【橘 リンカ】②
「————皆さんこんばんは。
まだ何色にも染まっていない空から来ました。
カレイド・スフィア四期生【空音 ミラ】です」
慌てる様子もなく。
ただいつも通りの空音 ミラがそこにはいた。
私も彼女に続いて口を開く。
「こんばんは。
本日も検証を始めましょう————橘 リンカです。
今日は皆さんと一緒に、『空音ミラ解剖学』を始めていきたいと思います」
《きたぁぁぁぁあ!!》
《待ってました!》
《同期コラボ!!》
《解剖学ってタイトル怖いんだけどw》
《サムネから気になってた!》
《何されるんだミラちゃんw》
《企画名のインパクトが強すぎるw》
私は流れていくコメントへ一度目を通し、小さく頷く。
「皆さんも気になっているようなのでさっそく本日の企画説明から入りましょう」
私は事前に用意していた画像を配信画面へと映し出す。
【空音ミラ解剖学】の文字とともに、私と【空音 ミラ】をデフォルメしたイラストが映し出される。
私はメスを構えた執刀前の医師。
一方の【空音 ミラ】は、まな板の上の鯉よろしく台へ寝かされている。
「————改めまして、本日の企画はこちらになります」
《物騒www》
《やっぱり解剖するんか》
《逃げろミラちゃん……!》
《これは解剖と言うより調理……?》
《いつ見ても良い企画するよなぁ》
《めっちゃ気になる!》
《タイトルだけで笑ったのにイラストにも笑わされた》
「さすがに本当に解剖はしませんので安心してください」
「よかったです」
彼女が分かりやすくほっとしたように胸を撫で下ろす。
その仕草が画面越しにも伝わったようでコメント欄がさらに賑わう。
《信じてたの!?》
《ミラちゃん天然すぎるw》
《そこ疑うところじゃないw》
《かわいい》
《解剖されると思ってたのw》
思わず私も小さく笑みを零した。
「今回の目的は、一人の配信者としての【空音ミラ】ではなく、一人の人間としての【空音ミラ】を皆さんと一緒に知っていくことです」
「知っていく……ですか?」
「はい。
私も同期という立場ですがコラボ配信は今回が初めてです。
直接お会いしたのも今日が初めてで知らない事ばかりですのでこの機会に皆さんと一緒に知れればと思いまして企画しました」
「なるほど」
所々に合いの手のように彼女が反応を返してくれるため進行がしやすくて助かる。
事前に企画内容は説明している。
にもかかわらず、その反応はまるで今この場で初めて聞いたかのように自然だった。
その反応を見るに配信者に向いているのは間違いないだろう。
《確かに知りたいことばっかりだよね》
《わかる》
《ミラちゃんは見れば見るほど謎……》
《マジで何回驚かされたことか……》
《今後も驚かされ続けるんだろうなぁ》
《心臓が持たんわぃ……》
《リンカがあまりにも興味津々すぎるw》
私は画面を見ながら静かに続けた。
「今日は視聴者の皆さんにも協力していただきます。
————質問、検証、観察。
その全てを通して、一緒に【空音ミラ】という存在へ近付いていきましょう。」
《リンカが分析モード入ってる》
《今日メモ帳必須だな》
《考察班……しゅーごー!》
《検証配信助かる》
《ミラちゃん今日も何かやらかしそう》
説明を終えた私は隣を見る。
「空音 ミラさん」
「はい、何でしょうか?」
「本日はよろしくお願いします」
彼女はいつもと変わらない穏やかな笑みを浮かべる。
「よろしくお願いします」
未だ企画は説明段階にも関わらずコメント欄の盛り上がりは留まることを知らない。
《始まるぞ……!》
《検証開始ぃ!》
《リンカがどこまで聞き出してくれるか……!》
《今日は……今日も?神回の予感……!!》
《ミラちゃんやばかったら逃げて……!》
《リンカはマッドサイエンティストの気があると思うのだ……!》
私はコメント欄をゆっくり眺めながら一つ頷く。
「では最初に、一つだけお話しさせてください」
コメント欄の流れが僅かに落ち着く。
「私がこの企画を考えた理由です」
《おっ》
《この理由の説明も聞きなれたものよな》
《確かに》
