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完全模倣VTuberは自分が分からない  作者: 妃羅


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5/23

【打ち合わせ】

オーディションの合格を貰ってから初めての休日。

事務所との連絡を何度か交わした結果『僕』は担当マネージャーとの初顔合わせ兼打ち合わせの為にカレイド・スフィア・プロダクションの本社を訪れていた。






「————終わったら連絡するんだぞ?」


「……迎えに来てもらわなくても自分で帰れるよ?」


「いいや!お父さん絶対に迎えに来るからな!」


「忙しいんだし気にしなくていいのに……」


『僕』は呆れたように息を吐く。

仕事で忙しいはずのお父さんが送り迎えをすると言って聞かなかったのである。

確かに自宅から少し距離がある本社まで車での送り迎えをして貰えるのは助かるのだが無駄に目立ってしまいそうで頭が痛い。


お父さんにひとまず『僕』が理解したということを分かってもらい別れた後、若干の疲れを感じながら本社の中へと足を進める。


受付で今回の要件について伝えれば部屋へとすぐに案内されたところを見ると待たせていたのかもしれない。


案内係だと名乗った人の後ろをついて行きながら周囲に視線を向ける。

壁には所属タレントのポスターが貼られ、配信機材や物品の搬入らしきスタッフが忙しそうにしていた。

通り過ぎる部屋から漏れ聞こえる笑い声は雰囲気を柔らかくしている。




「————失礼します。

早川様がいらっしゃいました」


ガチャリとドアを開け中に居るらしい人に向かってそう言った後、案内係の人が『私』を部屋の中へと促す。


「ありがとうございました」


頭を下げそう感謝を伝えると『私』は部屋の中へと踏み入れた。

そこに居たのは二十代前半ほどの女性。

肩口で切り揃えられた黒髪。

白いシャツの上から薄手のパーカーを羽織り、動きやすそうなパンツスタイル。

よく見てみれば足元も革靴ではなくスニーカーだ。

会社員というより大学生やスポーツインストラクターの方が近い印象を受ける。


「————お疲れ様です!」


立ち上がってにっこりと笑みを浮かべる女性。

活発なイメージと共に丁寧そうだなという感想が浮かぶ。


「そちらの席にどうぞ」


「ありがとうございます」


「カレイド・スフィア・プロダクション所属マネージャーの神代と申します」


指定された席まで来ると丁寧な物言いで名乗りながら名刺を差し出してくる。


「早川優梨と申します。

どうぞよろしくお願いいたします」


名刺を受け取り『私』も挨拶を返す。


「こちらこそよろしくお願いします」


神代さんは嬉しそうに頷くと席へと戻っていったので『私』も椅子に腰をおろした。


「まずは改めてになりますが————オーディション合格おめでとうございます!」


「ありがとうございます」


「いやぁ、私早川さんに会えるのを楽しみにしてたんですよ!」


そう言って神代さんは笑う。

その反応が本心から言っているのだろうと言うのが伝わってくるようだった。


「社内でもかなり話題になっていましたから!」


「そうなんですか?」


「そうなんですっ!」


神代さんはサムズアップを返しながら若干のドヤ顔をしていた。


「あ、もちろん詳しい選考会議の内容は聞いていませんよ?」


「はい」


「でも面接官の皆さんが『とにかく凄い子がいる』って言っていたので!」


そう言いながら神代さんは机の上の資料へ視線を落とした。


「期待に応えられるかは分かりませんが頑張らせて頂こうと思っています」


「ははっ!」


『私』の言葉に神代さんは小さく笑う。


「きっと早川さんなら大丈夫ですよ!」


屈託のない笑顔で言い切ると一冊のファイルを開く。


「さてさて!それでは本題に入りましょうか!」


中には明らかにファイル一冊に入り切る量を凌駕した大量の資料が綴じられていた。


「今日の目的は大きく分けて三つですっ!」


神代さんが強調するように一本ずつ指を立てる


「一つ目————今後のスケジュール確認。

二つ目————デビューに向けた準備内容の説明。

そして三つ目————VTuberとしての設定決めですっ!」


最後に語られた設定という言葉に少しだけ意識が向く。


「設定……ですか」


「はい!」


神代さんは楽しそうに頷いた。


「名前やキャラクター性、外見だったり活動方針なんかを決めていきます!」


そして少しだけ悪戯っぽく笑う。


「VTuberになるための最初の一歩ですねっ!」


そう言うと神代さんは資料の中から迷わず一枚の紙を取り出した。

上部には『プロフィールシート』と書かれており様々な項目がいくつかの種類に分けられている。


「まずは簡単なところから埋めていきましょう!」


ペンを手に取りながら神代さんがやる気満々と言わんばかりに準備をする。


「緊張しなくても大丈夫です!

