隠された古代遺跡
アリシアは杖を持ち、肩から大きな布袋を斜めに掛けると、森の縁に沿って歩き始めた。
今日の目的は――「塩探しの旅」だ。
迷子になって行方不明になるのだけは避けたい。
そう考えたアリシアは、かなり慎重に歩きながら、十メートルほど進むたびに木の幹へ大きなバツ印を刻んでいった。
今日の森も、相変わらず生命力に満ちている。
むき出しだった岩には柔らかな新しい苔がびっしりと生え、小川のほとりには見たことのない小さな花が咲いている。
その近くでは、ウサギによく似ているのに、空へ突き出すような大きな耳を持った小動物が何匹も茂みの中で追いかけっこをしていた。
そのうちの一匹がアリシアに気づく。
ビクッと体を震わせたかと思うと、急ブレーキでもかけたようにその場で止まり、二本の長い耳をアンテナよりも真っ直ぐに立てた。
「おはよう。肉付きがよさそう……じゃなくて、おはようね。おチビちゃん」
危うく本音が漏れそうになったアリシアは、慌てて慈愛に満ちた笑顔を浮かべ、手を振った。
小動物はしばらく怪しい人間をじっと見つめていた。
やがて、何か危険を察知したのか。
シュッ!
一目散に草むらの奥へと逃げていった。
「今日はあなたを捕まえて、おかずにするために来たんじゃないから。安心してね」
アリシアは小さく笑い、再び歩き始めた。
しばらく進むと、周囲にそびえていた木々が少しずつまばらになっていった。
そして、今にも崩れ落ちそうなほど険しい岩壁の前で、アリシアは足を止めた。
「ん?」
何となく、その岩壁だけ色がおかしい。
まるで隠す気があるのかないのかわからないほど、雑な色合いだった。
近づいてみると、そこには絨毯にできそうなほど分厚い苔が張り付いていた。
さらに、その上から垂れ下がった太い木の根が、これでもかというほど岩壁全体を覆い隠している。
アリシアは手を伸ばし、重なった植物を力いっぱい引っ張った。
すると、その下から一本の真っ直ぐな、そして異様なほど深い溝が姿を現した。
「これ、絶対に人工物よね。しかも、かなり雑な工事の跡!」
アリシアの目が輝いた。
彼女はすぐさま袖をまくり、周囲の苔や泥を夢中になって取り除き始めた。
土埃が舞い上がる。
やがて、一つの円弧が姿を現した。
続いて、二つ目。
三つ目。
そして――。
「……!」
目の前に、巨大な円形の石台が姿を現した。
石台の表面には複雑に入り組んだ幾何学模様が刻まれている。
中央には大きな窪みがあり、その周囲には、すっかり輝きを失った晶石がいくつか転がっていた。
干からびたブドウのように、くすんでいる。
アリシアは一瞬で冗談を言うのをやめ、真剣な表情になった。
「これが……古代の転移陣?」
彼女はノートを取り出し、記憶と照らし合わせながら確認していく。
細部には多少の違いがある。
だが、全体の構造はほとんど同じだった。
特に中央に刻まれた、転移を意味するらしい奇妙な記号。
アリシアは指先を伸ばし、試すように刻印の一つへ触れた。
――ブゥン。
石台から、ほんのわずかな魔力の波動が伝わってきた。
まるで静電気に触れたような、ピリッとした感覚。
アリシアは反射的に手を引っ込めた。
「本当に……まだ使えるの?」
この施設が放置されてから、何百年経っているのかもわからない。
太い木の根が石台の中央を突き抜けているほどだ。
それなのに、内部の魔力回路は驚くほどしぶとく生き残っていた。
優秀で――そして何より命を惜しむ魔女であるアリシアは、いきなり起動させるような真似はしなかった。
「解析」
魔法を発動する。
視界の中に、青い魔力の糸が浮かび上がった。
まるで無数の電線のように、石台の上へ広がっている。
アリシアはその流れをしばらく観察し、納得したように口元を上げた。
「なるほど。主機は壊れてない。ただ、停電してるだけね」
魔力を注ぐだけなら、今のアリシアにとっては呼吸するのと大差ない。
彼女は石台の中央へ手のひらを当て、体内の魔力をゆっくりと流し込んでいく。
一秒。
二秒。
石台には何の変化も起きない。
「……もしかして、私の電力不足?」
そう疑い始めた、その瞬間だった。
――パッ!
