【空音 ミラ】
2-21
【同期コラボウィーク】と称された一週間。
その最後となった【橘 リンカ】とのコラボ配信から、一夜が明けた。
『僕』は自分の配信を夜に控え、自室でゆったりとした時間を過ごしていた。
「ふぅ……」
息を一つ吐き出し、思い浮かべるのは同期である四人とのコラボ配信。
神代さんの言う通り、同期たちは確かに『私』へ興味を持っていた。
【神楽 琴音】は『私』というもっと話してみたい同期に。
【皇 レン】は『私』という一緒に遊べる相手に。
【久遠 いろは】は『私』という同じ歌を歌える人間に。
【橘 リンカ】は『私』という普通とは違う研究対象に。
それぞれ理由は違うようだが、確かに四人とも『私』を見ていた。
「…………」
何故か、口元に力が入る。
僅かに強張った口角を指先で揉み解す。
「……?」
自分でもよく分からない。
もう一度揉んでみる。
それでも何かが変わるわけではなかった。
「なんだろ……?」
気にはなるものの特に害はなく悩むべきことでもない。
そうしてコラボ配信のことを何とはなしに思い返していると、ふと【橘 リンカ】の持っていたノートが頭に浮かんだ。
【橘 リンカ】が肌身離さず持っている一冊のノート。
彼女らしさの象徴とでも言うべきそれには、コラボ配信中もひっきりなしに何かが書き込まれていた。
その中で、『僕』の目にも入ったいくつかの言葉。
【完全記憶】。
【卓越した観察眼】。
【憑依型役者】。
【絶対音感】。
それらは全て【空音 ミラ】という名前の下に書き記され、線で結び付けられていた。
そして、配信を終え【橘 リンカ】が帰り際に残した言葉。
————『今日は興味深い情報を得ることが出来ました』
そう口にした彼女のどこか満足そうで、それでいてまだ何かを求めているような表情も記憶に新しい。
『私』を研究対象として見ている【橘 リンカ】ならば、そこに記された言葉は恐らく、今回のコラボ配信を通して『私』から見つけたものなのだろう。
【完全記憶】————。
一度見た映像をそのまま【真似】したからだろう。
【卓越した観察眼】————。
『俺』が【真似】をする様子からだろう。
【憑依型役者】————。
『私』が話した【真似】のやり方からだろう。
【絶対音感】————。
歌まで同じように【真似】したからだろう。
「なるほど……」
『俺』は頷きながら呟く。
————そういう風に見えてるのか。
なんとなく。
周囲の人間から『俺』の【真似】がどう見えているのか、分かった気がした。
【完全記憶】。
【卓越した観察眼】。
【憑依型役者】。
【絶対音感】。
そんな大層なものではない。
だって『僕』は————ただ【真似】をしているだけなのだから。
————ピロン。
不意に机の上でスマートフォンが震えた。
「ん……?」
手に取って画面を見る。
表示されていたのは、新たに作成された四期生だけが参加しているグループチャット。
開いてみれば、いくつかのメッセージが増えていた。
【神楽 琴音】
〔同期コラボウィークおつかれー!〕
〔またいつでもやろな!〕
【皇 レン】
〔今度は全員でやっても面白いかもな〕
【神楽 琴音】
〔それめっちゃえぇやん!!〕
【橘 リンカ】
〔それは興味深いデータが取れそうですね〕
【神楽 琴音】
〔そりゃ絶対面白いやろうからな!〕
【久遠 いろは】
〔おつかれさまです!〕
【神楽 琴音】
〔いろはちゃんめっちゃ歌良かったで!〕
【皇 レン】
〔確かにあれは凄かったな〕
【橘 リンカ】
〔企画案がいくつか浮かびました〕
【久遠 いろは】
〔私も皆さんとコラボしたいです!〕
【神楽 琴音】
〔絶妙に会話がズレてておもろいなコレw〕
次々と増えていくメッセージ。
「…………」
『僕』が何かを送る間もなく、会話は勝手に進んでいく。
数日前までなら、通知が増えていることに気付いても必要な連絡がなければ閉じていたと思う。
————けれど今は、なんとなく。
そのまま画面を眺めていた。
【神楽 琴音】
〔————というかミラちゃんは喋らんのん?〕
〔@ミラ ちゃーん?既読ついてんねんからおるのは分かってんねんで〜?〕
突然出てきた自分の名前に驚く。
【皇 レン】
〔配信準備でもしてるんじゃないのか?〕
【神楽 琴音】
〔少しくらい喋りたいやん?〕
【久遠 いろは】
〔お忙しいと思います!〕
【橘 リンカ】
〔あまり色々言うと入りにくいのでは?〕
【神楽 琴音】
〔…………( ゜д゜)〕
〔リンカちゃんが一番まともなこと言うてる……!?〕
【橘 リンカ】
〔どういう意味ですか?〕
【皇 レン】
〔そのままの意味だろ〕
【久遠 いろは】
〔リンカさんはまともだと思います……!〕
【橘 リンカ】
