44話 影
登場人物の番号と種族
14209番(主人公)
14210番(狐獣人)
11054番(女エルフ)
13882番(人間・少女)
07241番(熊獣人)
08511番(女竜人)
「えっと……すぐに魔法を使用しますっ!『ヒール』!」
顔の左半分を深く切り裂かれた傷口を目にした俺と少女は、短く目配せを交わすとすぐに応急処置へと取り掛かった。前方で戦う仲間たちの背中を見る限り、まだあの黒い影達に押し込まれている様子はない。今のうちに、ここで尻もちを着いて震えている彼女から事情を聞き出すべきだと判断したからだ。
ククルちゃんによる調律と、自分自身での魔術式の書き換え。その二つの成果を経て、少女の腕輪に嵌め込まれた魔石が淡く輝く。
本来の『ヒール』であれば、傷跡すら残さない完全な状態まで肉体を再生させる。しかし、この世界では、外部魔力(この世界以外の魔力)への反発のせいでそこまでの劇的な効果は望めない。
――止血。傷口の悪化防止。そして、激痛を和らげる鎮痛効果。この三つが限界だ。
それでも、少女の魔法によって、ドクドクとあふれ出続けていた血は、まるで時を止められたかのようにピタリと凝固した。
「傷の手当てをしながらで申し訳ありません。いくつか、質問に答えてもらえるかな?」
俺は背負っていたリュックを地面に下ろし、中から取り出した包帯を彼女の頭部へ手早く巻きながら、なるべく刺激しないよう穏やかな声で語りかけた。
「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ……っ!」
だが、質問を重ねようにも、彼女は過呼吸のような状態に陥っており、まともに言葉を返せる状態ではなかった。
「……14209番、ど、ど、どうしましょう……!?」
「大丈夫だよ、13882番。焦らなくていい。――声は聞こえていますか? 大丈夫、俺の目をしっかりと見てください。ゆっくり息を吸って――そう、吐いて。俺の呼吸に合わせて。吸う――吐く。スゥー……、ハァー……」
わたわたと取り乱す少女に落ち着くよう合図を送り、俺は傷ついた女性の瞳をじっと見つめ、ゆっくりと先導しながら深呼吸を繰り返させる。
しばらくそれを繰り返し、彼女の呼吸が少しずつ規則正しいものへと落ち着いてきたタイミングを見計らって、俺は少女に介抱の役目を交代した。改めて質問を試みようとしたその時、女性の視界の端に再びうごめく影が映り込み、彼女は悲鳴を上げてパニックを起こしかけてしまう。
「13882番、この人のことは任せた。向こうの影をどうにかしないと、根本の解決にはならないみたいだ」
少女にそれだけ告げると、俺は足元に転がっていた、28班のものらしき青白く光るランタンを彼女に手渡した。そして、前線で影と戦いを繰り広げている四人のもとへと一気に合流した。
「14209番! 怪我人の様子はどうだっ!?」
影からの鋭い刺突を、左腕の爪付き盾一体型ガントレットで強引に弾き飛ばし、すかさず右腕の爪で猛烈なカウンターを見舞った熊獣人から怒声が飛ぶ。
「応急処置は済ませた! だけど、あの影を見るだけでパニックを起こしちゃうんだ。今は13882番に付き添ってもらってる。まずは目の前のこいつらを片付けたい!」
俺の言葉を聞いた熊獣人は忌々しそうに短く舌打ちをすると、眼前の影を獰猛に睨みつけた。
「だぁあああもう! クソっ! こいつら、攻撃が当たってる手応えが全然しねぇんだけどっ!!」
熊獣人の苛立ちを代弁するかのように、暗闇の奥で激しく火花を散らしながら大剣を振るう女竜人の叫び声が通路に響き渡る。
「……というわけだ、14209番。こいつらの攻撃には、確かにこちらの肉体を切り裂く実体がある。だが、俺たちの攻撃はすり抜けるように手応えをすかされる」
熊獣人が油断なく武器を構え直しながら、緊迫した声で現状を共有してくれた。
俺は熊獣人が対峙している影をじっくりと観察した。形は歪な人間のシルエットだが、その影の両手には、まるで熊獣人が今装備している『盾一体型ガントレット』と全く同じ形状の突起が形作られていた。
「みんな! 一旦俺の方に集まってくれ!」
ある一つの仮説を確認するため、俺が大きな声で集合をかけると、狐獣人、女エルフ、女竜人が即座に位置を変え、俺と熊獣人の守備範囲へと跳ね戻ってきた。
「どうしたの? 14209番」