おしゃべりの延長線だとでも思ってください!」


「はい」


「じゃあまず————趣味からいきましょうっ!」


この雰囲気で進む会話であるならば緊張感とは無縁だろう。

それは相手が『俺』だからではなく恐らく誰でもそう感じることが出来ると思う。


「趣味は何ですか?」


「特にありません」


「……特に?」


ぽかんとした表情が神代さんに浮かぶ。


「はい」


「えっと……休日によくすることとか!」


「勉強や読書でしょうか」


「勉強とか読書とか好きなんですか?」


「いえ、必要だからです」


「なるほど……」


神妙な面持ちで何かを書き込みながら頷く。


「では好きな食べ物は?」


「特にありません」


「嫌いな食べ物は?」


「ありません」


「ならば好きな映画は?」


「特にありません」


「むむむ……好きな音楽は?」


「ありません」


「あ!好きなゲームは?」


「ありません」


「好きな配信者はどうだ?!」


「好き……はいませんがよく見る配信者さんなら」


『私』がようやく答えた内容に神代さんの目が少し輝いた。


「おっ!

どなたですか?!」


数名の名前を挙げていく。

個人勢企業勢関係なしに最近よく見ていた配信者、というよりVTuberさんを様々だ。

神代さんは素早く聴き逃しがないようにメモを取りながら頷く。


「なるほどなるほど」


メモに記された名前を見ていくとふと首を傾げた。


「皆さん全然タイプが違いますね……」


「そうですね」


「見ている理由とか共通点とかあります?」


「ありません」


「ないんですか!?」


思わず、という表情を浮かべながら放たれた大きな声を真正面から浴びる。

神代さんは慌てて咳払いした。


「し、失礼しました……」


「いえ、お気になさらず」


少しだけ沈黙が落ちる。

神代さんは資料と『私』を交互に見た。

頭をポリポリと掻きながら困ったような表情を浮かべる。


「……個性が迷子ですね」


ぽつりと呟いた。


「そうでしょうか」


「そうだと思います」


即答だった。


「こう……理由とか共通点から色々と見つけて行ければと思ったんですが……」


「そういうものですか」


「そういうものです」


神代さんは真面目な顔で頷く。

どうしたものかという表情を浮かべながらも質問は続いた。


「えっと……将来やりたいこととかありますか?」


「VTuberを理解することです」


再びの沈黙。

神代さんがゆっくりと天井を見上げ腕を組んでいる。

何かを考えているらしい。




「————面接の内容、本当だったんですね……」


「嘘をついた覚えはありません」


「そうですよねぇ……」


神代さんは苦笑する。

その様子を見ながら思う。

やはり『私』の回答だと困ってしまうらしい。

無難に誰かしらの回答【真似】をしておくべきだっただろうか?


「……あの」


「はい?」


「さっきからの質問————やり直しましょうか?」


今度は分かりやすいように、そういう意味を乗せて伝える。

その言葉を聞いて神代さんは目を丸くした。

そして————一瞬のうちに吹き出すように笑う。


「いえいえ!気にしなくていいんですよ!」


「……困らせてしまったようなので」


ぶんぶんと首を横に振る。


「むしろ逆です逆!!」


「逆……?」


()()()()()()()()()()


神代さんは柔らかな笑顔を浮かべていた。


「こんなプロフィール初めて見ました」


その言葉に悪意は感じられず、悪い意味などなく本当に面白がっているらしい。

資料を閉じながら神代さんは続ける。


「社長が気に入る理由も何となくわかった気がします」


「そうなんですか」


「はい」


神代さんは優しげな声音でまたも言い切る。


「早川さんって変わってるんですよ」


「そうでしょうか」


「そうです」


反射で出てきたほどに即答だった。


「あっ、でも悪い意味じゃないですよ!?」


「……」


「むしろ良い意味です!」


「良い意味」


「はい!」


「……」


「だって他の人と違うってことですから!」


神代さんは楽しそうに笑う。

それはフォローだとかそういうものではなく神代さん自身の考えなのだろう。


「それも立派な個性です」


「個性……?」


「はい!

それに————まだ見つけれていないだけかもしれませんしね!」


————見つけれていないだけ。

神代さんの言ったその言葉が何となく頭に残った。




神代さんはしばらく考え込んだ後、ふと手元のプロフィールシートへ視線を落とした。


「————うん!」


勢いよく頷く。

どうやら考えが纏まったようでこちらを真っ直ぐに見ながら更に口を開く。


「一旦これは置いておきましょう!」


プロフィールシートどころかファイルごと全ての資料を豪快に端へ寄せた。


「置いておくんですか?」


「置いておきます!

今の早川さんに無理やり当てはめても多分変なプロフィールになるので!」


「じゃあどうするんですか?」


『私』の言葉にニヤリと笑った神代さん。


「簡単です!」


勢いよく立ち上がるとこちらを指さしながら興奮気味に言う。


「早川さんが何をできるのかを先に知りましょう!」


「……何をできるか?」


「はい!」


神代さんは立ち上がるだけではなく身を乗り出しながら目をキラキラとさせる。


「面接で話題になっていた例の能力です!」


————能力。

そう言われて思い当たるものは一つしかない。


「模倣ですか?」


「それです!

正直言うと私もまだ半信半疑なんですよね」


「半信半疑?」


「録画は見ました!」


「はい」


「でも、編集とかあるじゃないですか!」


社内情報として残された録画であれば編集などされるわけないのではないかという疑問はひとまず置いておくとして神代さんが妙に楽しそうだという感想が浮かぶ。


「な・の・で!

