【神楽 琴音】
控室でしばしの休息をとった後にスタジオに入る。
「スタジオ配信ってなるとVTuberっぽいなぁ!」
「そうですか?」
環境がしっかり整えられた配信用の防音室、設置されたパソコンやモニターもおおよそスペックの高いものだろう。
それを見た【神楽 琴音】はわくわくという心の動きが表情にまで出ていた。
「そらそうやろ!
まぁ、まだ【3D】やないからここがスタジオっぽいかって言われたら違うかもしらへんけど?」
そうは言いつつも嬉しそうに椅子に座る【神楽 琴音】。
『私』もその隣にある席に腰掛けてパソコンを操作する。
まだ配信開始まで時間があるものの準備をしなければならない。
「あらら?これもう準備終わってへん?」
「……本当ですね」
待機状態となっていたモニターを表示させれば後は配信開始にすれば良い状態にされている。
「神代さんがやってくださったみたいですね」
「はぁ〜……めっちゃ至れり尽くせりやん?」
「ありがたいですね」
「せやな!
あ、そういえばミラちゃん。
今日の配信おしゃべりなんやけど【質問箱】の内容を二人で喋るとかでもえぇ??」
神代さんを通して今日が雑談になることは聞いていたものの話のネタが何になるかまでは聞いていなかった。
【質問箱】の回答であれば【神楽 琴音】が色々と話を回してくれることが想像できるため首を縦に振り肯定の意を伝える。
「お任せします」
「おっしゃ!
ミラちゃんとコラボするって決まってから質問も増えてん!
今日はみんなからの質問でミラちゃん丸裸にすんでぇ!!」
「お手柔らかに??」
そんな話をしながら二人で笑うのであった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
《【祝】正式コラボ!!!》
《キタキタキタぁ!!》
《今日は本物だよな?!》
《なおミラちゃんの真似っこだったとして見破るのは不可能な件について》
《【お連れさん】なワイも見破れない》
《今日は配信前に二人で遊んでるみたいだし本物でしょ!》
《SNSの更新に齧り付いてたのは私です》
コメント欄は配信開始前でもかなりの賑わいだ。
日に日に配信開始前の待機人数も増えている中、今日に関していえばコラボの影響を受けてか過去最大である。
「みんな楽しみにしてくれとるみたいやなぁ」
「そうですね。
コラボ配信は初めてですけど頑張りましょう」
「こういうのは楽しんだもん勝ちや!」
「ふふっ。
確かにそうですね」
「せやろ?
————ほな、もう時間やし始めようや!」
【神楽 琴音】の言葉を合図に互いに配信ソフトの開始ボタンを押下する。
————待機画面から一瞬の暗転を挟み画面の中心に【空音 ミラ】と【神楽 琴音】が横並びに姿を表した。
「————皆さんこんばんは。
まだ何色にも染まっていない空から来ました。
カレイド・スフィア四期生【空音 ミラ】です」
「————毎度おおきにー!
皆の相方【神楽 琴音】もおんでー!
今日はミラちゃんとのコラボ配信よろしゅーなー!」
口に馴染みつつある挨拶を行いながら『私』と【神楽 琴音】の配信が始まる。
先程までの待機画面でのコメント欄も賑やかだったが、やはり配信が始まればさらに爆発的にコメント欄の流れが早くなる。
《きたああああああ!!》
《コラボスタートぉぉぉお!!!》
《ミラちゃんやっぱり可愛い!》
《琴音ちゃん待ってた!》
《本物?!本物だよねっ?!》
《やっぱり同期コラボよ!》
《画面が幸せ》
《配信前から遊んでた話聞かせて!》
《SNS投稿分だけじゃ足りぬ!》
《これは本物ですわぁ!》
「うわっ!」
コメントの勢いを見た【神楽 琴音】が思わず笑う。
「めっちゃ流れるやん!」
「すごいですね……」
「みんな待っとったんやなぁ!」
声音から嬉しそうなことが丸わかりの様子で満足気だった。
そんな中で【神楽 琴音】がわざとらしく咳払いをする。
「こほん……今日はな!
配信前にミラちゃんと遊んできたから、その話もしつつ!
みんなからもろた【質問箱】読んでいこう思っとるでー!」
《【質問箱】きちゃー!!》
《読まれるかな》
《採用されますよーに!》
《遊びの話聞きたい!》
《二人のこと知りたいから待機してました!》
《【質問箱】送り損ねた……!》
「一応マネージャーさんらに確認してもらっとるから変な質問は答えへんからな〜??」
いたずらっ子が笑っているようなからかいを含めた笑いで話の流れを作っていく【神楽 琴音】。
感情を乗せる声。
話に合わせて自然と動く両手。
配信画面だけでは見えなかった情報が次々と増えていく。
「変な質問……そんなものあったんですか?」
「そーやねん!
