8話 侵略者は真夜中に動く
8話 侵略者は真夜中に動く
「娘をお前みたいな奴には
やらーん!」
「安心しろ。
もらうつもりなど無い。
今すぐにでも離れたいくらいだ。
可能であればこの血管というダンジョンから
解放してくれ」
「そんなこと言って、
ずっと笛ちゃんから離れないつもりだろ!
この侵略者めぇ!」
事務所内が凍りついた。
侵略者と防衛者、
相容れぬ者たちが実家で共演。
「あなた……。
本当にあのベーダー星人なの?」
笛の妹、帝呼が問う。
「あぁ。
地球人に見事返り討ちにあった。
ベーダー星のブラッドだ」
ブラッドは笛の口を借りて答えている。
「なんか信じられないな……」
「信じられないなら別に強制はしない」
「なんか可愛げがないわね、こいつ」
父親の狩は、
笛を……否、
笛の中にいるブラッドを睨み続けている。
「この人間の妹よ。
質問に答えろ」
「なっ、何よ?
わたしは帝呼よ。た・い・こ。
あんたがお世話になってる笛ちゃんの
妹のたいこよ」
「ふえにたいこだと……。
誠にどうでも良いことだ」
「呼ぶ時に便利でしょ。
覚えといて無駄じゃないわよ!」
「そうか」
「で、質問は何かしら?」
「この……
テーブルに置いてあるものはなんだ?」
「これのこと?」
「そうだ……。
これはなんだ?」
「お饅頭よ」
「オマンジュウ……
食い物か?」
「そうよ……。
食べたきゃ食べれば良いじゃない」
帝呼がそう言うと、
ブラッドはすぐさま両手で掴み、
笛の姿で貪り始めた。
「ふむ。
これは……!」
「宇宙人って饅頭食べるんだ」
「なんとも美味な……」
ブラッド《笛》が、
すごく楽しそうに食べているように見えた。
そこに、
狩が切り出した。
「……おい、お前。
俺たち地球人が憎くて仕方がねぇんだろ!?」
「?」
「だから、笛ちゃんに取り憑いて
嫌がらせのように離れないんだろ!?」
その問いに、
ブラッドは冷静に答えた。
「そういった感情はない。
地球人の本質を見抜けず戦いを挑み、
返り討ちにあった。
俺たちがただ弱かった、それだけだ」
2人の会話を聞いていた木庭が、
ぽつりと呟いた。
「カッコいい……」
「えっ?」
「はっ!
つい心の声が漏れた!」
木庭が赤面した。
確かにブラッド……。
一定層の女子が好みそうなキャラなのかもしれない。
すると、
笛がテーブルを手のひらで
タップし始めた。
「お呼びだ、代わる」
ブラッドがそう言うと――
「わたしにも喋らせなさい!」
主導権を笛に変えた。
体内にふたりいても、
どちらか片方しか話せないようだ。
「ブラッド。
あなたの言いたいことはわたしに言いなさい。
わたしからみんなに伝えてあげるから!」
『俺の言いたいことを伝えるとは思えない』
「失礼ね!
変なこと以外は伝えてあげるわよ!」
『……回収した俺の身体。
どうなったか教えないではないか』
「だからトップシークレット扱いになっていて
わたしなんかじゃ調べられないのよ!」
一人二役って大変そうだな。
木庭は笛を見ながらそう思った。
「あっ、そうだ……」
「?」
「木庭なら回収した彼の遺体がどうなったか
知ってるでしょ?」
「……うん。
でもわたしたちが一回解剖したあと、
すぐに元の状態に戻されて
地下の研究室で厳重に保管されてるわ」
「解剖したあと
元に戻すんだ?」
「あんなの初めてのことよ」
「あと、彼の仲間も
回収してなかったかって?」
「いやぁ。
それは知らないよ、わたし」
「そっか。
もしベーダー星人関係で
何かわかったら教えてくれる?」
「OK。
でもブラッドって、
束縛強めの彼氏みたいだね、笛ちん!」
「しょうもないこと言わないで。
腹が立つから……」
笛は、
木庭とブラッドには当たりがキツかった。
「ストレスのせいか毎日食欲もないの。
それなのに太ったとか言われて……
ストレス太りなのかな……?」
笛は思わず悩みを呟いた。
その時、
木庭が何かを思い出したかのように
話し出した。
「そうそう笛ちん!
食欲ないって嘘だよ!
夜な夜なファミレスでドカ食いしてるって
情報入ってるよ!」
「はぁ?
