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暴走する地下の森

早朝。


アリシアは、奇妙な物音で目を覚ました。


ガタガタ……。


ゴト、ゴト、ゴト……。


まるで、何か重いものが小屋の床下を這い回っているような音だった。


彼女はゆっくりと目を開け、天井の木目をぼんやりと見つめる。


「……地震?」


そう呟いた直後だった。


ベッドが大きく揺れた。


テーブルの上に置いてあったコップが端まで滑り、中の水が床に飛び散る。


部屋の隅に積んであった薪も、ガラガラと音を立てて崩れ落ちた。


「ちょ、ちょっと待って! 私の家が!」


アリシアは靴を履く暇もなく、杖を引っ掴んで外へ飛び出した。


そして、目の前に広がる光景を見た瞬間、思わず足を止めた。


昨日まで穏やかに流れていた小川が、激しい水しぶきを上げて荒れ狂っている。


川岸の土はあちこちで崩れ、太い根が何本も地面から這い出していた。


それらはまるで生き物のように岩壁を這い上がり、周囲の地面を覆い尽くしている。


昨日まで手のひらほどの大きさだった植物も、今では彼女の腰ほどの高さまで成長していた。


そして、何よりも彼女の目を引いたのは――。


「私のフェンスは!?」


昨日、菜園の周囲にしっかりと設置したはずの木製フェンス。


それが今では、青々とした蔓にびっしりと絡みつかれていた。


何本かの支柱にいたっては、根元から引き抜かれ、泥の上に無残に倒れている。


アリシアは蔓の伸びていく先を目で追った。


その中心にあったのは、あの金色の種から育った小さな木だった。


金褐色の幹は昨日よりも一回り太くなり、枝葉の隙間には細かな金色の光が漂っている。


まるで、その木を中心に大地そのものが目を覚ましたかのようだった。


濃い緑が地面を覆い、周囲へと凄まじい勢いで広がっていく。


「……あんた、一晩で一体何をやらかしたのよ?」


アリシアが警戒しながら数歩近づいた、そのとき。


足元の泥が、ぐにゃりと動いた。


「……え?」


視線を落とした瞬間、白い根が地面から飛び出した。


シュッ!


