【橘 リンカ】③
「ありがとうございます。
では、次の検証へ進みましょう————」
最初の質問によって【空音ミラ】があの模倣を大したものではないと認識している事はわかった。
では次に聞くべきことは————どのようにしてあの模倣が成り立っているのか。
隠すほどのことはないと彼女は言った。
————であれば。
彼女は包み隠さず語ってくれるだろう。
「先ほど空音さんは、ご自身の長所として【真似】を挙げられました」
「はい」
「こちらについて、もう少し詳しくお聞きしてもよろしいでしょうか?」
「もちろんです」
彼女は一切身構えることなく頷いた。
《いきなり本題きちゃー!!》
《そこが一番知りたいのよ!》
《リンカ頼んだぞ……!》
《ミラちゃんの真似って本当にどうなってるか意味わからんからな》
《でもそういうのって企業秘密じゃないの?》
《これは正座待機不可避……っ!》
流れていくコメントを一瞥した後、私は彼女へ問いかける。
「空音 ミラさんは、どのようにして他人を真似しているのでしょうか?」
出来る限り単純に。
余計な条件を付けず、彼女自身の言葉で答えられるように質問する。
彼女は少しだけ瞬きをして不思議そうに首を傾げる。
「どのように、ですか……?」
「はい。
例えば声を真似するとして、まず何から始めるのかであったりです」
「なるほど……」
今度は先ほどとは異なり、彼女の視線が僅かに上へ向けられた。
それは返答に迷っているというより、普段意識していない動作を言葉へ変換しようとしているように見える。
数秒の思考を経て、彼女はゆっくりと口を開いた。
「まず————その方をよく見ます」
「見る、ですか?」
「はい。
声だけではなく、表情や姿勢、話している時の癖も見ています」
「声だけを真似する場合でも全てですか……?」
「声だけを真似する時も同じです」
彼女は当然のように頷く。
「その方がどのように息を吸って、どこに力を入れて、どんな気持ちで言葉を口にしているのか。
そういったものを一つずつ見ていきます」
《声真似するのに姿勢まで見るの!?》
《大変すぎないか……?》
《息の吸い方なんて気にしたことないわ》
《どんな気持ちで喋ってるかまで分かるの?》
《観察の領域がリンカと同じ……いやもっとやばい……?》
流れていくコメントが目に止まる。
確かにコメントの言う通り、彼女の説明には私の観察と共通する部分がある。
人間の癖には理由がある。
声や仕草は単独で存在しているものではなく、その人物が積み重ねてきた経験や思考の結果として表面に現れる。
しかし、私がそれらを理解するために観察するのに対して、彼女は再現するために観察している。
————しかも明らかに私よりも深い位置で。
「観察した後は、どのように再現するのでしょうか?」
私が続けて問いかけると、彼女は再び考えるように首を傾げた。
「その方ならどうするかを考えます」
「その方なら?」
「はい。
声を出す時も、身体を動かす時も、『私』がどうするかではなく、その方ならどうするかを考えるんです」
《???》
《急に難しい》
《それで出来るの!?》
《憑依型の役者みたいなこと言ってる》
《なりきるってこと?》
私もコメント欄と同じ疑問を抱く。
言葉として理解することは出来る。
役者が役へ入り込む際にも、似たような方法を取ることはあるだろう。
————しかし。
それだけで、あの精度に到達できるものなのだろうか。
「つまり、対象になりきるということでしょうか?」
「近いと思います」
「近い?」
「はい。
【演じる】というよりも、その方と同じように考えて、同じように動く方が近いかもしれませんね」
彼女は説明しながら、自身の言葉が適切か確かめるように小さく頷いた。
「そうすれば————自然と同じように出来ますので」
《自然と!?》
《ダメだ……全部意味がわからないけど最後が一番分からん……》
《出来ません(断言)》
《そんなこと出来るのミラちゃんだけだよ……?》
《天才の説明って参考にならないんだな……》
コメント欄が困惑で埋め尽くされる。
私も手元のノートへ、彼女の言葉をそのまま書き留めた。
『対象を詳細に観察』
