【気質】
————配信アーカイブを閉じる。
配信当日にリアルタイムで確認したが何度観ても堪らない。
彼女ほど珍しい存在はそうそういない。
コラボ配信が決まり作成した【空音 ミラ活用案】も尽きることなく内容が増えていく。
「雑談、ゲームときて歌まで素晴らしい……」
まだまだ彼女の真価は見えていないだろう。
どこまで出来るのか————
その片鱗でも今日味わうことが出来れば十分。
私————【橘 リンカ】————はデスクに広げていたノートを閉じる。
時計を見れば約束の時間まで余裕があるもののそろそろ出発しても問題ないだろう。
準備は既に終えていた。
私は携帯端末を手に、昨日送られてきた住所を改めて確認する。
「……本当にこちらに住んでいるのでしょうか……」
彼女が暮らしている住所として送られてきた地域は高級住宅街だったと記憶している。
「————これもまた興味深い」
呟きながら玄関の扉を開けた。
————目的地までは電車で三十分ほど。
移動中も私の視線は車窓ではなく、手元の携帯端末に向けられていた。
本来であればノートへの書き込みが好ましいのだが不特定多数の人間がいるこの場で開くにはいささか向かない内容だ。
メモアプリのタイトルには【空音 ミラについて】。
彼女の特徴であるあの異常なまでの模倣能力。
どんな原理で、どんな条件で、どんな精度で可能なのか。
模倣できないものはなにか。
考えれば考えるほどに気になることが増えていく。
そうこうしているうちに目的の駅へ到着する。
そこまで離れた場所では無いこの土地だが私は地図で見ただけで足を踏み入れたことはない。
————想像していた通りに閑静な住宅街。
手入れの行き届いた街路樹。
一定間隔で並ぶ住宅。
休日ということもあり人通りは少ない。
「なるほど」
周囲を見回しながら小さく呟く。
落ち着いた環境が彼女の能力形成へ影響した。
一般論としては、そう考えるのが妥当だろう。
私はバックからノートを取り出してさらりとペンを走らせる。
「おっと……」
そんなことをしながら目的地に進んでいたからか腕時計はいい時刻を示していた。
携帯端末を開き送られてきた住所をマップに入力して詳しい場所を確認する。
————軽く歩みを進めれば目的の家はすぐに見つかった。
見つかったのだが。
「これは……なかなか……」
私は目の前に現れた建物に圧倒される。
————一般的な住宅より明らかに広い。
庭しかり、外壁しかり、車庫しかり。
土地代もさることながら建築費だけでも相当な額になるだろう。
「なるほど……配信設備を自宅へ置くには理にかなっていますね」
私は一度だけ服装を整える。
そしてインターホンへと指を伸ばした。
静かな電子音が数回鳴り『はい』という声が聞こえる。
「————約束をしていました【九条】です」
私がそう名乗れば数秒後。
玄関ドアからガチャリという音がなる。
研究対象へ会う期待を隠すことなく私は静かに扉を見つめた。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
————ピンポーン。
家の中に響いたチャイムの音に『僕』は読んでいた本から顔を上げた。
「……来た」
ほとんど約束の時間通りの到着。
『僕』は時計を確認しながら立ち上がる。
待たせてしまうと悪いためリビングに居たことですぐに対応することができた。
「————はい」
『約束をしていました【九条】です』
事前に聞いていた名前と同じことを確認し玄関へと向かう。
————ガチャリ。
ゆっくりと玄関の扉を開ける。
外の光を浴びながらインターホンの場所に立っていたのは一人の女性だった。
肩口で揃えられた黒髪。
知的な印象を受ける眼差し。
制服ではなく私服であるにもかかわらずどこか研究者を思わせる整った雰囲気。
————そして。
『私』へ向けられる視線だけは初対面の人間を見るものではなかった。
まるで脳裏に焼き付けるように全身を一つひとつ確認していく。
「…………」
「…………」
数秒の間、互いに言葉がない。
「外ではなんなのでどうぞ」
「はい」
女性————【橘 リンカ】は短く返すと玄関へと歩いてきて一緒に中に入る。
扉が閉まり鍵をかけたのを確認して改めて向かい合う。
「今日はよろしくお願いしますね」
「こちらこそよろしくお願いいたします」
握手を求めるでもなく。
雑談を始めるでもなく。
【橘 リンカ】は静かに一言。
「まず一つ」
「はい?」
「思っていたより身長が高いですね」
「……そこですか?」
「配信映像では実際の姿は確認できませんので」
「なるほど……」
『私』は少しだけ苦笑する。
どうやら今日のコラボ相手は————かなり変わった人らしい。
「————今日は両親が居ないのでリラックス出来ると思います」
「お仕事に?」
「はい」
『私』は【橘 リンカ】を部屋に案内しながら軽く会話を交わす。
「父も母も忙しい時と時間がある時の差が激しいので」
「なるほど」
短く返事をしながらも、【橘 リンカ】の視線は廊下や壁へと向けられていた。
「どうかしましたか?」
「いえ」
『私』からの問いかけに首を横に振る【橘 リンカ】。
「生活環境も能力形成の一因になり得ますので」
「……なるほど?
そこまで見るんですね」
【橘 リンカ】は『私』のことを観察しているようだ。
玄関で初めて会った時の視線から何となく気がついてはいた。
————【橘 リンカ】に『私』と似た空気を感じる。
「職業病です」
何の迷いもなく返ってくる。
「配信でも検証企画が多いので」
「そうですね」
「日常でも同じです」
さらりと言ってのける。
「気付けば観察してしまいます」
「分かります。
『私』も趣味が観察なので」
『私』はにこりと笑って【橘 リンカ】の言葉に同意を示し、ちょうどよく着いた自室の扉を開けて【橘 リンカ】を中へと促す。
「『私』は飲み物を持ってきますのでお先に中で待っててください」
「お構いなく大丈夫ですよ?」
「お客様をおもてなししないのは我が家ではいけないことなので」
『私』はそう言ってキッチンへ向かう。
背中へ向けられる視線はまだ止まらない。
————やはり。
【橘 リンカ】は『私』を研究対象とでも考えているのだろう。