何言ってるの……。
わたしは21時以降は絶対に
食事を取らないダイエットをしてるのよ。
深夜にファミレスなんか行くわけないでしょ」
「だって夜勤明けの氷河さんと影井さんが
笛ちんを見かけたって……
声かけても無視されたって言ってたよ」
「誰と間違えてるの?」
「だって笛ちんだよ……
動画もみんなに回ってるし」
木庭はスマホの動画を笛に見せた。
見せられた動画には、
4人掛けテーブルを埋め尽くすほどの料理が並んでおり、
それを1人で次々と平らげていく笛の姿が映っていた。
笛は一瞬フェイク動画を疑ったが、
すぐに正真正銘の自分だと確証を持った。
それは、
一心不乱に食事をする笛の服装が原因だった。
薄いピンクのフリフリが付いた、
小さな子供向けのお姫様みたいなパジャマ。
家にいる時だけの、ささやかな楽しみ。
その姿だけは
絶対に誰にも見られたくないものだったのだ。
それなのに――
動画の笛は、
その秘密のパジャマ姿で
ファミレスの中でドカ食いしていたのだ。
しかも、
目つきが悪い……
どう見ても悪人面だった。
目の前で一緒に動画を見ている狩が呟いた。
「笛ちゃんは昔から
お姫様みたいな格好好きだったからなぁ」
笛は身体と声を震わせた。
「そそ……そそ……
そんなバカな!?」
「氷河さんが何度呼びかけても無視したんでしょ。
店員さんへの態度も高圧的だし、
『本当に虎落なのか?』って、
何人かに動画を送ってたわよ」
動画に写っているのは間違いなく笛だ。
ファミレスに行った記憶など最近ない。
やはり人違い……
でもこのパジャマ……
「みんなは、
『いい歳した笛ちんが
こんな可愛いパジャマを
着るわけないから人違いだ』
って言ってるんだけど、
笛ちんって基本的に頭がお花畑女子だから、
わたしは間違いなく笛ちんだって
みんなに言っといた」
「……ブ……ブッ……ブラーッド!」
笛が急に怒鳴った。
そして怒りの表情のまま、
独り言を呟き始めた。
「あなたね?
この動画に写ってるの、あなたね?」
『写っているのはお前だ、地球人』
「屁理屈はいらないのよ!
あなたがご飯食べてるんでしょ!?」
『食べているのもお前だ』
「食べた記憶がないのよ!
わたしの身体を使って、
ご飯を食べに行ったのかって聞いてるの!」
『初めからそう聞けばいいのだ。
行ったぞ。
お前が寝てから、
食料を探しに出かけるのが日課だ』
「何勝手なことしてるのよ!」
『お前は食事を取らなさすぎだ。
脳や身体、皮膚にまで栄養が回っていない。
この星では食べたい時にどこでも食事が取れるのに
どうして食べないのだ?』
「ダイエット中だからよ!」
『そんなことは知らん。
俺は足りない養分を摂取していただけだ』
「お金……。
支払いはどうしてるのよ!」
『支払い?
あぁ、あのスマホとかいうデバイスのことか?』
「デバイス?」
『初めて店に行った時、
帰ろうとしたら店員という奴に捕まってな。
金を出せと言うので殺してやろうかと思ったが、
金の代わりになるものはないかと
バッグにあったデバイスを渡してやったんだ』
「……どういうつもりよ」
『すると店員が勝手に操作しだしてな。
それで解放された』
「……」
『それからあのデバイスを使って
夜な夜な店を探しては飲食をしている。
あれはどこでも栄養が得られる
魔法のようなデバイスだ』
今のブラッドとの会話で――
どうして笛は最近太ったと言われるのか。
そして、
どうして毎朝胃がもたれていたのか
ようやく理解できた。
ぜーんぶ、コイツのせいだったのだ。
「ブラッド……」
『なんだ地球人』
「正直に言いなさい。
わたしの身体を使って他に何をしたの?」
『お前の身体の負担を考え、
食料探しくらいしかしていない。
それを日課としている』
「そう……。
それじゃ、食料を探す日課は今日までよ」
『どうしてだ地球人。
俺はそれを楽しみに――』
「今日までよ!」
『……わかった。
そうしよう』
突然怒り狂った笛に、
家族と木庭が固まった。
そしてその日、
笛は心から誓うのだった。
――絶対に。
ぜーったいに、
いつか必ず身体から追い出してやるわ、侵略者!
と……。




