【連絡】
『そうと決まればまずは連絡ですね』
そう言った神代さんが素早くキーボードを操作する。
直後、ピロンという通知音が三度鳴った。
何の連絡だろうか。
確認してみれば、それは『僕』個人に送られたメッセージではなかった。
四期生と各担当マネージャーが参加しているグループチャットへの投稿だった。
【神代 彩】
〔空音さんから同期の皆さんをもっと知りたいという相談がありました〕
〔そこで同期コラボを企画したいと考えています〕
〔ご協力いただける方はリアクションをお願いします〕
簡潔で分かりやすい内容だった。
『僕』がやるべきかと考えていたがマネージャー経由の方が何かとスムーズに進むだろう。
「ありがとうございます」
『いえいえ、これもマネージャーの仕事です!
何はともあれ後は反応を待つだけですね』
どの程度で連絡が返ってくるかは分からないが明日には全員分揃ってくれればありがたい。
そんなことを考えていると神代さんは微笑みながらクスクスと言う笑い声を漏らす。
『人によるとは思いますが皆さんからの返信は早いと思いますよ?』
「『私』、聞いてませんが……?」
『何となくそんなことを考えているかなという私の勘です』
当たっていますかとでも言いたげな神代さんがそう答えた直後だった。
ピコン。
新たな通知が表示される。
「……早いですね」
『そうですね。
何となく誰かは予想がつきますが————』
【神楽 琴音】
〔楽しそうでええやん!やろやろ!〕
『————神楽さんですね』
どうやら神代さんは予想通りだったらしく笑っている。
ピコン。
再び通知。
【皇 レン】
〔やる〕
「短いですね」
『皇さんらしいです』
たった二文字。
しかし断る気がないことだけはよく分かった。
その後も通知は続く。
【橘 リンカ】
〔参加可能
企画案を作成します〕
『実は誰よりも乗り気かもしれませんね』
「ありがたいことです」
神代さんが遠い目をしている姿をモニター越しに眺める。
————そして最後。
しばらくしてから一件の通知が届く。
【久遠 いろは】
〔よろしくお願いします……!〕
「思ったより早かったですね。
『私』は明日になることを予想してました」
『何度も文章を書き直したんでしょうけど早く連絡しなければと頑張った結果でしょう』
感慨深そうに頷く神代さん。
どうやら担当していない同期のこともある程度把握しているようだ。
『まぁ連絡が早く来るであろうことは予想していました』
「そうなんですか?」
『はい。
それぞれマネージャー同士情報交換をしていますので皆さんが早川さん……【空音 ミラ】に興味津々だとの事でしたから』
「興味、ですか」
『はい』
「何故でしょうか?」
興味津々と言えば『俺』なんかよりも他の同期たちの方が魅力的ではないだろうか。
【神楽 琴音】には相手を楽しませ、聞かせるだけではなく会話に巻き込むという良さがある。
【皇 レン】には持ち前のゲーミングテクニックで相手を魅了する良さがある。
【久遠 いろは】には聞く者を虜にする圧倒的な歌唱力がある。
【橘 リンカ】には通常表に出ないであろう企画を練るという作業すらもエンタメに昇華させる良さがある。
皆それぞれ分かりやすい個性を持っていた。
だから興味を持たれる理由も理解できる。
——————では『俺』は?
考えてみるもののやはり何も浮かばない。
【真似】はできる。
恐らく————いや確実に同レベルのことを【真似】できるだろう。
けれどそれは特技であって個性ではない気がした。
例えば誰かが歌を褒められれば、その人の歌が評価されたのだと分かる。
ゲームが上手ければ、その技術が評価されたのだと分かる。
企画が面白ければ、その発想力が評価されたのだと分かる。
————では模倣は?
