2話 新しい日常
カーテンから漏れる朝の光が、
深くベッドに身体を沈める笛を
こっちの世界へと戻す。
無理やり身体を起こし、
ベッドの上で頭を抱えた。
しばらくすると意を決したように
立ち上がって、洗面台へと向かう。
防星省の仕事を休んで3日目。
どういう訳か毎朝身体がだるい。
そして胸焼けがして食欲が湧かない。
「どうしてしっかりと寝てるのに、
こんなにもしんどいの……?
それに胃が重い……。
とてもじゃないけど
朝ごはんなんて食べられそうにない」
笛は洗面台の鏡に映る
自分の顔を覗き込んだ。
——肌荒れがひどい。
『栄養はしっかりと摂るんだ。
お前は身体に必要な栄養を
まったく摂っていない』
笛の脳に話しかけるように
声が聞こえる。
『俺の星ではパンひとつ食べるのに
殺し合いが起きていた。
この星は食料に恵まれているのに
お前は食べようとしない。
死ぬつもりなのか?』
笛は鏡に映る自分を睨みつけた。
身体の中から、
ベーダー星人は続ける。
『目覚めたなら、すぐに排泄物を出すんだ。
身体に良くない』
「わたしは排泄物より
あなたを追い出したいの!
あなたがいることが
わたしの身体に良くないのよ!」
『……』
「聞いてるの!?」
『ふむ。
寝起きで急に怒るな。
脈拍が急に上がった』
「いちいち測定しなくていいのよ!」
『とにかく早く糞尿を出せ。
約束通りその間は
五感の共有は切っておいてやる』
「五感の共有なんて一生切ってなさいよ!」
『それは無理だ』
「どうして!?」
『何も見えず、聞こえず、感じなければ、
俺が退屈だろう』
「そんなのわたしの知ったこっちゃない話よ!
早く身体から出ていって!」
『ふむ。
それができているならすでにしている』
笛の身体の中に、
ダンジョンで倒されたはずの
戦闘民族ベーダー星人がいる。
それは何度夢から目覚めても
変わることのない現実だった。
——————
防星省・第6支部――
笛は有休まで使い、
体調不良を理由に3連休を取っていた。
今日は4日ぶりの出勤となる。
「雷鳥副隊長。
3連休もいただき申し訳ございませんでした」
「大丈夫か?
大した案件は無かったが、
お前がいないと色々と不安だったよ。
今日からよろしく頼む」
「かしこまりました」
一礼をし、
下がろうとした笛に、
雷鳥が思い出したかのように
声をかけた。
「虎落……」
「はい?」
「……いや。
なんでもない」
「?」
笛は雷鳥の呼びかけを
不思議に思いながら、
トボトボと自分の部署へと向かった。
すると——
「笛ちん!」
木庭がやってきた。
「良かった!
生きてて!」
木庭の顔は、
半々の確率で死ぬかもしれないと
思っていた顔だった。
「急に3日も休むからさ……
何か面白いことでも——
いやいや、
大変なことでも起こったんじゃないかって
心配してたのよ」
笛は木庭をゆっくりと睨み上げた。
「残念ね……。
なーんの変化もございませんわよ」
そう告げると、
颯爽と去って行った。
木庭はそんな笛の背中を見ながら思った。
「ふふふっ、
これは何かあったわね……」
木庭は、
すでに何かに気づきつつあった。
——————
『おい。
あいつ……俺に電流を流したり冷凍したり、
色々とやってくれた地球人だ。
殺しておこう』
「ここでは喋らないで……
あの子はあんなでも仲間よ。
仲間を傷つけて良いわけないでしょ……」
『なぜだ……お前も憎かろう。
考えは合致している』
「仲間は傷つけないの……。
あなたの星じゃないのよ」
『テレビというものを見ていると、
地球人もなかなか同族同士で
殺し合っている印象を受けたが……』
「それは一部の悪い人がやってること。
普通の地球人は人間を殺したりしないわ」
『ふむ。
ベーダー星では外に出ると、
基本的に2つ3つの死体は転がっていたが……』
「どんな星よ!」
『!』
気がつけば、
色気を全開に解き放ちながら、
剛海副隊長が目の前に立っていた。
「どうした……?