端に転がっていた一つの枯れた晶石が、突然まばゆい光を放った。
続いて、二つ目。
三つ目。
次々と晶石が光り始める。
淡い青色の光が、流水のように刻印を走った。
長い眠りについていた魔法陣が、低い唸り声を上げる。
周囲の空気まで震え、地面に落ちていた枯れ葉が一斉に舞い上がった。
「成功した!」
魔法陣が完全に起動した瞬間。
アリシアはパッと手を引いた。
石台の中央で、半透明の光が渦を巻く。
まるで巨大なスライムのような光の幕が生まれ、その表面には激しい波紋が広がっていた。
そして、その向こう側に別の景色がぼんやりと映し出される。
見知らぬ岩場。
青々とした草地。
そして、岩の隙間から生えている奇妙な小さな草。
「向こうは……どこなのかしら?」
わからない。
だが、少なくともこの門は飾りではない。
運がよければ、向こうへ飛んだ瞬間、村の市場の目の前にでも落ちるかもしれない。
アリシアは念のため、もう一度魔法陣の安定性を確認した。
そして、近くの木の幹に大きな矢印を刻み込む。
万が一、戻ってくるときに迷わないためだ。
「よし、出発!」
アリシアは布袋をしっかりと握り、杖を持ち直した。
大きく息を吸う。
そして、目を閉じて――。
「塩のために!」
勢いよく光の幕へ足を踏み入れた。
次の瞬間。
「うっ――!?」
まるで巨大な空中ブランコとジェットコースターを同時に体験したような、猛烈な浮遊感と眩暈が襲ってきた。
視界がぐにゃりと歪む。
天地がわからなくなり、胃の中までひっくり返りそうになる。
そして――。
ドンッ。
両足が地面についた瞬間、アリシアの身体は前へ大きくよろめいた。
「わっ――!」
危うく地面に熱烈なキスをするところだったが、反射的に手を伸ばし、隣の岩壁へしがみつく。
「うっ……おえ……」
二度ほどえづいたあと、アリシアは涙目になりながら背後を振り返った。
そこには、先ほどと同じ円形の石台があった。
そして今も、安定した転移の光を放っている。
「……よかった。帰り道はちゃんと残ってる」
それだけで、アリシアは少し安心した。
ここは広々とした天然の洞窟だった。
地面は少し湿っている。
そして空気には、農園とはまったく違う、乾いた風が混じっていた。
風がある。
ということは――出口がある。
アリシアは風の流れる方向へ進んだ。
やがて、胸がつかえそうなほど狭い岩の隙間を通り抜ける。
一歩。
また一歩。
進むほど、前方から差し込む光が強くなっていく。
そしてようやく、その狭い通路を抜けた。
「……え」
アリシアは思わず口を開けた。
目の前に広がっていたのは、壮大な地下大峡谷だった。
高くそびえる岩壁が、遥か彼方まで続いている。
空こそ見えない。
だが、遠くには巨大な斜面状の天然通路があり、そこから流れ込む空気は驚くほど爽やかだった。
アリシアはその場に立ち尽くし、見知らぬ景色を見回した。
ここは、彼女の居心地のいい農園とはまるで別世界だ。
彼女は布袋から、あの「欲望リスト」を取り出した。
「とりあえず……話の通じる人間を見つけることを第一目標にしましょう」
リストを大切にしまい、アリシアは斜面状の通路へ向かって歩き始めた。
しばらく進むと、周囲の岩壁に、なんとも心強い痕跡が現れ始めた。
十字鍬で掘ったような、規則正しい跡。
さらに少し先の泥地には、踏み潰された木の板の破片まで落ちている。
アリシアはしゃがみ込み、その木片を拾い上げた。
鼻を近づける。
「腐った臭いはしない。断面も新しい……人工物だ!」
もしこの痕跡が最近残されたものなら、この道の先には商道か、あるいは鉱山労働者の休憩所か何かが繋がっている可能性が高い。
アリシアは木片を放り、手についた泥を払った。
そして、通路の先から差し込んでくる光を見上げる。
「どうやら、今日の異世界お買い物冒険は……ここからが本番みたいね」
アリシアは再び杖を握り直し、軽い足取りで前へ進んでいった。
――このときの彼女は、まだ知らなかった。
偶然見つけたこの古代の転移陣が、やがて農園の作物をこっそり外へ持ち出し、外の世界と取引するための、最も重要な秘密の通路になることを。
そして――。
通路の出口へ足を踏み出した瞬間。
強烈な光がアリシアの目を刺した。
「まぶしっ……」
目を細めながら、少しずつ視界を慣らしていく。
だが。
目の前の光景を認識した瞬間、アリシアの足がぴたりと止まった。
そこにあったのは、賑やかな市場でもなければ、親切そうな村人でもない。
ボロボロの鎧を身につけ、全身を血で染めた冒険者たちが――。
怯えきった顔で、こちらへ向かって全力疾走してきていた。
「え?」
そして、その冒険者たちの背後から。
――グォオオオオオオオオッ!!
耳をつんざくような魔物の咆哮が響き渡った。
その轟音は、地下大峡谷全体の静寂を一瞬で引き裂いた。
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