【久遠 いろは】③
————やがて最後の一音が消えていく。
「お聞きいただきありがとうございました」
ミラさんの言葉が聞こえる。
《天は二物を与えずというのは一体……》
《いろはちゃんからのミラちゃんでも鳥肌が……》
《やばかった……》
《何はともあれ凄かった……》
コメント欄では様々な感想が飛び交い、ミラさんの歌に驚きを隠せない視聴者が大勢いた。
————私は、すぐに声を出すことができなかった。
胸の奥がじんわりと熱い。
歌を聴いて泣きそうになることはあっても。
歌を聴いて私自身のことを教えられたような気持ちになるのは初めてだった。
「…………」
私が歌へ込めていたもの。
私が無意識に大切にしていたもの。
私自身ですら言葉にできなかったものを。
————ミラさんは歌として返してくれた。
それは【真似】なんて一言では片付けられない。
まるで私という人間を受け止めて、そのまま優しく映し返してくれる————鏡のようだった。
「……すごい……」
気付けば自然とその一言が零れていた。
《いろはちゃん?》
《反応かわいい》
《放心してる》
《見守り隊、静かに見守ります》
《そりゃ本人が一番驚いてるよね》
私は慌ててマイクへ向き直る。
「す、すみません……その……」
何を話せばいいのか分からない。
————けれど。
「……ミラさん。
……私、本当に……びっくりしました」
素直な気持ちを伝えることはできた。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「……ミラさん。
……私、本当に……びっくりしました」
「びっくりですか?」
『私』の歌が終わり【久遠 いろは】が画面越しにこちらをしっかりと見ながら真剣な声音で言う。
何について驚いたというのだろうか?
『私』が【久遠 いろは】を【真似】して歌ったことについてだろうか。
————しかし。
『私』の【真似】に関しては今までの配信でできることは知っているはず。
【久遠 いろは】の言葉の続きを待つ。
「はい」
はっきりとした物言いで小さく頷く。
「もちろん……歌がお上手なのも驚きました……」
「ありがとうございます」
「でも、私が驚いたのはそこじゃなくて……」
一度言葉を探すように視線を泳がせる。
「……私の歌です」
「……?」
「ミラさん……私の歌を————
————すごく……聴いてくれてたんですね」
「…………」
「声だけじゃなくて……歌い方も。
息遣いも……感情の乗せ方も……」
少しずつ言葉に力が宿る。
「私自身も意識してないようなところまで、全部……」
心なしか声音に笑みが混じる。
《いろはちゃん嬉しそう……!》
《なるほど》
《そういう意味で驚いてたのか》
《歌手だからこそ分かるんだな》
《本人公認で似てるんだな……》
「だから……嬉しかったです」
照れくさそうに笑いながら。
「私の歌を……そんなに丁寧に聴いてくれた人、初めてだったので……」
「…………」
『私』は少しだけ考える。
どう返すのが正しいのか。
「……『私』は————」
言葉を選びながら静かに口を開く。
「————久遠さんの歌がとても綺麗だったので。
歌詞を大切に歌っていて、一つひとつの言葉に意味が込められていて」
それはお世辞でも気遣いでもない。
『私』が観察し、理解した結果をそのまま口にしているだけだった。
「————だからそのまま歌ってみたいと思いました」
その一言で。
「…………っ」
画面の向こうの【久遠 いろは】は小さく息を呑む。
《あぁ……》
《ミラちゃん悪気皆無だもんねぇ……》
《だから怖いくらい真似できるのか》
《歌ってみたいって発想なんだ》
《ある種の尊敬の形的な……?》
「…………」
【久遠 いろは】は何かを言おうとして、モゴモゴと口元を動かす。
————しかし言葉にならない。
代わりに一度だけ俯き、分かりやすく深呼吸をして。
「…………ありがとうございます」
その一言は、今までで一番自然な声だった。
《おっ?!》
《いろはちゃんのありがとうだ……!》
《ちゃんと届いた》
《尊い……》
《五音全部はっきり聞こえた……!》
《超レア……!!!》
『私』は首を傾げる。
「お礼を言われるようなことはしていませんよ?」
「……え?」
「『私』は素敵だと思った【歌】を【真似】しただけですから」
迷いなく返したその言葉に、【久遠 いろは】は再び固まってしまう。
《またフリーズしてるw》
《処理落ちしてる》
《これはCPU100%占有してる》
《かわいい》
《通常営業で安心安心……》
「……あ、あの」
モジモジとした様子で【久遠 いろは】が口を開く。
「はい?」
「つ、次の曲なんですけど……」
「はい」
「私は『〜〜〜〜〜』を歌う予定です……!」
「楽しみにしてます」
「次も……私の【真似】をするんですか……?」
コメント欄も気になっていたことを代弁されたように静かになる。
《それ俺も思った》
《次どうするんだろ》
《気になる》
『私』は少しだけ考える。
同じことばかりしても良くないか。
「————いえ」
その一言にコメント欄がざわつく。
《お?》
《違う?》
《本人歌唱?》
「————今度は別の人を【真似】して歌います」
《wwwwwwww》
《そっちかよ!!》
《期待返せw》
《やっぱりミラちゃんだw》
《ブレねぇw》
《予想通りがすぎるw》
盛り上がりが止まないコメント欄と共に『私』と【久遠 いろは】は歌い続けるのであった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
私が歌ってミラさんが歌って。
それを何度か繰り返してその度に聴き入る。
————また変わった。
最初は私の歌い方だったのに歌う度に全然違う。
声も。
息遣いも。
感情の乗せ方も。
まるで別人。
「…………」
私は少しだけ笑ってしまう。
この人は、本当に不思議だ。
誰か一人になりきるんじゃない。
歌う曲が変わる度に、まるで別の誰かがそこに立っているみたいだった。
《また変わった!?》
《別人じゃん》
《引き出し何個あるんだよ》
《怖いくらい上手い》
《誰で歌っても本人になるじゃん?!》
私には、その理由は分からない。
でも一つだけ分かることがある。
ミラさんは————
————歌をとても大切にしている人なんだ。
————楽しかったコラボも終わりの時間となる。
たくさんの歌を歌い、聴き、楽しい時間を過ごすことが出来た。
初めの緊張はいつの間にか薄れ、気付けば肩の力を抜いて配信ができていた。
「そ、それでは……今日のコラボ配信はここまでです……!
……とはいえ。
私が落ち着いて話すことができる日はまだまだ先だろう。
「……ありがとうございました。
また……聴いてくださいね……!」
「また空を見上げた時にお会いしましょう」
私のタイミングに合わせてくれたのだろう。
ミラさんも終わりの挨拶を口にする。
「「ありがとうございました」」
最後の言葉だけは。
打ち合わせなんてしていないのに、不思議とぴたりと重なっていた。
「……ふぅ……」
モニターが暗くなり、本日の配信が終わったことを告げる。
静まり返ったスタジオには、もう私しかいない。
それでも耳の奥には、まだミラさんの歌が残っていた。
————今日交わした【会話】は、きっと忘れない。




