1話 侵略のはじまり
「いい加減にして!
お願いだからわたしの身体から出ていって!」
『俺はすでに、
お前の血管を伝い
全身に行き渡っている』
「!?」
『追い出せるもの追い出してみろ』
虎落笛。
防星省・第6支部の分析官。
彼女の特殊能力は役に立つため、
ダンジョンゲートが発生すると、
出動にあたり必ず声がかかる。
危険な任務でも最後までやり遂げるため、
上司からの信頼も厚い。
控え目で真面目な防星官、
それが虎落笛だった。
そんな彼女の身体に
異変が起こりはじめていた。
——————
「笛ちん! ちょっと来て!」
同期の研究員、
木庭奈留に呼ばれ、
笛は研究室を訪れていた。
「何よ、急に……」
「この前のダンジョンから回収された、
ベーダー星人の遺体なんだけどさ。
大発見があったのよ」
ダンジョン——
それは、地球と遥か彼方の惑星を繋ぐ異空間。
先日現れたのは、
宇宙最強種のひとつ――
ベーダー星人が潜むダンジョンだった。
危険度はSSS級――国家滅亡危機クラス。
笛も『分析』という
特殊能力を持つ防星官として、
その攻略戦に参加していた。
防星官たちは
多くの犠牲を払いながらも、
侵略者の討伐に成功した。
回収された遺体は現在、
木庭たちの研究対象となっている。
「研究のため解剖してみたら……
こいつ、心臓がふたつあったの」
「……ふたつ?」
「そう。しかも片方はまだ動いてた」
「死んでるのに?」
「不思議でしょ。
それで詳しく調べてみたら、
心臓の中から淡く輝く水が出てきてさ」
「……輝く水?」
「綺麗だったよー。
でもそれを抜いた途端、
心臓が止まったのよ」
「それじゃ、その水が生命維持に
関係してたってこと?」
「たぶんね。
今日はその輝く水を見せたくってさ。
今まさに加熱実験をし――」
その時、木庭の端末が鳴った。
「げっ、上から呼び出し……。
笛ちん、ちょっと待ってて!」
「ちょっと、木庭!」
「すぐ戻るから!
コーヒーでも飲んで待ってて!」
木庭は慌ただしく研究室を出ていった。
取り残された笛はため息をつく。
「久しぶりなのに……。
変わってないな……あの子」
改めて見回せば、研究室は散らかっていた。
「絶対に変な研究して怒られてるんだわ……」
机の上にはふたつのカップ。
コーヒーミルには挽いた豆。
そして――
湯気を立てる
いつものコーヒーポットが置かれていた。
「あの子にしては気が利いてる……」
笛は言われた通り、
沸かしてあったお湯を使ってコーヒーを淹れ、
同期の帰りを待つことにした。
——————
30分後――
思ったより帰りが遅いため、
デスクのお菓子にも手をつけ、
笛は木庭の分のコーヒーも飲んでいた。
「ごめーん!
待ったよね!
説教が長くってさ!」
木庭は、髪の毛がボサボサで、
身だしなみにはあまり気を使わない
オタク系の女子だ。
性格的に控えめな笛とは、
同じメガネ仲間ということもあって気が合った。
「遅いよ。
そのせいでお菓子とコーヒーは
全部もらったけどね……」
「それくらいどうってことないよ。
本当にごめん!」
「で、わたしに見せたい輝く水ってどれ?
探したけど見つからなくてさ。
部屋、掃除した方がいいよ……」
「あれ?
実験でこのポットで沸かしてたんだけど……
空になってる……?」
「……?」
「どうしよう!
あの水、上にも報告あげてないのよ!
回収される前にいろいろ実験したかったのにぃ!」
「……」
「蒸発したのかしら?
凍らないし、電気も通さないくせに
蒸発はするのか!
これはやらかした!」
「……ねぇ、木庭」
「この部屋にまだ水蒸気として
残っているかもしれない!