〔ありがとうございます〕
【神楽 琴音】
〔いろはちゃん純粋すぎるて!!〕
「…………」
何を話しているのだろう。
いや、内容は分かる。
分かるのだが————何故こんなにも話が転がっていくのかが分からない。
『僕』が参加していない間にも、画面には次々と言葉が増えていく。
————それを目で追っていると。
【神楽 琴音】
〔で、ミラちゃん?〕
〔見てんねやろ?〕
「…………」
【神楽 琴音】の言う通り、ただ見ている。
【神楽 琴音】
〔喋るまで逃がさへんよぉ……?〕
【神楽 琴音】がどんな顔でこの文章を打っているのか、何となく想像できた。
つい、くすりと笑ってしまう。
今の話題は全員でコラボをするという話だったはずだ。
————ならばと文字を打ち込む。
【空音 ミラ】
〔全員でのコラボ、私もやってみたいです〕
それだけの内容だったが、数秒も経たないうちにピロン、と通知音が鳴った。
【神楽 琴音】
〔しゃあああああ!!〕
【皇 レン】
〔チャットでもうるさいな?〕
【久遠 いろは】
〔わ、私も嬉しいです!〕
【橘 リンカ】
〔では実現可能性のある企画として考えておきます〕
【神楽 琴音】
〔ほなリンカちゃん段取りよろしく!!〕
【橘 リンカ】
〔素晴らしい検証が行えるように手筈を整えます〕
【神楽 琴音】
〔あかんこれウチらモルモットや!!!〕
【皇 レン】
〔ゲームでいいだろ。五人で出来るやつ〕
【神楽 琴音】
〔レンちゃん絶対自分が勝てるヤツで言うてるやろ?〕
【皇 レン】
〔悪いか?〕
【久遠 いろは】
〔歌も……いつか、皆さんと歌ってみたいです〕
【神楽 琴音】
〔ええやんええやん!〕
〔ゲームして歌って喋って全部やろ!全部!!!〕
【皇 レン】
〔いくらなんでも強欲がすぎるだろ〕
【橘 リンカ】
〔それなら複数の検証も可能ですね〕
【神楽 琴音】
〔せやから検証から離れぇ!!〕
「…………」
また、会話が進んでいく。
『僕』が送ったのは、たった一言。
それだけなのに、気が付けばその一言も当たり前のように会話の中へ混ざっていた。
「不思議だな……」
ぽつりと呟く。
何が不思議なのかは、自分でもよく分からない。
————ただ。
画面を閉じようとは思わなかった。
【神楽 琴音】
〔ミラちゃんはなんかやりたいことないん?〕
「やりたいこと……」
相も変わらず。
これというものは浮かんでこない。
少し考えて、文字を打つ。
【空音 ミラ】
〔皆さんがやりたいことで大丈夫ですよ〕
【神楽 琴音】
〔ちゃうちゃう〕
「……?」
すぐに返ってきた内容に首を傾げる。
【神楽 琴音】
〔ミラちゃんがやりたいこと聞いてんねん〕
【皇 レン】
〔なんでもいいだろ〕
〔思いついたら言えばいい〕
【久遠 いろは】
〔私も……すぐには思いつかないです……〕
【橘 リンカ】
〔急いで決定する必要もありませんね〕
【神楽 琴音】
〔まぁそれもそうやな!〕
〔ほな、思いついた端から言うてこ!〕
「…………」
『僕』は答えていないのに。
それ以上、誰も『僕』に答えを求めてこなかった。
【神楽 琴音】
〔それはそれとしてミラちゃんのやりたいことははよ知りたい〕
……思ったよりも求めている人もいた。
再びくすりと笑ってしまう。
【皇 レン】
〔とりあえずゲーム〕
【神楽 琴音】
〔レンちゃんのはもう分かってんねん〕
【皇 レン】
〔思いついた奴から言えって言ったのお前だろ〕
【久遠 いろは】
〔仲良し……〕
【橘 リンカ】
〔では候補として記録しておきます〕
「…………」
『僕』はそのやり取りをしばらく眺めていた。
たまに一言、二言返せば、それが十にも二十にもなって返ってくる。
そんな時間をのんびりと楽しんでいた。
————ふと時計を見る。
「あ……」
思っていたより時間が経っている。
そろそろ配信の準備をしなければならない。
【空音 ミラ】
〔そろそろ配信の準備をしてきます〕
【神楽 琴音】
〔はーい!いってらっしゃーい!〕
【皇 レン】
〔頑張れよ〕
【久遠 いろは】
〔い、いってらっしゃいです!〕
【橘 リンカ】
〔配信、拝見します〕
「…………」
四つの返事。
『僕』はそれを一つずつ読んでから、スマートフォンを机の上へ置いた。
それでも画面の向こうでは、まだ四人の会話が続いている。
「……賑やかだな」
誰に言うでもなく呟く。
————ピロン。
また一つ、通知が増えた。
今度は確認せずに、配信の準備へ取り掛かる。
けれど。
通知を切ろうとは、何故か思わなかった。
【同期コラボウィーク】は、これで終わり。
それでも————。
同期との時間まで終わったわけではないらしい。
————ピロン。
【神代 彩】
〔【要確認】————〕