『自身ではなく、対象の思考を基準として行動』
『同じように考え、同じように動く』
その説明はコメント欄にもあった通り【憑依型の役者】のものとして的を得ている。
————だが、それだけでは説明がつかない。
あの精度はその程度で行えるものでは無いはずだ。
「空音 ミラさん」
「はい」
「今のお話ですと、真似をするには相手を詳しく知る必要があるように思います」
「そうですね」
「対象を見る時間が長いほど、模倣の精度も高くなるのでしょうか?」
この問いに、彼女は僅かに首を傾げた。
「時間はあまり関係ないと思います」
「関係がない……?」
「はい。
声だけなら一度聴けば十分ですし、それ以外もであれば————一度しっかり見ることが出来れば、ある程度は」
《ある程度とは》
《一回でいいの!?》
《また軽く言ってる》
《ミラちゃんのある程度は信用ならん》
《絶対俺達の思うある程度じゃない》
私の指が止まる。
————一度。
今、彼女は確かにそう言った。
「一度見たものを、後からでも再現出来るということですか?」
「はい」
その返答にも迷いはない。
「時間が経過していても?」
「問題ありません」
「どれほど前まで覚えていますか?」
「どれほど……」
彼女は困ったような表情を浮かべたかと思えば何の気もなしにポロリと言う。
「一度見たものでしたらどれほど前でも大丈夫かと」
《え?》
《昔ってどれくらい……?》
《さらっと怖いこと言ってない?》
《一回見たら忘れないってこと?》
《完全記憶ってやつ……?》
流れてきた一つの単語に、視線が留まる。
————【完全記憶】。
配信前、この部屋の本棚を見て立てた仮説。
通常であれば両立し得ないほど広範な知識と、学生という限られた時間。
あの時点では根拠が不足していた。
しかし、一度見たものを長期間に渡って保持出来るのならば説明はつく。
彼女が模倣を行う際、観察した対象の情報を一切失うことなく保存しているとすれば。
「————分かりました」
私は内側に浮かんだ仮説を表へ出すことなく、静かに頷いた。
本人の申告だけでは証拠にならない。
記憶とは曖昧なものだ。
覚えているつもりでも、実際には無意識の補完が行われている可能性がある。
————ならば。
実際に確かめればいい。
「ここからは、先程のお話が事実であるか検証させていただきます」
《きた!》
《急に声が楽しそうになった》
《リンカの目が光ってそう》
《実験台ミラちゃん》
《本当に解剖学らしくなってきた》
「構いません」
彼女は変わらぬ笑みで答える。
どうやら、自身が試されることに対する抵抗はないらしい。
私は配信画面を切り替え、用意していた企画用の映像一覧を表示する。
「今回、いくつか短い映像を用意しています」
画面には、番号だけが振られた五つの映像が並んでいる。
「事前に許可をいただいたカレイド・スフィア所属ライバーの方々の配信の一部を切り取らせていただいております」
《準備がガチ》
《許可もちゃんとと貰ってるみたいで安心した……》
《誰が出るんだ?》
《やっぱり同期再集合??》
《リンカの企画力助かるぅ〜》
「空音 ミラさんには、これから映像を一度だけ見ていただき、その再現をして頂こうと思っています」
「一度だけですね」
「はい。
巻き戻しや再生の停止はもちろん行いません」
「分かりました」
「そして————見た直後には再現して頂きません」
彼女が僅かに首を傾げる。
「映像を全て確認した後、別の質問をいくつか行います。その後、頃合いを見て順番を入れ替えた状態で指定した映像を再現していただきます」
《鬼畜で草》
《これは成功可能なもの……??》
《五人分を順番入れ替えて!?》
《真似の検証じゃなかったっけ?》
《とんでもなくて草》
一つの映像では足りない。
複数の情報を続けて与え、その間に別の会話を挟めば細部は失われていく。
声の高さ。
呼吸の位置。
言葉の間。
イントネーション。
それら全てを後から再現するには、単なる印象だけでは足りない。
「かなり難しい検証になると思いますが、問題ありませんか?」
「はい。大丈夫です」
返答は即座に返ってくる。
強がっている様子はない。