それは目にも留まらぬ速さで伸び、アリシアの足首に絡みつく。


「きゃっ!」


反射的に杖を振るう。


魔力の刃が走り、足に巻きついた根を正確に切り裂いた。


しかし、その直後。


隣に伸びていた蔓が大きくしなり、数枚の葉が勢いよく彼女の頬を叩いた。


「いたっ! ちょっと、攻撃するつもりはなかったの! お願いだから、まずは離して!」


まるで彼女の言葉が通じたかのように、残った根はするすると土の中へ引っ込んでいった。


アリシアは赤くなった頬をさすりながら、改めて周囲を見回す。


そこで、ふと気づいた。


「……毛玉?」


いつもなら、この時間になると大きな耳を持つ毛玉の一家が菜園の近くに顔を出している。


木の実をもらいに来ることもあれば、三匹の子どもたちが草の上を転げ回って遊んでいることもあった。


ところが、今日はどうだ。


周囲は不気味なほど静まり返っている。


いつもなら聞こえてくる、小さな足音も鳴き声もない。


「毛玉? みんな、どこにいるの?」


声を張り上げてみる。


だが、返ってきたのは遠くで川の水が岩にぶつかる轟音だけだった。


アリシアは眉をひそめた。


ふと、倒れたフェンスのそばに小さな足跡が残っているのを見つける。


見覚えのある足跡だった。


それは新しく生い茂った蔓に沿って続き、最後は鬱蒼とした草むらの向こうへと消えている。


「……ただ隠れているだけならいいんだけど」


アリシアは杖を握り直し、足跡を追って歩き出した。


奥へ進むにつれて、周囲の植物はますます密集していく。


以前はむき出しだった荒涼とした岩壁も、今では厚い緑に覆われていた。


岩の隙間からは細い草が伸び、薄青い小さな花が淡い光を受けて静かに咲いている。


湿った土の匂い。


草木の青々とした香り。


耳を澄ませば、どこからともなく鳥のさえずりに似た声まで聞こえてくる。


「……ここって、前からこんな場所だったっけ?」


アリシアは大きな葉を手でかき分けた。


透明な羽を持つ小さな虫が、目の前をひらひらと横切っていく。


その虫は近くの花へと降り立ち、花弁の奥へと潜り込んだ。


少し離れた場所では、別の虫が苔の下から這い出し、湿った土の中へ器用に潜っていく。


そこは、彼女が初めて目を覚ましたときの、あの生命の気配すら感じられなかった洞窟とはまるで別世界だった。


いや、もはや洞窟と呼ぶのも違うかもしれない。


ここには、凄まじい勢いで広がりつつある、小さな森が生まれていた。


「チッ!」


そのとき、前方から怯えたような鳴き声が聞こえた。


アリシアの心臓が大きく跳ねる。


彼女はすぐさま草むらをかき分け、声のした方へ駆け出した。


そこには、大きな耳を持つ毛玉がいた。


突き出した岩の上で背を丸め、必死に周囲を警戒している。


その背後には、三匹の子どもたちが身を寄せ合い、小刻みに震えていた。


幸い、怪我はしていないようだ。


どうやら、突然生い茂った植物が行く手を塞ぎ、身動きが取れなくなってしまったらしい。


「見つけた!」


アリシアはほっと胸をなで下ろした。


すぐに助けようと一歩踏み出した、その瞬間――。


パキッ!


足元から、乾いた破裂音が響いた。


「……え?」


毛玉一家が乗っている岩の表面に、一本の亀裂が走る。


それは瞬く間に枝分かれし、岩全体へと広がっていった。


次の瞬間。


ズガガガガッ!!


地面が大きく崩れ落ちた。


「危ないっ!」


アリシアの体内で魔力が一気に膨れ上がる。


彼女は杖を振り抜いた。


地面を突き破って太い蔓が飛び出し、滑り落ちかけた子どもの一匹を間一髪で絡め取る。


そのまま勢いよく引き戻し、岩の上へと引き上げた。


残る二匹は、親の毛玉が必死に自分の体で庇っている。


ズゴゴゴゴゴ……!!


岩盤が完全に崩れ落ちた。


その下から姿を現したのは、かつて落石によって塞がれていた地下水路だった。


行き場を失って溜まっていた大量の水が、亀裂から一気に噴き出す。


濁流は周囲の土砂を巻き込みながら、凄まじい勢いで押し寄せてきた。


親の毛玉は子どもたちを必死に抱き寄せる。


しかし、押し寄せる水の勢いには抗えない。


ズルッ……!


その小さな体が、少しずつ後ろへと押し流されていく。


「捕まって!」


アリシアは杖を地面に強く突き立てた。


直後、何本もの太い蔓が地面を突き破って姿を現す。


まるで大蛇のようにうねる蔓は、周囲の岩へと絡みつきながら、濁流の前に巨大な壁を作り上げた。


ドォォン!!


凄まじい水しぶきが蔓の壁に叩きつけられる。


跳ね返った水がアリシアの顔を濡らした。


「くっ……!」


だが、水の勢いは想像以上だった。


ミシミシ……ギギギ……。


蔓が軋み、壁全体が大きく揺れる。


このままでは、そう長くは持たない。


「ダメ……! これじゃ長くは持たない……!」


アリシアは奥歯を噛み締めた。


杖を握る手に力を込め、全身の魔力をその先端へと集中させる。


崩れかけた蔓の壁の向こうでは、濁流がなおも勢いを増していた。

ここまでお読みいただき、ありがとうございます!


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皆さんからの評価や感想が、執筆の励みになります。


これからも楽しんでいただける物語をお届けできるよう頑張りますので、よろしくお願いします!

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