それは誰の評価になるのだろう。
【真似】された相手なのか。
【真似】した『俺』なのか。
————考えるまでもない気がした。
歌が評価されるなら歌った人が凄い。
話術が評価されるなら話した人が凄い。
企画が評価されるなら考えた人が凄い。
ならば【真似】も同じではないだろうか。
元になった人が居るから【真似】できる。
居なければ何も【真似】できない。
『俺』が行っていることは既に存在するものを写し取っているだけだ。
新しく生み出したわけではない。
だから答えは決まっている。
————評価されるべきなのは【真似】された相手だ。
だから神代さんの言葉がよく分からない。
————何故皆が【空音 ミラ】に興味を持つのだろうか。
少なくとも『俺』にはその理由が分からなかった。
『……えっと……本気で言ってます……?』
理由を考えていれば神代さんが唖然とした表情で言った。
「……?本気ですが?」
『あ〜……分かりました。
こういうのは私だけの意見だと分からないものです』
頭が痛いと言わんばかりに額に手を当てた神代さん。
『————それ、皆さんにも聞いてください』
「なんで『私』なんかに興味があるのか、ということをですか?」
「そこまでストレートに……いや、もうそれでいいと思います!」
ヤケにでもなったようにそう言った神代さんはモニター越しに『僕』の方を指さしながら言う。
『【同期コラボウィーク】が終わるまでの宿題です!』
「宿題」
『はい。
同期の皆さんに聞いてみてください』
「分かりました」
果たして聞いたところでわかるのかという疑問はあるが宿題と言われたら仕方がない。
やればわかることというのもあるだろう。
『本当に分かってます?』
「分かってます」
『怪しいなぁ……』
呆れ顔の神代さんがなんとも言えない声音で呟くのであった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「————楽しそうやん!!」
マネージャーとの打ち合わせも終わりに差し掛かった頃。
普段あまり鳴らないグループチャットから通知音が響く。
何気なく内容を確認した【神楽琴音】————【西宮美琴】は勢いよく立ち上がった。
『————落ち着いてください西宮さん』
呆れたような声に美琴が振り返る。
そこにはノートパソコンを閉じながらため息を吐く担当マネージャーの姿があった。
「いやいや!聞いてくださいって!」
『聞いてます』
「ミラちゃんがやりたい言うてるんやで!?」
『聞いてます』
「同期コラボやで!?」
『それも聞いてます』
「ほな楽しみやないですか!」
『それはそうですが……』
マネージャーは小さくため息を吐いた。
西宮 美琴という少女はとにかく人生を面白おかしく過ごしたい人間だ。
友達を作るのも大好き。
誰かと遊ぶのも大好き。
誰かを笑わせるのも大好き。
もちろん誰かに笑わせられるのも大好き。
中でも一番好きなのは————人と話すことだった。
————だからこそ。
デビューしてからずっと気になっていた同期と話せる機会に心が躍っていた。
「ミラちゃんと話せるんかぁ……」
ぽつりと漏らした声は少しだけ小さい。
————空音ミラ。
同期の中でも一番不思議な存在だった。
会ったこともない人間を真似できる。
しかもそれがドッペルゲンガーにでも出会ったのかと思うほどに似ていた。
正直、美琴にはそれがどういう原理でできているのかなんてよく分からない。
分からないのだが。
————面白そうやん。
それだけで十分だった。
「楽しみやなぁ……っ!!」
美琴の顔にはキラキラとした笑みが浮かんでいた。
まだ何を話すかも決まっていない。
どんな配信になるのかも分からない。
————それでも。
面白くなることだけは確信できた。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
真っ暗な部屋でモニターだけが明るく光る。
ほんのりと照らされたデスクの上には空になったエナジードリンクの缶。
モニターの中では激しい戦闘が繰り広げられていた。
先程まで視聴者を対戦相手に配信をしていたというのに疲れた様子は全くない。
ゲーミングチェアに胡座をかき、コントローラーのレバーを握る少女————【皇 レン】は気だるげな表情のままゲームを続けていた。
モニターの中の敵を難なく撃破する。
————勝利。
だがレンの表情は変わらない。
当然だ勝つことは特別なことではない。
負ける方が珍しい。
だから彼女は次の対戦へと進む。
そんな時だった。
画面端に表示された通知マークが目に入る。
「ん……?」
ふと考えてみると先程からグループチャットの通知音が鳴っていた気がする。
レンはコントローラーを手放すことなくキーボードへ片手を伸ばした。
表示された内容を見たレンの口角がゆっくりと吊り上がる。
「……へぇ」
同期コラボの提案。
そしてそれが————空音ミラ発案。
そこまで読んだところで椅子の背もたれへ深く体重を預ける。
「同期コラボねぇ……」
空音ミラ。
四期生の中でも特に異質な存在。
人の真似を得意とするVTuber。
自分の真似をされたことがきっかけでデビューしてから何度か配信も見ていた。
————正直に言えば不思議だった。
特技であるはずのモノマネをただの一発芸程度に扱い毎日のように行われる配信は雑談のみ。
配信の時間もそこまで長いわけではないため視聴はしやすいだろう。
だが、ただの雑談配信だと言うのに不思議と見てしまう魅力があった。
雑談配信を覗いていた時に聞いた話によればそのモノマネは声以外のモノマネも可能なのだという。
