【皇 レン】
「————お前、ゲーム何ができる?」
配信開始時間が近づき、配信部屋へ足を踏み入れる。
【皇 レン】は向かいの部屋から棚いっぱいに並んだゲームソフトへ視線を向け尋ねる。
『私』は少しだけ考え、首を横へ振った。
「実際に遊んだことはありません」
「……は?」
【皇 レン】の動きがぴたりと止まる。
「動画では何度も見ています」
「いや……それゲームできるって言わねぇだろ……」
「そうなんですか?」
「そうなんだよ」
『私』が至極真面目に言えば呆れたように額へ手を当てる【皇 レン】。
「見るのとやるのじゃ全然違う」
「ですがある程度はできると思います」
「その自信はどこからくんだよ……」
小さくため息を吐いた【皇 レン】はゲーム棚から一本のソフトを取り出した。
「なら今日はこれだ」
手に取られたゲームソフトに視線を合わせる。
表紙に描かれていたのは世界的人気を誇る対戦格闘ゲームの最新作。
【皇 レン】の配信でも何度となく目にしたタイトルだった。
「これなら確実に見たことあるだろ?」
「はい」
「操作方法は?」
「問題ないです」
「キャラは?」
「全員把握していますよ」
「……技は?」
「覚えています」
そこまで返したところで、【皇 レン】は眉をひそめた。
「……コマンドまで全部?」
「はい」
「…………」
数秒、部屋が静まり返った。
「……まぁいい」
言葉を飲み込んだ様子の【皇 レン】は肩をすくめる。
「今日は参加型にする」
「参加型ですか?」
「あぁ」
【皇 レン】はあまり見ない形のコントローラーを二つ手に取った。
「最初はあたしが何戦かやる」
よく使い込まれた様子の一つを机へ置く。
「んで次にお前」
新品であろう様子のもう一つをこちらへ滑らせる。
「最後は視聴者参加な」
話を一通り聞いて『私』は静かに頷いた。
「異論ありません」
「理解が早くて助かる」
【皇 レン】は口元だけで笑う。
ゲーミングチェアの上で胡座をかき『私』を見つめてくる。
「……まぁ……お前がどれくらいできるかも見てみたいしな」
「期待に応えられるよう頑張ります」
「楽しみにしとくわ」
そう言って配信の準備を進めるのであった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
————配信開始五分前。
「悪い扉閉めてくれ」
『私』は【皇 レン】に言われた通り配信部屋の扉を閉める。
まるで閉められるのが合図かのように薄暗い部屋の照明が点灯し複数のモニターへ映像が映し出された。
先ほどまで生活部屋で気怠そうに過ごしていた【皇 レン】の雰囲気が確実に、少しずつ、変わっていく。
背筋を伸ばし、椅子へ深く腰掛けて定位置があるのだろう一瞬で腰を据える。
マイクの位置を数センチ調整したかと思えば、キーボードやコントローラーの位置も固定させた。
ゲーム画面、コメント欄、配信ソフト。
一つ一つを確認していく姿に迷いはない。
「……」
————やはり違う。
部屋へ入った時に見た小柄な少女とは別人のようだった。
身に纏う雰囲気が変わったといえば分かりやすいだろうか。
「どうした?」
「いえ……皇さんは本当にすごいですね」
「何が?」
「雰囲気です」
【皇 レン】は一瞬だけ手を止める。
「さっきまでは全然違う」
「…………」
「どちらが本当の姿ですか?」
つい、『私』は【皇 レン】にそう聞いてしまう。
まるで『俺』のような切り替わり。
それは何かを【真似】して演じているのではないのか。
そんな考えが湧いてしまったから。
【皇 レン】は数秒黙ると小さく笑った。
「————そんなのどっちもあたしだよ」
その一言だけ。
——その答えは、あまりにも迷いがなかった。
何を当たり前のことを聞いているんだと言わんばかりの態度。
「ほら、配信始めんぞ」
モニターの時計を指さして準備を促してくる。
————もう開始時刻だ。
【皇 レン】は自分の頬に手を添えて目を閉じた。
数秒の間完全に動きが止まる。
そしてそのまま息をゆっくり吐き出し目が開かれる。
————その瞬間。
先ほどまでの小柄な少女の姿は完全に消えていた。
画面の向こうにいる何万人もの視聴者を迎え撃つ、いつもの【皇 レン】がそこにいた。
「————行くぞ」
『私』も静かに頷き、配信開始のボタンへカーソルを合わせるのであった。
————待機画面が一瞬暗転する。
次の瞬間、ゲーム画面とその両端下に二人のLive2Dが画面へ映し出された。
「————全員、覚悟はいいか?」
マイクに乗せられた声はつい先ほどまで目の前にいた少女のものとは思えないほど堂々としており、力強さを感じさせるものだった。
「皇 レンだ」
《王様きちゃぁぁぁ!!》
《待ってました!》
《レン様ぁぁぁっ!!》
《今日はミラちゃんコラボと聞いて!》
《神回確定!!!》
《めちゃめちゃ楽しみだった!》
隣でその様子を見ていた『私』は、小さく目を瞬かせる。
ほんの数秒前までゲーム用の椅子へ気だるそうにもたれ掛かっていた人物と、今画面の向こうへ語り掛けている人物が本当に同じなのかと思うほど、その空気は一変していた。
「【配下】のお前たちが言うように今日はコラボな。
相手はもちろんこいつ」
【皇 レン】が軽く親指を向ける。
『私』も配信画面へ向き直り口を開いた。
「————皆さんこんばんは。
まだ何色にも染まっていない空から来ました。
カレイド・スフィア四期生【空音 ミラ】です」
《ミラちゃん!!》
《こんばんは!》
《同期コラボ二回目っ!》
《まさかの昨日の今日w》
《どんな絡みになるんだろ》
《楽しみ》
【皇 レン】はコメント欄を流し見すると、すぐ本題へ入る。
「今日やんのは参加型の格ゲーな。
最初は軽ーくランク回して次にミラ。
そんでもって最後はお前らとやる」
《参加型だ!》
《よっしゃああ》
《王に挑戦できる!》
《楽しみがすぎるっ!》
《ミラちゃん格ゲーやるの!?》
いつもの『私』からは想像がつかなかったのか驚きのコメントも流れていく。
「一応確認しとくか?」
ゲーム初心者なんだよな?」
「はい。
実際にプレイするのは初めてです」
その一言でコメント欄が一気に加速していく。
《初めて!?》
《マジか》
《大丈夫なのかw》
《王にしごかれるじゃん》
《その前に全員からボコられちゃうのでは……?》
《初心者とはいえ手を抜くのは失礼……》
《な、何とかミラちゃんも楽しめますように……!》
【皇 レン】は口元だけをわずかに吊り上げる。
「まぁ安心しろって」
コントローラーを手に取り慣れた手付きで画面を操作していく。
「まずは、お手本見せてやるよ」
ゲーム画面が対戦待機画面へ切り替わり、【皇 レン】がいつも使用しているキャラクターが登場する。
「まぁ手本を見せるのはお前たちだけどな?
————敗ける手本」
そして画面の向こうへ向けて、不敵に笑う。
「————かかってこいよ」




