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完全模倣VTuberは自分が分からない  作者: 妃羅


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31/32

【橘 リンカ】④

「————ありがとうございます。

次は【星乃 アーク】さんをお願いできますか?」


「はい」


彼女が頷けば()()()()()()


「————迷った時はここにおいで?

————星乃 アークだ」


【空音 ミラ】という存在が忽然(こつぜん)と姿を消し————カレイド・スフィア・プロダクション一期生【星乃 アーク】さんがそこに居た。


《これが真似って信じられないよな……》


《いや居るだろやっぱり……》


《この落ち着く声は本人ですやん……》


《カレイド・スフィアの顔すら真似してしまう新人……ヤバいやつやん……》


カレイド・スフィア・プロダクションを代表するライバーと言えば、真っ先に名前が挙がる存在。

落ち着いた口調。

聞く者を安心させる柔らかな声。

決して派手ではない。

それでも自然と人を惹きつける空気を纏っている。


————たったの三十秒。

それだけの映像を再現しただけなのに。


————私の前にいるのは間違いなく【星乃 アーク】さんだった。


もちろん、画面に映っているのも隣に居るのも空音 ミラさん。

姿形は一切変わっていない。

それなのに、不思議と星乃アークさんが配信しているような錯覚を覚えてしまう。


《安心感まで本人なんだよな……》


《声だけじゃないんだよ》


《配信の空気そのものがアーク》


《何でこんなことが出来るんだ……》


コメント欄も私と同じ感覚を抱いているようだった。

私は静かにノートを開く。


『人物が持つ雰囲気まで再現可能』


ペン先を止め、もう一度彼女を見る。


————【雰囲気】というものは曖昧だ。

数値化も、言語化も難しい。

だからこそ、それを再現することは容易ではない。


しかし彼女は、一度見ただけの映像からその人物そのものを映し出してみせた。


見たものをそのまま忘れずに記憶する————【完全記憶】。

それに加え、常人離れした観察能力。


相手の癖や話し方だけではなく、その人物が周囲へ与える印象まで読み取り表現しているのだとすれば、この再現性にも説明がつく。


私は『完全記憶』の横へ、一つ書き加える。

————【卓越した観察眼】

現時点で私が感じたのはそれだった。






私はノートを閉じ、小さく息を吐いた。


「ありがとうございます」


空音 ミラさんは軽く頭を下げる。


「それでは次に————【黄道(おうどう) 伊吹(いぶき)】さんをお願いします」


————【黄道 伊吹】さん。

役者としても活動する彼は、カレイド・スフィア・プロダクション随一の演技派として知られる男性ライバー。

声劇やシチュエーションボイスを得意とし、物語の世界へ引き込む表現力は事務所内でも高く評価されている。


彼は一人で複数役をこなす声劇を行うがそれは空音 ミラとは違い()()()()()()()()()()()()()()()


果たして彼女は出来るのだろうか————そんなことは言うまでもないとは思う。


————唐突に。

今度は消えた、という表現では足りなかった。

————まるで舞台の幕が静かに上がるように。


そこに立っていたのは、【黄道 伊吹】だった。


「————……そう」


声劇が始まる短すぎるほどの一言。

それだけで感情が伝わる。


《うわ……》


《鳥肌》


《伊吹じゃん……》


《これは伊吹が演技してる真似で……頭こんがらがるな……?!》


《あまりにも同じがすぎる……》


《これ演技だよな……?あれ?真似だっけ……?》


《ややこしすぎる定期》


私はコメント欄から視線を外し彼女を見つめる。

喜び、戸惑い、怒り、悲しみ。

僅かな声色の変化と声量の強弱。

絶妙と言わざるを得ない間の取り方。


————その全てが怖いほどに一致していた。


演技とは、台詞を読むことではない。

()()()()()()宿()()()()()()()()()()()()


それを、【空音 ミラ】はたったの三十秒の映像を見ただけで再現している。


彼女は相手の声を真似ているのではない。

人物そのものを理解し、その人物として振る舞っているように見える。


————だからこそ、ここまで完成度が高い。


【完全記憶】。

【卓越した観察眼】。


そこへ役者としての表現力が加われば。

————ここまで人物を再現できても不思議ではない。


私は静かにノートに書き込まれた二つを囲んで更なる文字を書き加えた。


————【憑依型役者】


少なくとも、彼女のことはそう説明できるはずだ。




私はノートを閉じ、小さく息を吐いた。


【完全記憶】、【卓越した観察眼】。

そしてそれを持つことにより完成する【憑依型役者】としての【空音 ミラ】。

もちろん、細かな部分はこれからも見えてくるだろう。

だが————()()()()()()()


人を理解した瞬間に訪れる、あの物足りなさ。

彼女なら違うと思った。

————だが、結局は同じだった。


何にせよ彼女が珍しい(美味しい)存在なことに違いはない。

ここからはもう少し細かい観察を経て今後の企画に活かせばいい。











————()()()()()()()




「————今夜も月が綺麗でしょう?」


私が次は【月夜 ルナ】さん。

そう思考を巡らせた、その瞬間だった。

不意に彼女から不思議な声が聞こえる。


彼女を見ればにこりと微笑みを浮かべて再現を続ける。


《……え?》


《ちょっと待って》


《近い近い近い……!》


《距離感どうなってる?》


《耳元で囁かれてるみたい……》


《なになにマイク変わった??》


私は思わず顔を上げた。

一体今の声は何なんだ……?


