?」
「はい」
視線を紙へ落とす。
そこにはいくつもの言葉が並んでいた。
神代さんが書き出し、時には二重線で消され。
丸で囲まれたり何度も同じ言葉が書かれていたり。
————どれも特別な言葉ではない。
どこにでもある言葉だ。
けれど神代さんはそれらを見て言う。
空音ミラの一つになっていく。
正直『俺』には理解できなかった。
どうしてそれが【真似】ではないのか。
どうして別のものになるのか。
けれど————。
その考え方は少しだけ気になった。
「……よし」
それからしばらくして神代さんは大きく息を吐いた。
気付けば紙の上は様々な文字と記号、修正の後だらけになっている。
最初にたった一つ書かれていた【空音ミラ】の周囲は随分と賑やかになっていた。
「————大体方向性は見えてきましたね」
満足そうに頷く神代さん。
対して『俺』には何が見えたのかよく分からない。
————様々な言葉は並んでいる。
それらがどうして一人の人間に繋がるのか理解できなかった。
その全てが誰かの【真似】にしか見えない。
「じゃあ最後です」
神代さんは紙をこちらへ向けた。
「最後?」
「はい」
そして並んだ単語たちを指差す。
「この中で一番気になるものを選んでください」
「……気になるものですか?」
「好きなものじゃなくていいです。
何となくでもいいですし、理由がなくても構いません」
「理由がなくても?」
「はい。
だって————【空音ミラ】はまだ完成してませんから」
その言葉に少しだけ考える。
視線を紙へ落とすと並ぶ言葉たち。
どれも神代さんが考えたものだ。
どれも『俺』が持っていないものだ。
どれも同じ程度の言葉にしか見えない。
だから————選べないはずだった。
————選べないはずなのに。
だが、その中で一つだけ。
『余白』
その言葉だけが妙に『僕』の目についた。
空いている場所。
まだ何も描かれていない場所。
理由は分からない。
けれど、その言葉はどこか自分に似ている気がした。
「……これです」
指先を伸ばす。
神代さんが覗き込む。
そして少しだけ目を丸くした。
「余白、ですか」
「……何となくです。
理由はありません……」
「それで十分ですよ」
神代さんは優しい声音で微笑む。
そしてそのままペンを走らせる。
————『余白』。
その単語へ大きな丸が描かれた。
「じゃあ決まりですね」
「決まり?」
「はい」
神代さんは力強く頷く。
「何色にも染まれる余白。
完成していないからこその可能性。
————【空音ミラ】の核にしましょう」
そう言いながら次々と新しい言葉を書き足していく。
淡い空色を。
白を基調。
軽やかな羽根のイメージ。
透けてしまうほどの透明感。
そして余白。
————少しずつ。
本当に少しずつだが。
空音ミラという存在が形になっていく。
『僕』はその様子を黙って見つめていた。
理解はできない。
どうしてこれが【真似】ではないのか分からない。
どうしてそれが一つになるのかも分からない。
————けれど。
紙の上で生まれていく【空音ミラ】から、不思議と目を離すことができなかった。
それはきっと。
『俺』が初めて見る————【真似】であって【真似】ではないものだったからだ。