難易度を理解していないわけでもないだろう。
ただ本当に————問題がないと思っている。
「ではさっそく一つ目の映像から始めます」
私はマウスを操作して準備しておいた映像の再生ボタンを押す。
初めに映し出されたのは【星乃 アーク】さん。
『迷った時はここにおいで?星乃アークだ』
普段の挨拶と同じ台詞から始まる映像。
配信映像をそのまま切り取るだけでは情報を詰め込めないため切り貼りして常に口数が多い時間を作っている。
映像は三十秒。
長くはない。
しかし、この情報量を一度で保持できる人間はそう多くない。
終了後に私はすぐに二つ目、三つ目と連続で再生する。
————【月夜 ルナ】さん。
————【向日葵 ひなた】さん。
————【蒼吹 眠】さん。
————【黄道 伊吹】さん
どの先輩たちの映像でもその特徴が発揮されている。
映像が終わるたびに彼女の様子を確認したが、目を細めることも、集中するために身を乗り出すこともなかった。
ただ普段通りに配信を眺めているようにしか見えない。
あまりにも自然な姿勢で、ただ映像を見ていた。
「————以上です」
「はい」
「覚えられましたか?」
「おそらく問題ないかと思います」
《出題用映像と言うより切り抜きとして優秀すぎるのでは?》
《短いのに見応えありすぎてやばかった……》
《てか歌ってるところもあったけどあれも……?》
《あれ一回で覚えるの不可能じゃね?》
《1回とは言わず何度も見れるようにしてくれ……!!》
《これ成功したら人間じゃない……》
私は伝えていた通りすぐに再現を求めず別の質問へと移る。
「では、映像については一度置いておきましょう」
「分かりました」
その後、私は彼女へ質問を行う。
最近読んだ本。
配信前の過ごし方。
先輩達に対する印象。
どれも検証とは無関係の内容を、意図的に順序を散らして問いかけていく。
彼女は全ての質問へ丁寧に答えた。
コメント欄も次第に先ほどの映像を忘れ、通常の質問企画として盛り上がり始める。
————頃合だ。
十分な時間が経過したところで、私は質問を止めた。
「————空音 ミラさん」
「はい」
「そろそろ先程の映像を再現していただこうと思います」
《……忘れてた!!》
《そういえば検証中だった》
《普通に質問コーナーとして見てた……》
《これ無理だろ》
《ミラちゃん覚えてる?》
彼女は動揺することなく、こちらへ身体を向ける。
「どの方から行いますか?」
何ら変わらない反応。
指定される人物が誰であろうと対応出来るということだろうか。
私は五つの映像の中から彼女のイメージからかけ離れた人を指定する。
「【蒼吹 眠】さんをお願いします」
「分かりました」
彼女はそういうと深く息を吸うことも、声を確かめることもなく口を開く。
————次の瞬間。
私の目の前から————【空音ミラ】が消えた。
「————ん〜……始めよっか。
————蒼吹眠だよ〜……」
声。
抑揚。
言葉の間。
喋っている内容一言一句。
確かめるまでもなく————全てが映像と同じだと分からされる。
《!?》
《は????》
《本人いる!?》
《相変わらず意味がわからーん!!!!》
《文字起こし起動してたけどマジで一言一句同じなんだけど……》
《さっきの映像そのまますぎる……》
再現を終えた彼女は、何事もなかったかのように元の穏やかな表情へ戻った。
「このような感じで合っていますか?」
「…………はい」
無意識に返答が遅れる。
声だけではない。
映像を一度見ただけでイントネーションも、内容も何もかも。
多くの別の情報を挟んだ後でも。
————完全に記憶して再現して見せた。
まだ断定は出来ない。
一人分の再現だけでは偶然の可能性もある。
————それでも。
配信前に浮かんだ仮説は確かな輪郭を持ち始めていた。
————やはり空音ミラは【完全記憶】を持っている可能性が高い。
私は静かに顔を上げる。
「ありがとうございます。
次は【星乃アーク】さんをお願いできますか?」
「はい」
彼女はまた迷うことなく頷いた。
検証はまだまだ終わらない。
————この先に控えた四名の再現。
————その結果が、私の仮説をさらに確かなものにしてくれるはずだ。