「しかも空音ミラ発案?」
レンはニヤリと笑う。
「————おもしれぇじゃん?」
その瞳にはゲームで新たな強敵を見つけた時と同じ光が宿っていた。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
————静かな部屋だった。
壁一面に並ぶ本棚には隙間なく書籍が収められている。
デスクの上は整然としており広げられているのは数冊のメモ帳のみ。
パソコンに関してはモニターすら電源が落とされていた。
その中心で【橘 リンカ】————【九条 蘭】はペンを走らせていた。
「……」
カリカリとペン先が紙を擦る音だけが響く。
現在書き込んでいるのは次回配信の企画書。
配信者というのは不思議な仕事だ。
リスナーを飽きさせない面白い企画を考えなければならない。
企画を考えるためには面白いものを知らなければならない。
————だから蘭は普段から人を観察する。
誰が何を面白いと思うのか。
どんな話題で盛り上がるのか。
変わったモノはないか。
そういった様々な情報は全て企画作りの材料になる。
————紙を擦るペンの音が止まる。
完成した企画書をファイルへと挟み込み、足元に積まれた束の上へ置く。
本日8つ目の完成品。
そんな時だった。
蘭の端末から通知音が鳴る。
ちょうど完成したタイミングだったためペンを置いてグループチャットを開き内容を読み終えた蘭は小さく呟く。
「————なるほど」
そこに記されていたのは同期コラボの提案。
発案者は————空音 ミラ。
その瞬間だった。
蘭の頭の中で複数の企画案が同時に浮かぶ。
模倣クイズ。
本人との比較企画。
同期再現選手権。
即興ロールプレイ。
視聴者参加型早真似企画。
空音ミラの模倣能力は使い方次第で様々な企画へ転用できる。
それも一度きりではない。
組み合わせ次第でいくらでも応用が利く。
「面白いですね」
自然と口元が緩む。
企画を考える人間にとって空音 ミラは非常に珍しい存在だった。
どこに限界が存在しているのか分からない。
それはつまり無限の可能性がある。
「実際に話してみたいですね……」
そう呟くと迷うことなく返信を入力する。
【橘 リンカ】
〔参加可能
企画案を作成します〕
ひとまずの区切りを見せていたのだが蘭のペンは止まらない。
新しいページを開き先程浮かんだ企画案をささっとメモして最後にタイトルを書いた。
【空音ミラ活用案】
「さて……」
うっとりと想いを馳せるように笑う。
「どこまで出来るのでしょうか……?」
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
『————じゃぁ今日の打ち合わせは以上っ!』
スピーカーから聞こえてくる担当マネージャーの言葉に【久遠 いろは】————【小鳥遊 澪】はほっと息を吐いた。
緊張していたわけではない————わけがない。
打ち合わせは例えそれが面と面を直接合わせないオンラインのものでも何度経験しても慣れない。
————澪は人と話すこと自体が得意ではない。
緊張から来る渇きかカラカラの身体を潤すために机の上に置かれたペットボトルへ手を伸ばしたその時だった。
ピロン。
聞き覚えの無い通知音が鳴る。
「……?」
澪はスマートフォンへ視線を向ける。
表示されていたのは四期生のグループチャット。
今までほとんど動いていなかったのに珍しい、そう思いながら内容を確認した。
「…………えっ?」
思わず声が漏れた。
内容は同期コラボのお誘い。
接点が少ないからだろうか。
とはいえこの話がこんなにも早く出るとは思っていなかった。
そしてそれが————【空音 ミラ】発案なのだという。
「こ、コラボ……」
そわそわした様子で画面を見直す。
それは見間違いなどではなく事実そこにあった。
『どうしたの?』
担当マネージャーが澪の忙しない動きに不思議そうに尋ねる。
「えっと……その……」
澪はスマートフォンをモニター越しにおずおずと見せた。
『あぁ……』
マネージャーは納得したように頷く。
『私も確認したけど良さそうじゃない?』
「よ、良くないです……!
……だって、その……」
否定の言葉を口にしたもののその先の言葉が上手くまとまらない。
同期と話したくないわけではない。
————むしろ逆だ。
話してみたい。
仲良くなれたら嬉しい。
本当はずっとそう思っていた。
「な、何を話せばいいか分からないので……」
小さな声で呟く。
空音 ミラ。
神楽 琴音。
皇 レン。
橘 リンカ。
皆自信を持ってしっかりしているように見える。
澪はそんな同期たちと比べて自分だけが上手く話せない気がした。
『大丈夫大丈夫!』
マネージャーはからからと笑う。
『皆優しいと思うよ?』
「で、でも……」
『それに……』
マネージャーは自分でもグループチャットを確認していたようで端末を指差した。
『返信せずに放置する訳には行かないんじゃない?』
「うぅ……」
マネージャーから発せられた正論に澪はスマートフォンを見つめ眉をハの字に歪めた。
書いては消し、また書いては消す。
そんなことを十数分続けてようやく文章が完成した。
【久遠いろは】
〔よろしくお願いします……!〕
結局出来上がったのは誘いを受けるという意思表示の一言。
「送っちゃった……」
安心したようにほっと一息肩を落とす。
まるで大仕事を終えたような反応だった。
そんな澪を見てマネージャーは苦笑する。
『コラボはまだ先だよ?』
「……今から緊張してます……!」
身体をぷるぷると小さく震わせる姿からは発言の本気さを物語っていた。




