【人見知り】
夏って……忙しいですよね……
————【皇 レン】とのコラボから数日後。
特に代わり映えのない学校生活をこなして気が付けば今日が【久遠 いろは】とのコラボの日となっていた。
放課後を告げるチャイムが校舎に響く。
荷物を鞄へしまいながら『僕』はスマートフォンを取り出した。
画面には神代さんから送られてきた今日の予定。
「今日は歌……」
【雑談】、【ゲーム】と来て【歌】。
正直ありがたく感じている。
————【歌】は【真似】しやすいから。
息遣いも、抑揚も、感情の乗せ方も。
【真似】をするためのお手本が世の中には溢れている。
そんなことを考えながら教室を出ようと歩き出す。
「あ!早川ー!」
教室の後ろからクラスメイトに声をかけられ振り向く。
「今日もそのまま帰んの?」
「ちょっと予定があるから」
「そっか〜……一緒に部活できるかなーって思ってたけど仕方がないか……。
また今度部活顔出してくれよー?」
「そうですね。
また時間があれば」
「約束だぞぅ……」
残念そうな表情を浮かべるクラスメイトに軽く頭を下げ今度こそ教室を後にする。
以前なら部活へ向かっていた足は、今では自然と校門へと向かうようになっていた。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「お疲れ様です」
カレイド・スフィア本社に到着し受付で挨拶をすればすぐに神代さんが姿を見せた。
「————お疲れ様です。
早川さん今日も早いですね」
「時間に遅れたくないので」
『僕』の言葉に嬉しそうな表情を浮かべた神代さんがうんうんと頷く。
「そう言ってもらえると助かります……!
とはいえ早川さんはいつも早く来てくれるのでもう少し遅く来てもらっても大丈夫ですからね?」
「ありがとうございます」
「無理してたりしませんね?」
見覚えがありすぎる神代さんのジト目を向けられながら『僕』はにこりと笑う。
「普通に来てるだけなので大丈夫ですよ?」
「……ならいいんですが……。
無理な時は私に連絡して下されば良いので!」
そう言い終えた神代さんは資料を抱えたまま歩き出す。
「ちなみに久遠さんももう来てます」
「そうなんですね」
「えぇ。
ただ……かなり緊張しているようでして……」
「……?」
苦笑いを浮かべながら困ったように言う神代さん。
『僕』は何事だろうかと首を傾げる。
「まぁ、会えば分かりますので……」
案内された控え室を神代さんがノックをする。
「————小鳥遊さん入りますね」
『————ひゃ、ひゃいっ?!』
中から聞こえてきたのは裏返った女性の声。
神代さんが静かに扉を開ける。
まるで小動物の小屋の中に驚かせないように入って行く飼育員のようだ。
「失礼します」
部屋へ足を踏み入れてみればそこはいつも通りの控え室で。
しん、とした空気を感じ部屋を見渡しても誰もいないように見える。
————しかし。
先程返事が返ってきているため居ないということはありえない。
「……あ」
目を凝らしてみれば椅子の後ろから、小さく頭だけが覗いていた。
恐る恐るこちらを覗いている瞳は緊張からかずっと瞬きをしている。
『僕』と目が合った瞬間。
「ひぅっ……!」
鳴き声のようなか細い声とともに肩を震わせると椅子の陰へさっと隠れてしまった。
「…………」
『僕』は思わず神代さんを見る。
神代さんは慣れた様子で苦笑した。
「これでも今日は調子が良い方なんですよ……?」
「そうなんですか……?」
「はい」
神代さんは椅子の方へ歩く。
「小鳥遊さん大丈夫ですよ」
「……ぅ……」
「彼女が【空音 ミラ】さんです」
『私』の名前を聞いてじっくり数秒。
ゆっくり、本当にゆっくりと椅子の陰から顔が出てきた。
「こ、こんばんは……」
またもかき消されてしまいそうな程にか細い声で挨拶が聞こえてくる。
下手をすれば聞き逃してしまいそうなほど小さい。
だからこそ聞き逃さないよう意識する。
「【久遠 いろは】です……」
「こんばんは【空音 ミラ】です」
「…………」
そこからは再びの沈黙。
部屋にはエアコンの音だけが流れる。
「…………」
「…………」
「……早川さん」
「はい」
「少し話しかけてあげてもらえますか?」
神代さんは困ったように笑いながら言う。
『私』は頷くと椅子の影に隠れる【久遠 いろは】に少しだけ近づいてしゃがむ。
目線を合わせて落ち着く声音を【真似】して口を開いた。
「改めまして【空音 ミラ】です。
本名は【早川 優梨】です。
今日はコラボしてくれてありがとうございます」
「……こ、こちらこそ……!」
「歌がお好きなんですよね?」
「……はいっ……!」
「今日はいっぱい歌って楽しみましょう?」
「はい……!」
「一緒に歌えるのを楽しみにしてたので頑張りましょう」
「……はい!」
少しだけ声が大きくなり張りが出てくる。
そんな様子に神代さんが小さく息を吐く。
「良かった……」
「……?」
「ここまで話せるのは珍しいんです」
「……?話せる……??」
【久遠 いろは】から返ってきているのは短い返事ばかりだ。
会話というより受け答えに近い気がするが神代さんが会話だと感じているのであれはそうなのだろう。
「かく言う私も担当マネージャーも苦労しました……」
遠い目をして天井へと視線を向ける神代さんの様子に並々ならない苦労があったことを感じる。
「最終的には対面じゃなければある程度普通に話せることがわかったのでもっぱら通話でやりとりしています」
「……なるほど」
そんな話を聞いて果たして今日のコラボは大丈夫なのだろうかと一抹の不安を感じながらも『私』は【久遠 いろは】へと視線を向ける。
気が付けば頭だけではなく顔全体と上半身が少し出てきており何度観ても警戒心の強い小動物のように見えて仕方がない。
「まだ配信まで時間がありますのでお二人とも親交を深めていただければ……それでは私は準備をしてきますので……!」
『私』や【久遠 いろは】の返事を確認する間もなく神代さんは控え室から退散していく。
その素早い動きにも驚いたのか【久遠 いろは】はフリーズしていた。
いつの日か見た驚いて身体を硬直させるハムスターを彷彿とさせる姿だ。
『私』は【久遠 いろは】の対面の椅子に腰掛けながら微笑みかける。
「————歌っておきます?」
「……!?
……さ、流石に突然歌ったりはしませんよ……っ?!」
その場で立ち上がりながらそう返してくれる。
ここから配信までの短い時間で、少しでも会話ができるようになっておいた方がいいだろう。
そんなことを考えていると【久遠 いろは】がおずおずと口を開いた。
「……で、でも————」
「————歌なら歌えるので……!」
言葉の後に一呼吸入れる。
「……は、配信……だ、大丈夫でしゅ!」
若干の甘噛みを感じさせる言葉に気がついたのか【久遠 いろは】はみるみる顔を赤くすると、再び椅子の後ろへ隠れてしまう。
「それは……楽しみです」
『私』は落ち着かせるように微笑みを向けるのであった。