いや、冷静になって考えれば分かる。

あれはASMR特有のまるで耳元で囁かれているかのような声そのもの。

しかし、そんなこと再現不可能なはずだ。


それなのに————耳元へ直接言葉を落とされているような、不思議な感覚が確かに存在していた。


《これ普通の配信マイクだよな?》


《ASMRマイクじゃないよね?》


《何でこんな距離感になるんだ……》


《でも耳が幸せなのは確か……》


私は無意識に配信画面へ視線を向けた。

やはり何度見ても変わるわけがない配信環境。

卓上に置かれたコンデンサーマイク。

ASMR配信用のバイノーラルマイクではない。

もちろん、配信ソフトの設定が変わった様子もない。


————つまり。

環境は、何一つとして変わっていない。


では————何故ASMRを聴いているような心地良さがあるというのだ。


私はペンを握る。

【完全記憶】。

【卓越した観察眼】。

【憑依型役者】。


そこへ書き加えようとして————止まる。


書けない。

いや————()()()()()()()




考え方が間違っていたのか。

それとも————私がまだ知らない何かがあるのか。


私が掴んだと思った【空音ミラ】の核は、泡となって消えていく。


彼女は変わらず穏やかな笑みを浮かべたまま語り続ける。


「————また月明かりの下で会いましょう」


《寝る前に聴きたい……》


《これ本当に普通のマイクなん?》


《耳が溶けそう》


《本格的にやって欲しい……》


《どういう原理だこれ……》


私はコメント欄へ視線を移した。

流れていくのは困惑ばかりで誰も答えを持っていない。

それが妙に————心地良かった。


————胸の奥で静かに何かが熱を帯びる。


私はもう一度ノートを開いた。


【完全記憶】。

【卓越した観察眼】。

【憑依型役者】。


並んだ三つの言葉を見つめる。


————違う。

これでは足りない。

そう、足りないのだ。


彼女ならばと思ったあの予感は正しかったのかもしれない。

私は頬が緩むのを隠さぬままに次を求める。




「————最後に……【向日葵 ひなた】さんを、お願いします」


さぁ、見せて欲しい————その先を。

【空音ミラ】という存在の、その続きを。




空音ミラは小さく頷く。


「はい」


その返事は————【空音 ミラ】のものではなかった。


————次の瞬間。

まるで夏の日差しのように明るい笑顔が、彼女の表情へ宿る。




「————今日もひなただけを見ててね〜?

向日葵 ひなただよ!」


《テンションぶち上がるなぁ……!》


《さっきとの温度差よw》


《ひなたーん!!!》


《これが真似って信じられないだろ》


《そろそろ慣れないといけないけど慣れれる気がせぬ……》


「————今日はこの曲から行っくよ〜!」


《きたぁぁぁぁあ!!》


《マジでこのまま歌うのか!?》


《待ってました!!》


《どうなるんだ?!?!》


《マジか!!》


当然ながら伴奏は流れない。

彼女は映像を見て再現しているだけだから。


————つまり。

これから始まるのは、()()()()()()()

歌唱者の全てをさらけ出す行為と言っても過言では無い。




そうして彼女は————音を奏でる。

甘く弾けるような歌声は正しく【向日葵 ひなた】の真骨頂。


《うっっっっまっ!!!?》


《歌声も行けるのか……》


《アカペラの満足度じゃないぞw》


《録音流してますって言われた方が納得できるだろこれ……》


《本人じゃん……!!!》


歌声は少なからずその人の癖が必ず出るもの。

————そう思っていた。


テンポも、音程も、呼吸も、声色も。

それが普通だ。

テレビに出てくる声真似を得意とする人たちですらまるで本人だと言われるのは少ない。


————だが彼女は違う。

コメント欄を追っても()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


これがどれ程に異常なことか。


そして、どのようにしてこんなことを可能にしているのか。


これは演技ではなく、観察眼があればいいという問題でもない。

歌唱力が高いからと言っても説明がつかない。


であればなんだと言うのだ?

私はもう一度彼女の歌声に耳を澄ませる。


流れるように奏でられている歌声。

まるでこの瞬間本人が歌っているかのように狂いを見せない。




「……そうか……!」


私はつい声に出してしまう。

最初から見落としていたのだ。

彼女が再現していたのは【人】ではなく————







————【音】だ。


私はノートを開きペンを走らせる。


————【絶対音感】。


その四文字を書き終えた瞬間。

胸の中で、全てが一本の線へと繋がった。

【完全記憶】。

【卓越した観察眼】。

【憑依型役者】。


————そして。

【絶対音感】。


記憶した情報を忘れない。

人物を細部まで観察する。

その人物になり切る演技力。

そして、一切狂わない音感。


————だから。

彼女は人を、ここまで完全に再現できるのだ。


私は思わず笑みを零した。


そうか。

そういうことだったのか。


彼女は————天才だ。

あらゆる才能を極限まで積み重ねた結果。

【空音ミラ】という存在が生まれたのだ。


「————ふふ」


自然と笑みが漏れる。

今までの私ならば、再びこれで核を掴んだと言っていただろう。

だが————不思議とそうは思えなかった。


説明はできる。

理屈も立てられる。


それでも————【空音 ミラ】という存在は、まだどこか一枚、薄い膜を隔てた向こう側にいる。


届きそうで届かない。

理解したと思えば、また新しい未知を見せつけてくる。

思わず笑みが深くなる。

まるで、噛むたびに新しい味へ変わる、終わりの見えないガムのようだ。


————面白い(美味しい)


やはり。

【空音ミラ】という存在は、まだ終わらない。

私は自然と口元を緩めていた。



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