↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

5/9

金色の果実に宿る種

一週間後、アリシアはついに、自分のみすぼらしい地下生活を軌道に乗せることに成功した。

 第一期菜園の薄紫色ベリーが次第に成熟し、魔力の微光を浴びながらみずみずしい葉を広げている。


 彼女に『おやつ泥棒』と名付けられた大耳毛玉は、たまに歩き方を覚えたばかりの三匹の幼獣を連れて遊びに来るようになった。


 白い布の上に並べられた果実を食べ終えると、満足そうに丸まって茂みへと転がっていく。


 時折、その三匹の小毛玉たちが泥の上で転げ回り、体中をドロドロに汚すことがあった。

 見かねたアリシアが杖で清らかな渓水を呼び寄せ、彼らの爪を洗ってやるのだが、結果として小たちに水を跳ね返され、自身もびしょ濡れになるのがオチだった。


「……前世でネットのペット動画を見ていた時、私は一体どうして動物を飼うのが癒やしだなんて思っていたのかしら?」


 アリシアはぐっしょりと濡れた黒いローブの袖口を絞りながら、ため息を漏らす。


 しかし、振り返るや否や、彼女は黙って乾燥した柔らかい草を運び、小たちがよく転がる岩の隅に敷き詰めてやった。


(やはり、たとえ異世界に転生しようとも、人類が主に仕える『下僕』としての習性を変えることはできないらしい(๑ ́ᄇ`๑))