機嫌が悪いね……。
彼氏と喧嘩でもしたのかい?」
「……もっ、申し訳ございません。
つい大きな声を……」
「体調不良だったんだろ……。
顔色が良くないな……
大丈夫なのかい?」
「もうすっかり……
この通り元気です!」
一礼をし、
その場を離れようとする笛を、
剛海は呼び止めた。
「虎落……」
「……はい!」
「……少し、太ったかい?」
「はぁ!」
また大きな声を出した。
「すまない……
顔色が悪いのに、
少しぽっちゃりした気がしてね……
いや、気のせいだろう。
お大事にね」
剛海が去っていく。
——太った。
今の一言は、
不意に殴られたくらいのダメージを
心に受けた。
「侵略者を取り込んで
ショックで寝込んでたのに、
太るわけないじゃない」
剛海の言葉に
大きな不満を抱きながら
部署へと足を向けた。
「!」
突然足が動かない。
その上、
勝手に首が動いて頭が左へ向いた。
「なに……なんなの?
首が!?」
『上を見ろ』
「……上!?」
笛は侵略者に言われた通り、
天井を見上げた。
「!」
「ぎゃあぁぁー!」
天井には、
1匹のゴキブリが見えた。
『あれを食べろ……
貴重なタンパク源だ』
「ふざけるなぁ!」
『なぜだ?
虫だぞ。
殺し合って奪い合うくらいの栄養源だ』
「Gよ!
あれは栄養源ではなくてGなのよ!」
『取るのだ!』
「イヤァー!」
その日を境に、
笛は周囲から妙に
心配されるようになった。
——————
「いいこと……
今後勝手にわたしの身体を
動かそうとしないこと!
約束は必ず守って!」
『動かしていない』
「足を止めたでしょ」
『止めたのだ、
動かしてはいない』
「首は動かしたじゃない!」
『細かいぞ地球人』
笛のイライラは、
止まりそうになかった。
すると、
緊急出動のサイレンが鳴った。
——緊急出動、緊急出動。
『月鷹市にダンジョンゲート出現。
氷河小隊は直ちに急行せよ!』
笛の所属する小隊への出動命令だ。
出動に備えて、
彼女は急いで準備に入った。
——————
月鷹市のビル工事現場――
そこに1.5m級のダンジョンゲートが発生。
氷河を隊長とした、
6名のチームで現地へ向かう。
事前の情報から、
今回のダンジョンゲートは
ボンドロ星人の巣——
ボンドロ星人は、
侵略者の中では危険性の低い者に当たる。
しかし、
地球人にとっては十分脅威だ。
ゲートを放っておけば、
発生から2時間ほどで
地上へ侵略者が押し寄せる。
「これよりダンジョンに侵入し、
ボスを駆除してゲート処理作業に入る。
虎落、分析を頼む」
笛の目が緑に輝く。
「ゲートサイズ1.61m。
過去の形状やサイズ、
発光状態と照らし合わせて、
今回の侵略者はボンドロ星人で
間違いありません」
「よし!
それじゃ突入する!
いくぞ!」
「はっ!」
支部と連絡を取りながら、
ボンドロ星人のダンジョンに潜入していった。
「虎落、分析を!」
笛の能力は、
『分析』
その眼が緑に輝くと、
視界に入った相手の戦闘力や能力、
また敵の動きや位置特定まで読み取れる。
戦力にはならないが、
防星省内で
彼女の能力は重宝されている。
笛はその能力を発動させ、
侵略者を目で追い始めた。
分析係は後方にいることが鉄則だ。
だが笛は集中しすぎると、
前へ出てしまう癖があった。
気がつけば、ダンジョン内を
笛が先頭に立って歩いていた。
「おい!
虎落、前に出て行きすぎだ。
お前は後方から指示を出せばいいんだ」
氷河小隊長が笛に注意した
その時だった——
笛の頭上から、
2体のボンドロ星人が飛び出してきたのだ。
「虎落!
あぶねぇー!」
「えっ?」
笛が後ろを振り向いた。
目の前には、
爪と牙を剥き出しにした侵略者――
「下がれぇ!」
声を上げる間もなく、
強靭な爪が笛に向かって
振り下ろされた。
「やれやれ……。
この程度の相手に——」
その時、
笛の中からベーダー星人の声が聞こえた。
——ブチャッ! ズチャッ!
次の瞬間——
2体のボンドロ星人は、
袈裟斬りにされ崩れ落ちていった。