マネージャーさんに聞いたらセクハラやろ!って質問も多かったらしいで?」
さらに言えば、こうして目の前にいるからこそ分かる。
配信画面では切り取れない、ころころと変わる表情の動きも新たな観察対象だった。
————やはり実際に会うことでしか観察できないものは多い。
「それは流石に答えられないですねぇ……」
「せやろせやろ??
まぁウチらに興味津々なのはえぇんやけどそういうのは良くないで〜??」
もし実際に隣にでも視聴者がいたのであれば相手の頬に指を当ててグリグリと押しながらからかっているであろう【神楽 琴音】の姿が容易に想像できる。
それはこの配信を見ている人たちにも伝わっているであろう。
《い、いやいやそんなこと聞くわけないじゃないですか〜》
《ワタシたちはお行儀がいいんですのことよー?》
《たすかる》
《気になっちゃうお年頃なのよ……!》
《誰だそんなことを聞いたのは……!ワイだ……!》
《犯人おりゅ〜www》
コメント欄の流れが先ほどよりもさらに速くなる。
一人が冗談を言えば、それに別の誰かが乗る。
【神楽 琴音】の言葉に合わせるように、画面の向こうでも自然と会話が広がっていた。
————なるほど。
これが【神楽 琴音】の作る空気なのだろう。
「————ほな早速いこか!」
【神楽 琴音】はパソコンへ視線を向けるとマウスを操作して表示画面を変えていく。
「確認してもらったんやけどいっぱい来とるなぁ……。
ほら、ミラちゃんも見てーなすごいで?」
「これは選びがいがありそうですね」
事実、会話の種には困ることは無いレベルでたくさんの質問が表示されていた。
「ほな最初はジャブ程度に……っと!」
『私』と【神楽 琴音】が並ぶ画面に質問の内容が表示される。
「【配信前はどんなことして遊んだんですか】やってよ?
ウチがSNSに写真投稿しとったやろ?」
「詳しくは載せてないんですから『私』たちの口から聞きたいんじゃないですか?」
「あ、それもそうやな!
ほな何から話そかなぁ……」
腕組をしながら悩んでいる様子の【神楽 琴音】。
ぽん、と手を叩きニヤリと笑って口を開いた。
「せや!実はな……。
————ミラちゃん、人類の敵やねん。」
「……?」
《????》
《また始まったw》
《人類の敵とは》
《草》
《仲良くなった同期を敵扱いすなw》
「だってだって————太らへんらしいんよ?
めーっちゃいっぱい食べるんやで?
今日なんて二キロのオムライス平然と完食!
ウチはお腹はち切れそうだったのにケロッとしてて……!」
《wwwwwww》
《人類の敵で草》
《これは敵》
《太らないは許されない》
《神様は不公平》
「あとゲームセンターも行きましたね?」
「せやせや!」
「クレーンゲームで【神楽】さんが」
「ちょ、それは言うたらいかんやつーーー!!言うなーー!!!」
小気味良いテンポ感で続いていく会話に視聴者たちも楽しそうに乗ってきている。
《何があったwww》
《止められるとなおのこと気になるでしょ!》
《話せ話せ!》
《神楽ちゃん暴露されるw》
「い、いやな?景品があとちょっと……ちょっっっとやったんよ!」
【神楽 琴音】は慌てて弁明を始める。
「ほんで何回も挑戦してたんやけど全然取れへんくて……」
「三千円くらい使ってましたもんね?」
「そこまで言わんでえぇねんで?!」
《草》
《金額までwww》
《ミラちゃん容赦ない》
《実況で草》
「でもな!最後はちゃんと取れたんやで!」
「確かに取れましたね」
「せやろ??」
「とっても嬉しそうでした」
「そら嬉しいやろ!」
《かわいい》
《想像できる》
《絶対ガッツポーズしてる》
《配信で見たいw》
《3Dクレーンゲーム配信?》
《流石にシュールすぎるかもしれん……》
「《ちなみに何取ったんですか?》って来てますよ??」
「ぬいぐるみや!」
「猫のぬいぐるみでしたね」
「そうそう!」
「【神楽】さんってば取れた瞬間よりも、その後の方が嬉しそうでしたよね」
「へ?」
『私』の言葉に呆けた表情になる【神楽 琴音】。
「景品を抱きしめながら歩いていましたから」
「……あっ……」
自分の行動を『私』の言葉で思い出したのか短い音を出して静止する。
《wwwww》
《バレてる》
《見られてる》
《細かいw》
《観察力えぐ》
「……み、見とったん?」
「もちろん」
「……は、恥ずかしいやん?!」
耳まで赤くしながら顔を覆って首を振る【神楽 琴音】。
画面上の【神楽 琴音】も可動域の限界を確かめるかのように大きく揺れていた。
「可愛かったですよ?」
「やめぇぇぇ!!」
《かわいい》
《尊い》
《てぇてぇ》
《ミラちゃん天然で刺してくる》
「……な?」
【神楽 琴音】は頬を染めたままコメント欄へ向かって言う。
「こういうとこなんよ」
「こういうとこ……?」
「ミラちゃん、普通に褒めとるだけやねん」
「はい。思ったことを正直に?」
「それはめっっちゃわかってんで?