《今回ばっかりはミラちゃんのことを知りたすぎてじゃないん?》
《妥当オブ妥当w》
私は隣へ座る【空音 ミラ】へ一度だけ視線を向ける。
「私は人を観察するのが好きです。
癖や話し方、考え方に行動。
その全てに理由があると思っています」
《リンカらしい》
《通常営業》
《知ってた》
《観察ガチ勢がこんな所にも……》
「ですが————【空音 ミラ】だけは違いました。
————観察すればするほど分からなくなる。
生まれて初めての経験でした」
《あ〜……》
《分かるかも……》
《捕まえた!と思ったら残像だった的な……》
《逆に掴みどころがありすぎ?》
《観察するほど情報が増えて謎になる女》
「歌が上手い。
ゲームも上手い。
雑談も自然。
初対面でも人との距離感が上手い。
知識量も多い。
————ですが」
私は幾つもの内容を羅列して首を横へ振る。
「————どれも理由が見えてこない」
《深く考えたことなかったなぁ》
《説明できないんよ》
《全部できるのすごいよね》
《器用って一言じゃ済まない》
《器用貧乏に喧嘩売ってるよね》
コメント欄のリスナー達の言葉に私は小さく笑った。
「だから今日は皆さんにも協力していただいて一緒に観察しようと思います。
私一人では見落とすものも皆さんなら気付けるかもしれませんから」
《参加型考察だ!》
《楽しそう》
《よしメモ帳用意した》
《今日は考察勢になる》
《全員研究員w》
《実験開始……!!》
私はコメント欄を見て静かに頷いた。
多角的に見ることによって気がつけることは多い。
やる気に満ち溢れている様子に若干口角が緩む。
「では————早速一つ目の検証へ入りましょう。
まずは最も基本的な質問からです」
私は隣を見る。
ここまでの話を静かに聞いていた空音 ミラは小首を傾げながら私の視線を正面から受け止めた。
「空音 ミラさん————あなたは、ご自身で思う長所は何ですか?」
《最初の質問きちゃ〜》
《これ気になる》
《ミラちゃんはどう思ってるんだ……??》
彼女は少しも考える素振りもなく口を開く。
「聞き上手なところでしょうか」
穏やかな口調で一つ目の返答が口にされる。
「配信では、一人で話す時間ももちろんあります。
ですが、それ以上にコメントを読んで皆さんと一緒にお話しする時間を大切にしたいと思っています。
————ですので相手のお話をしっかり聞くことは【空音ミラ】の長所だと思っているんです」
《わかる》
《これはマジ》
《コメント拾うの上手い》
《安心感ある》
《そこが好き》
私はコメント欄を一瞥し、再び彼女へ目を向けた。
「他にはありますか?」
「そうですね……最近では私のちょっとした特技の【真似】をよく褒めてもらえるのでここも長所だと思いますね」
《これは長所》
《長所意外の何物でもないよね》
《未だにちょっとした特技扱いなの草w》
《この扱いの軽さはミラちゃんならでは》
《こういうのも好き……!》
私は静かにコメント欄を眺める。
視聴者の反応は非常に良い。
だが、それ以上に私の興味を引いたのは別の点だった。
(……迷いがない)
一つひとつの答えに淀みがない。
事前に考えてきた台本を読むような不自然さも。
即興で取り繕っているようなぎこちなさも。
————どちらも感じられない。
まるで、それが最初から【空音ミラ】という人物の中に存在している答えであるかのように、自然だった。
私は無意識にノートを開き、一行だけ書き加える。
『【空音ミラ】という人格に対する自己認識は極めて明確。回答に迷いなし。』
(……興味深い。)
配信者であれば、多かれ少なかれ『演じている』という空気がある。
だが、彼女にはそれがない。
————【空音 ミラ】という存在を演じているようには見えないのだ。
観察すればいつもであれば見えてくる境界線がどうしても見えてこないのだ。
私はノートを閉じ、再び画面へ視線を戻した。
「ありがとうございます。
では、次の検証へ進みましょう————」
企画はまだ始まったばかり。
————いや。
————検証は、ようやく始まる。




