【名前】
「————い、今のなんですか!?」
しばらく放心にも似た状態になっていたものの気を取り直した私は彼女に詰め寄る。
面接記録はしっかりと見ていたし、担当面接官たちは口を揃えて凄いと言っていた。
だが私は勘違いしていた。
彼女の能力はただの模倣なんかじゃない。
————あれはもっと別の何かだ。
「……?
ただの【真似】、模倣ですよ?」
こともなさげに首を傾げながら彼女は言う。
「————ただの模倣じゃないですよあれは……」
思わず頭に手を添え頭が痛いというジェスチャーを行う。
本人だけが分かっていない。
しかも分かっていないフリではなく本当に分かっていないのだろう。
あれだけのことをしておいてまるで当たり前のような顔をしているのだから。
「早川さん」
「はい」
「あなたは誰でも模倣できるんですか?」
「今までできなかった人はいないですね」
即答だった。
そしてそれが私の疑問に対する完璧な答えだった。
「ちなみにどうやって真似しているんですか?」
「人によります」
「人による……?」
「声だけでいいのなら一度聞けば。
その他も色々であれば……すみません測ったことがないので詳しくは分からないです」
「……い、一度……?」
「はい」
「たったの……一回だけで……?」
「はい」
その場にしばしの沈黙が流れる。
「い、いやいやいやいや!」
思わずツッコミが出る。
例え声だけを真似するにしてもたったの一度聞いただけであのクオリティが出てくるはずがない。
冗談だろうと笑いかけてみれば彼女は本気で不思議そうな顔をしていた。
「ちなみにアークさんは……?」
「最近よく見ていたので」
「どのくらい見てたんですか?」
「覚えていません」
さらっとこともなさげに言う彼女の言動に今日からマネジメントする相手を前に本気で頭を抱える。
そして————深呼吸を一つ。
「……よし」
パンッと両手を叩く。
「能力の話は後です!」
「後ですか」
「後です!」
「ついさっきプロフィールも後にしたのに?」
「あ、後ったら後なんです!」
問題を先送りにしてしまってる気がしないでもないができることからやってくのは大切である。
私は端に寄せたファイルから数枚の白紙を取り出してペンを手に取る。
「————私たちは今からVTuberを作ります!」
「VTuberを……作る?」
「はい!
早川さんのプロフィールから無理ない程度の設定を考えようと思っていましたが先程の模倣を見てどんな設定にしても大丈夫だろうと判断しました!」
あまりに自分とかけ離れた設定を考えると配信をしていくにつれて苦しくなり配信を続けることができなくなる人たちをたくさん見てきた。
しかし、彼女はどんな設定にしても難なくこなすだろう。
「せっかくなので今日中に全部草案で良いので決めます!」
彼女のイメージに私が肉付けしていけば草案程度ならすぐに仕上がるだろう。
多少無茶なものでも彼女の力があれば問題ない。
「————『私』がですか?」
そんな彼女からの気の抜けた言葉に固まる。
「……は、早川さん?」
「はい」
「ご、ご自身のことを誰が決めると思ってたんですか……?」
「運営さんが決めるのかと」
「えっと……決めませんよ?」
「そうなんですか」
「そうなんです……!」
驚いている様子もない。
困っている様子もない。
ただ事実を受け入れているだけ。
「じゃあ……今までどうなると思ってたんですか?」
「オーディションに受かった人向けのテンプレートのようなものがあるのかと」
「ありません」
「そうですか」
「そうです……」
再び訪れる沈黙。
私はペンをくるくると回しながら考える。
そして一つの仮説に辿り着いた。
そんなはずはないよねと思いながら言葉を投げかける。
「……早川さん」
「はい」
「ちなみになんですが……」
「はい」
「ご自身がどういうVTuberになりたいか考えたことって、あります……?」
少しだけ間が空いた。
彼女は真面目な顔で考え始める。
私の仮説が間違っていればここですぐにどういうVTuberになりたいかという話が聞けるはずなのだが。
嫌な予感を感じながらしばし待つと彼女は静かに口を開いた。
「————ありません」
「……ないんですか」
「はい」
あまりにも自然な返答だった。
そしてそれは私の仮説が正しかったのだと言う証明になってしまった。
「有名になりたいとか」
「ありません」
「人気者になりたいとか」
「ありません」
「ライブをしたいとか」
「ありません」
「歌いたいとか」
「ありません」
「ゲームしたいとか」
「ありません」
「雑談したいとか」
「ありません」
「……」
「……」
思わず天井を見上げる。
ここまで何も出てこない人を私は知らない。
やはり彼女はなりたいVTuber像が微塵も存在していない。
「————じゃあ、どうしてオーディションを受けたんです?」
その問いだけは既に答えを知っている。
それでも聞かずにはいられなかった。
彼女は少しだけ考え、そして面接の時と同じ言葉を口にする。
「VTuberを理解したいからです」
迷いのない声だった。
自分のなりたい姿の考えは一つもないのにその答えだけは最初から決まっているかのように。
「……」
私は彼女を見つめる。
早川優梨。
模倣の天才。
社長が気に入った少女。
そして————
————恐らく、自分自身をまだ知らない幼子のような子。
「……分かりました。
————だったら私と一緒に探しましょう」
「探す?」
「はい」
————だからだろうか。
私はこの子に何かを与えたくなった。
答えではない。
生き方でもない。
そんな大層なものじゃなくていい。
ただ前へ進むための最初の目印を。
だから私は白紙へペンを走らせた。
不思議そうな表情を浮かべてこちらを見つめてくる。
私は書き終えた紙を彼女に向けて文字を見せる。
————【空音ミラ】。
何色にも染まっていない広い空。
どこまでも自由で。
どこまでも可能性に満ちている。
好きなものも。
やりたいことも。
なりたい姿も。
まだ見つかっていない彼女には不思議とその名前が似合う気がした。
「あくまで私が勝手に考えた名前ですが……」
とはいえ。
この名前を彼女が気に入ってくれるかは別の話だ。
「空音ミラ……」
その名前を小さく口にする。
まるで初めて聞く言葉の意味を確かめるように。
数秒ほど紙を見つめた後、彼女は静かに頷いた。
「————良い名前だと思います」
そう言って。
彼女はもう一度だけその名前へ視線を落とした。
「空音ミラ」
その声はほんの少しだけ柔らかく聞こえた。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
————空音ミラ。
神代さんが考えてくれた名前。
本当に良い名前だと思った。
————『俺』にぴったりな響きだ。
————空音。
何にもない。
自分すらない。
空っぽの『俺』。
本当にぴったりだ。
「————良い名前だと思います」
名前の書かれた紙に視線を落とす。
「空音ミラ」
『私』はこれからその名前で生きていくらしい。
どんなVTuberになるのか。
何を好きになるのか。
そんなことはまだ分からない。
だけど————
————今度はどんな【真似】をすればいいだろうか。