なんとか集める方法を考えないと!」
「木庭ってば……」
「笛ちん、ちょっと一大事なんだ。
せっかく待ってもらってたのに
悪いんだけど——」
「わたし……
その輝く水のある場所、
知ってるかも……」
「なんと!
それならそうと早く言ってくれないと!
それで、水はいずこへ?」
「……ここ」
笛は自分の身体を指差した。
「?」
「……全部コーヒーと一緒に飲んじゃった」
「……?
今……なんて言ったの?」
「全部――
コーヒーにして一緒に飲んだって言ったのよ」
「……そんな冗談いらないから」
「冗談じゃないから……」
木庭はメガネを上げ、
目頭を押さえながら天を仰いだ。
「それってさ……
宇宙人の体液をガブ飲みしたってこと?」
「言い方……」
「どこかの民族が、
牛の血を飲む習慣があるって
聞いたことあるけど……」
「例え話を間違えてるわ……」
「とりあえず笛ちんが死んだら、
その身体研究していい?」
「あなた、研究の前に
わたしを心配しなさいよ……」
「一応、何かあったとき用に
解剖承諾書にサインを——」
「だから心配しなさいって!」
笛は心配もしない木庭に怒り、
研究室を出て行こうとした。
「待ってぇ!
何か異常が起こるかもしれないから
今晩は一緒にいよう!
何かあった場合、わたしも責任取るからさぁ!」
「今晩、
もしわたしが死んだら、
この事実を闇に葬って
わたしを解剖するつもりでしょ!」
――察しがいい。
と言いかけたが、
木庭は飲み込んで、
心の中だけでそう思った。
しかし、
残念ながら笛の足は止められず、
研究室を出ていってしまった。
——————
木庭の研究室にいる時から——
いや、
あのコーヒーを飲んでから
気分が少し悪かった。
笛は今夜、
家族とディナーに行く予定を入れている。
「……今日はキャンセルしようかな?」
そんなことを考える彼女は、
この後、どうしてもディナーを
キャンセルしなければならなくなる。
熱があるわけでもない。
吐き気があるわけでもない。
それでもキャンセルをする
理由ができてしまったのだ。
それは、なにか――?
「おい、地球人……」
「!」
「まさか……。
地球人の身体に吸収されるとは
恐れ入った……」
「ど、どこからか声が聞こえる!!」
声は身体の内側から
聞こえた。
それは先日、
ベーダー星人のダンジョンの中で聞いた、
忘れることのない恐ろしい声だった。
「本体の方は回収されて
実験に回されたか、
これが敗者の末路……
致し方のないことだ」
「身体から、
わたしの身体の中から声が聞こえる!」
「侵略に失敗し、
多くの部下も失った。
俺だけ生きていることが悔やまれる」
「わた、わたしの中に誰かいるっ!」
笛の驚きに、
体内からベーダー星人が冷静に突っ込む。
「ふむ。
自分から飲み込んでおいて、
誰かいるとはなんだ……」
「!?」
「想定外だ……。
こんなことになろうとは……」
「出て……出ていってよー!」
「出て行けとは笑止――
出て行けるのならすでに出ていっている」
「……どういうこと?
出て行けないの?」
「困っているのは
お互い様というわけだ……」
笛は思考も身体も凍りついた。
「あなた……
わたしの身体のどこにいるのよ?」
「お前の血の流れと同様に、
ダンジョンのような血管の中を
巡り巡っている」
「想像するだけでも恐ろしいわよ!
早く出ていって!」
「ふむ……
それがどうも無理そうでな……」
「……」
「……」
「……どうすんのよ?」
「まぁ……。
末長くよろしく頼む」
「!」
危険な任務でも
最後までやり遂げるため、
上司からの信頼の厚い虎落笛は、
その日からしばらく仕事を休んだ。
休暇理由は体調不良。
控え目で真面目な彼女の体内に、
ダンジョンで倒したベーダー星人が
入っているだなんて——
誰にも言えなかった。