————実際に見せてください!」


「わかり、ました?」


妙な迫力に押された『私』はこくりと頷き疑問符混じりの返事をする。


「それで————何をすればいいでしょうか?」


「え?」


神代さんが首を傾げる。

むしろ『私』の方が首を傾げたいのだが。


「何を、とは?」


「模倣です」


当然の疑問だった。

【真似】にも色々ある。

声があり仕草があり話し方があり表情がありクセがあり————何を求められているのかが分からない。


「えっと……」


『私』からの言葉に神代さんが困った顔になる。

どうやらそこまで考えていなかったらしく数秒悩んだ後。


「あ!」


何かを思い付いたように手を叩く。


「じゃあさっき言ってたよく見るVTuberさんの真似とかってできますか?」


「————できます」


「おぉ!即答ですね!

じゃあお願いします!」


『私』は少し考える。

————最近見た配信。

()()()()()()()()()()()()()()()()()()


————そうだ。

()()()()()()()()()()()()()()()()()






◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇






私が担当することになった早川優梨さん。

————正直に言えば私はまだ半信半疑だった。

もちろん面接映像は見ている。

面接を担当していたスタッフからも話を直接聞いて騒いでいた理由も知っている。

今日直接会って会話をしてみて、社長が彼女を気に入ったことを何となくわかる気がした。


————だけど。

映像越し、又聞きしたモノと実際に見て感じるのでは話が違う。


しかも今目の前にいるのは————。

私が「個性が迷子ですね」そう言ったら。

怒るでも困るでも悲しむでもなくただ「そうでしょうか」と本気で返してきた子だ。




————私は少し、いやかなり楽しみにしていた。

社内をざわつかせたという模倣能力をこの目で実際に見てみたいと。






「————()()()()()()()()()()()()()()()()


それは劇的なまでの変化だった。

今まで会話していた彼女の声が全く別のものに変わる。


————女性ではない。

明らかな低音ボイスは先程彼女が最近よく見ていると言っていた人気を獲得し始めている男性VTuberのものだ。

VTuberそれぞれの特徴的な配信開始の挨拶から始まり柔らかな声色と独特の間のとり方。

そこまでは声真似が上手い人ならできるかもしれない。




————だけど。

彼女の言う模倣はそれだけではなかった。


目の前に居るのは現実の人間であるはずなのに()()姿()()()()V()T()u()b()e()r()()()()()()()()()()


配信画面越しに見慣れた動きが寸分違わず再現されていた。

配信の中にいるはずの人物が現実へ飛び出してきたなんてそんな感覚ですらない。

なんというか————もっと自然だった。

まるで最初からそこにいたのだと脳が認識してしまう。

————初めての、経験だった。




「————こんな感じでしょうか」


「……えっ??」


声が戻り、目の前にいるのは早川優梨。

当たり前の事実だが脳が痺れるような感覚があった。


「……早川さん。

カレイドのVTuberも真似できますか……?」


私の言葉に彼女は表情一つ変えることなく頷く。


「はい可能です。

どなたを【真似】すればいいですか?」


「では一期生の……星乃アークさんをお願いします」


「分かりました」


小さく頷くだけ。

たったそれだけで準備らしい準備など何一つしない。


先程の見たことがある程度の男性VTuberの模倣ですらあの様子なら。

私がよく知る人物を模倣された時、一体どうなってしまうのだろうか?


私の心臓が妙に騒がしく動いていた。




「————()()()()()()()()()()()()


————その瞬間だった。

目の前の存在の認識が一瞬にして変わる。


()()()()()()


聞き慣れた声。

何度も隣で聞いてきた声。

打ち合わせ室で。

収録ブースで。

ライブ前の控室で。

数え切れないほど聞いてきた声だった。


自然と背筋が伸びる。

胸の奥から湧き上がる安心感。

張り詰めた空気を溶かしてくれるような穏やかさ。


————()()()()()()()()()()()()()()()




()()()()()()()()()()()


柔らかな笑みを浮かべながら少し首を傾ける仕草。

言葉を発する間と優しげな視線の向け方。


————全部知っている。

新人だった頃。

失敗して落ち込んでいた私に話しかけてくれた時と同じだった。




「————あ、アークさん……」


無意識だった。

そして名前を呼んでしばらくしてから気付く。

————何を言っているんだ私は。

目の前にいるのはアークさんじゃない。

今日会ったばかりの、私が担当することになった、早川優梨だ。

しっかりと理解している。

理解しているはずなのに。

————脳が否定してくれない。

今私の目の前に居る存在を星乃アークとしてしか認識できなかった。




「————神代さん?」


その声で世界が戻る。

改めて見た目の前に居るのは星乃アークではない。

————早川優梨だ。

最初からずっとそこにいた少女。


「……あっ……」


思わず声が漏れる。

背中に冷たい汗が伝っていた。

————今のは模倣なんかじゃない。

————私は確かに今、星乃アークを見ていた。





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