でも細かいとこまでよう見とるから————急に照れるんよ……!」
《分かる》
《それ》
《めっちゃ見られてる感じする》
《コメント欄の隅から隅まで見てるみたいだもんね》
《観察されてるw》
《俺なんてこの間適当に言ったコメント拾われたし》
《流れが早いのによく見てるなって思う!》
「見られすぎてる感じなのに————嫌な感じせぇへんのが不思議なんよなぁ……」
「そうなんですか?」
「せやで?
なんて言うたら良いんか……」
少しだけ考えるように視線を上げた【神楽 琴音】は絞り出すように言葉を紡ぐ。
「こう……否定されてるんやなくて……ちゃんと見てもろてる感じがする……やな」
《それだ!》
《言語化助かる!》
《まさにそれ!!》
《だから見ちゃうのよ》
《良い子にしてたらご褒美くれそうな感じするよね》
「ちゃんと見ている……」
『私』は【神楽 琴音】の言葉を小さく繰り返す。
見る、観察する、理解する。
それは『俺』にとって当たり前の行為だった。
誰かを【真似】するためには、相手を見なければならない。
声を、表情を、仕草を、言葉の選び方を、間の取り方を。
全てを見て、理解し、【真似】する。
だから『俺』は人を見る。
そこに特別な意味を込めたつもりはない。
「……『私』はただ見ているだけですよ?」
そう答えると【神楽 琴音】は一瞬だけ目を丸くした後困ったように笑った。
「————そこやねん」
「そこ、ですか?」
「ミラちゃんにとっては『ただ見てるだけ』なんやろうけどな?」
【神楽 琴音】はコメント欄へ視線を向ける。
「見られとる側からしたら、それだけやないんよ」
《それ》
《分かる》
《ちゃんと覚えてくれてる感じ》
《雑に流されない感じがする》
《ミラちゃんのそういうとこ好き》
「例えばさっきのぬいぐるみの話やってウチは見られてへんと思ってたんよ?」
「そうなんですか?」
「でもミラちゃんはちゃんと見とった」
「見ていましたね」
「それがな、恥ずかしいんやけど……ちょっと嬉しいねん」
「嬉しい、ですか?」
「せや」
【神楽 琴音】は少し照れたように笑う。
「自分でも忘れとったようなこと覚えてくれとるんやって思うと、なんか嬉しいやん?」
『私』にはその感覚がよく分からなかった。
————誰かの行動を記憶する。
それは必要な情報を蓄積する行為だ。
【真似】するために必要な材料を集める行為。
————けれど。
【神楽 琴音】はそれを嬉しいと言った。
コメント欄も同じように頷いている。
——ならば。
『俺』がしていることと。
相手が受け取っているものは、違うのかもしれない。
「……難しいですね」
「せやなぁ」
【神楽 琴音】は楽しそうに笑う。
「でも、そこがミラちゃんの面白いところやと思うで?」
「面白い、ですか?」
「せや!」
【神楽 琴音】は迷いなく頷いた。
「ミラちゃんって人のことよう見とるって言うたやん?」
「はい」
「普通やったらな?
『うわ、この人めっちゃこっち見てくるやん……』って思うんよ」
《あるある》
《分かる》
《見られすぎると緊張する》
《圧感じる人いるよね》
「でもミラちゃんはちゃうねん」
「違いますか?」
「ちゃうちゃう!
なんやろ……こう、ちゃんと興味持って見てくれとる感じや!だから話しやすいねん!」
《それそれ》
《分かる》
《だからコメント拾われても嬉しい》
《怖くないんだよね》
《安心する》
『私』はコメント欄を見る。
安心する。
話しやすい。
嬉しい。
今日だけでも何度も聞いた言葉だった。
同じものを見ていたはずなのに。
どうやら『俺』と皆では、その意味が違って見えているらしい。
「……なるほど」
「……絶対分かってへんやろ?」
『私』の呟きを見ていたであろう【神楽 琴音】が吹き出した。
「……分かってないですね。」
「正直でよろしい!」
《草》
《正直w》
《そこがミラちゃん》
《かわいい》
《この空気好き》
「ほなほな!」
【神楽 琴音】は勢いよくマウスを握る。
「————次の質問いこか!」