「少し気になることがあってさ。その確認。……もしかしたら、一発で無力化できるかもしれない」
戦闘モード特有の鋭い声で問いかけてきた女エルフに応じながら、俺たちの周囲を包囲せんとする影の群れを凝視する。
それぞれの影の手元には、短槍、両刃剣、大剣を模した黒い武器が握られていた。どれも、ここにいる仲間たちの武装の形そのままだ。そして――その影達は、俺が左手に掲げている松明の揺らめく灯りの範囲へ、決して踏み込んでこようとはしなかった。
「あの影を見てくれ。アイツらの持つ武器は、全部みんなの武器の形を完璧に模倣してる。それに……」
俺は語りながら、あえて松明を前方へと大きく突き出してみせた。オレンジ色の灯りが前進した分だけ、黒い影は嫌悪感を示すようにズルリと後ろへ後退する。
「やっぱりだ。光を嫌がってる」
「『シャドウ・イミテーション』……」
俺の言葉に反応するように、女エルフの口から聞き慣れない単語が漏れ出た。
「私たちの世界に現れたことのある厄介な敵よ〜。当時の勇者が別世界からの召喚者でね、彼がそう名付けたの。『模倣する影』っていう意味だったかしら……」
「倒し方はわかりますか?」
女エルフの言葉に、狐獣人が背後の気配を警戒しながら短く問い詰める。
「影そのものを叩いても無駄よ。その近くに必ず潜んでいる『本体』を直接潰すこと。本体は、偽物の影を操作するために、対象を常に正確に捉えられる位置にいるわ」
――この狭い地下通路の空間で、常に俺たち全員を見つめ続けられる場所。
その言葉の意図を瞬時に察したのか、狐獣人が手にする短槍の手元スイッチをカチリと押し込んだ。刹那、伸縮機構を備えた穂先が真上へと目にも留まらぬ速さで伸長する。
「……違いましたか」
しかし、天井の岩肌を突いた槍は空を切り、狐獣人が少し残念そうな声を漏らした。見上げると、上空の闇では、彼女の槍の先端をピタリと防ぐように、影の槍が不気味に交差していた。
「『シャドウ・イミテーション』の本体そのものには、戦闘能力は皆無よ。本体は手のひらサイズの真っ黒いスライムのような形態をしていて、見つけるのがすごく大変ね。強い光が苦手だから、見つかるとすぐに逃げるわ…」
女エルフが油断なく視線を走らせながら、彼女の持つ知識を教えてくれる。
「ずっと俺たちを観察できる場所、か……」
俺はふと、少し後方でランタンを掲げて座り込む少女の方へと視線を戻した。
視線に気づいた少女が、不思議そうに自分の足元へとゆっくり目を落とす。青白いランタンの光を浴びた少女の背後――そこから伸びる彼女自身の不自然な影の輪郭が、液体のように微かに蠢くのが見えた。
「そこね――!」
見つけた。
手慣れた流れるような動作で、両刃剣からしなやかな大弓へと一瞬で可変させた女エルフが、少女の影へと狙いを定め、容赦なく一本の矢を解き放った。
――トスッ!!
硬い土の地面へと鋭く矢が突き刺さる音が通路に響く。それと同時に、俺たちの目の前を塞いでいた影達が、まるで幻影だったかのように一瞬で霧散し消えた。
「ピィィッ……っ!?」
ひよこの鳴き声のような、情けない奇妙な悲鳴が足元から響く。少女が驚いてランタンの光を矢の刺さった位置へと向けると、そこには真っ黒いドロドロとした粘液状のスライムが、矢に射抜かれてのたうち回っていた。その中心部にある、魔石の欠片のような結晶体が、パキンと音を立てて粉々に砕け散り、キラキラとした光の粒子となって消滅していく。
「核を壊したわよ〜」
瞬時に戦闘モードを解除した女エルフが、いつものおっとりとした間延びした声で撃破を告げた。彼女は少女のもとへと歩み寄ると、「いきなり近くに撃ってごめんねぇ〜」と優しくその頭を撫でてやった。
「これで、ようやく落ち着いて話が聞けそうだな」
「ああ、間違いない」
俺の呟きに、熊獣人が重々しく頷く。
俺は包帯を巻き終えた28班の女性勇者の前へとゆっくり近づき、その場に屈み込んで視線を合わせ、そっと語りかけた。
「もう大丈夫、敵はいなくなったから安心してください。……落ち着いてからで構いません、ここで一体何があったのか、俺たちに詳しく聞かせてほしいんです」
俺の言葉を理解した彼女は、まだ青ざめた顔のまま、今度はしっかりと、小さく頷いてみせた。
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