 夕方の作業を終え、干し草の山に腰掛けて休憩していた時、彼女は最も肌身離さず持っていたポケットの中の、金色の果実のことを思い出した。


 あの『おやつ代』を受け取って以来、彼女はずっとそれをベッド脇の木皿に置いていた。


 奇妙なことに、丸一週間が経過しても、その金色の果皮は依然としてハリを保っており、表面から放たれる微光は少しも衰えず、腐敗した臭いすら一切しなかった。


 アリシアは果実を手に取り、洞窟の天井に灯る青い蛍光にかざしてじっくりと観察する。


「あなた、一体どんな品種なの? この賞味期限、いくらなんでも反人類的すぎるわ。防腐剤の過剰添加(オーバードーズ)じゃないかしら」


 彼女は苦笑しながら首を振り、試しに一筋の微弱な魔力を果実へと送り込んでみた。


 次の瞬間、果皮の表面に細密で複雑な金色の紋様が浮かび上がった。


 その紋様はまるで無数の繊細な根脈のように、温かい光の中でゆっくりと延伸し、広がっていく。


 アリシアの顔から自嘲の笑みが消えた。

 これは普通の植物が刺激を受けた時の生理反応ではない。


 彼女は明確に感じ取っていた。果実の内部に、ある目覚めつつある膨大で古老な意志が潜んでいることを。


 それは彼女の魔力を拒絶しないばかりか、むしろ『ついに担当者が現れた凍結プロジェクト』のように、その力を正確に誘導し、果実の最中心部へと直接注ぎ込ませた。


「……内部にコア・ハードウェアがカプセル化されているの?」


 彼女はナイフを取り出し、果皮に沿って慎重に切り込みを入れた。


 金色の汁が冷たい刃を伝って流れ落ちるが、地面に滴ることはなく、無数の細かな金色の光の粒子となってホタルのように空気中へと霧散していった。


 果肉は信じられないほど柔らかく、そしてその中央には、指の関節ほどの大きさの金色の種子が包まれていた。


 種子の外殻には、まるで年輪のような古の魔紋がびっしりと刻まれていた。


 アリシアがそれを手のひらに乗せた瞬間、澎湃としつつも極めて穏やかな情報流(データストリーム)が、何の予告もなく彼女の脳海へと流れ込んできた。


 それは言語ではなく、走馬灯のように駆け巡る壮大なビジョンだった。


 彼女は、果てしなく広がる遠古の森を見た。


 巨大な神聖樹が天を覆うほどの枝葉を広げ、温かい太陽の光が幾重にも重なる樹冠を突き抜け、湿った肥沃な泥土の上に砕けた金のように降り注いでいる。


 清らかな小川が岩を伝って快活に流れ、岸辺には名前も知らない花々が咲き乱れ、無数の奇妙な生物たちが林間を駆け巡り、森全体と調和した呼吸を交わしている。


 だが次の瞬間、画面は唐突に色褪せ、崩壊し始めた。


 河床は干からびてひび割れ、巨木は焦げ茶色の残骸へと枯れ果て、かつて林間に息づいていた生命たちが次々と消えていく。


 最後には、たった一株の、筆舌に尽くしがたいほど巨大な古樹だけが、満身創痍の荒涼とした大地の中心にぽつんと佇んでいた。


 古樹は、森全体の最後の生気を凝縮した一粒の果実を落とした。


 そして、ビジョンは完全に砕け散った。

 アリシアは猛然と我に返り、大きく息を切らした。


 手のひらの中の金色の種子は、今や心臓の鼓動のように、トクン、トクンと温かい律動(パルス)を放っている。


「今のは……この種子にプリインストールされていた歴史のバックアップデータ?」


 彼女はズキズキとするこめかみを揉みほぐした。


 脳海に残る断片的な魔法の知識から、ある古の概念がゆっくりと浮上する。


 ――環境適応型植物。


 それは普通の、土壌と水分だけに頼って成長する植物ではない。


 自身をコア(中枢)として周囲の生態環境を能動的に最適化し、本来ならば生存不可能な生命を次第に集わせる『最高峰の緑化ハードウェア』だった。


 もしこの魔法ロジックが間違っていなければ、この種子は、あの疾うに絶滅した遠古の生態圏がこの世界に残した、最後のバックアップ。


 そして、あの大耳の小さなコソ泥は、そんな世界遺産級の家宝を、ただの『おやつ代』の決済として彼女に手渡したのだ。


 アリシアは長い間沈黙し、振り返って自分の菜園を見つめた。


 数株の紫色の苗が微光の下で葉を広げ、小川の水が石の隙間をサラサラと流れている。


 一日働いて疲れた毛玉は干し草の山の上で横たわり、その懐では三匹の柔らかい幼獣たちが身を寄せ合って熟睡し、規則正しい呼吸音を立てている。


 ここには土壌があり、水源があり、植物があり、そしてここを『家』として留まることを選んだ現地住民のパートナーたちがいる。


 アリシアは手のひらで光る種子を見つめ、無邪気に口元を綻ばせた。


 この異世界にやって来て、偉大な功績を立てるつもりなどさらさらなかった。


 失われた古代魔法を探索する気もない。


 世界を救うといった、費用対効果の低いハイリスクなプロジェクトよりも、毎朝目覚めた時に自分の菜園に新しい葉が生えているのを見ること、自らの手で温かい食事を作ること、そしてたまに草むらで小動物たちがじゃれ合う声を聞くことのほうを、彼女は望んでいた。


 しかし、もしこの種子が、この本来は冷たくて静寂な地下洞窟を、より温かく、より生活に適した場所へと変えてくれるのなら……。


 この基地の最高責任者(CEO)として、新たなプロジェクトのスケジュール(ガントチャート)を組む義務が、彼女には確かにある。


 誰かに自分の生産価値を証明するためではない。


 ただ……彼女自身も今、この家がとても好きだからだ。


「よし」


 アリシアは木ベラを取り、菜園の最も外側で、水脈に近く、同時に地底の魔力を十分に受信できる空き地を選んだ。


「現地住民のパートナーから支給されたフラグシップ級のインセンティブだもの。このPM(プロジェクトマネージャー)が、持続可能経営(サステナビリティ)の新規開案申請を承認(アプルーブ)してあげるわ」


 彼女は泥を掘り起こし、金色の種子を優しく穴の中に収め、ふんわりとした土を被せた。


 最後に、両手で清らかな小川の水を掬い、ゆっくりと土の上に注ぎ込む。


 だが、驚天動地のエフェクトは何一つ起こらなかった。


 目を刺すような神聖な光も、突如として噴き出す天を突く樹根も、一夜にして大樹へと成長する物理法則を無視した奇跡も。


 アリシアは土の穴の傍らで丸五分間待ったが、最後には耐えかねて、ピクリとも動かない土の表面を人差し指でツンツンと突いた。

「……結局、異世界の古代テクノロジーであっても、植物の成長という基本ロジックには従わなければならないわけ?」


 彼女は少し気落ちしたようにため息をつき、スカートを払って立ち上がった。


「まあいいわ。少なくとも明日の朝、キャンプ地が丸ごと樹根によって強制立ち退き(スクラップ)にされる心配をしなくて済むものね」


 彼女は夕食の準備をするために焚き火の方へと歩き出した。


 そのため、自分が背を向けたその瞬間、後ろの土壌で極めて細微な質的変化が始まっていたことに、彼女は全く気づかなかった。


 本来は乾燥していた泥土が、まるで貪欲とも言える速度で空気中の水分を吸収し始め、石の隙間の奥深くに埋もれ、数百年間眠り続けていた名前も知らない種子たちが、ひそかに膨らみ始めた。


 小川のほとりの瑞々しい苔は、音もなく外側へと一寸ほどその領域を広げ、さらには、洞窟内の本来は少し希薄で湿っぽかった空気の中に、極めて清々しい、かすかな森の香りを孕んだ微風がひっそりと生まれ、吹き抜けた。


 変化は識別できないほど微小だったが、あの金色の種子をコアとして、まるで波紋のように、静かに外側へと拡散していた。


 深夜、アリシアはすでに干し草の上で深く眠りについていた。


 地底世界特有の青い蛍光が、静まり返った菜園を優しく包み込んでいる。


 光を放つ一匹の小さな甲虫が岩の下から這い出し、新しく耕された泥の傍らで好奇心に駆られたようにしばらく立ち止まった後、羽を羽ばたかせて草むらの中へと消えていった。


 渓水は今なお休むことなく流れ続けている。


 そして、静寂に満ちた泥土の最も深い場所で、糸のように細く、微かな星の光を放つ金色の根髭が、ついに、そっと、下方に向かって一寸だけ伸びた。


 世間から隔絶され、いくつの歳月を沈黙のまま過ごしてきたか分からない黒龍の巣穴が、その万年の歴史の中で、真の意味での『春』を迎えようとしていた。

ここまでお読みいただき、ありがとうございます!


この作品を「面白かった!」、「続きが気になる!」と思っていただけましたら、ブックマーク登録や、下の「☆☆☆☆☆」を「★★★★★」にして評価していただけると嬉しいです。


皆さんからの評価や感想が、執筆の励みになります。


これからも楽しんでいただける物語をお届けできるよう頑張りますので、よろしくお願いします!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。