43話 穴の中へ
登場人物の番号と種族
14209番(主人公)
14210番(狐獣人)
11054番(女エルフ)
13882番(人間・少女)
07241番(熊獣人)
08511番(女竜人)
静まり返った屋敷の敷地内へと足を踏み入れた俺たちは、屋敷の奥へと歩を進めた。
「28班のメンバーにも任務の更新通知が行われているはずですけど……中に人の気配はありませんね」
先頭を歩く狐獣人が、鼻をスンスンと鳴らして空気の匂いを嗅ぎ分けるような仕草をしながら呟いた。
「避難民の方たちも、なんだか急に無理やり撤収させられたような雰囲気です……」
少女の細い声を聞いて辺りを見渡すと、確かに床には簡易ベッドが乱雑に倒れ、血に汚れた包帯などがそのまま散らばっていた。
おそらく第28班は、調査を優先するあまり、無理矢理避難民たちをこの屋敷から追い出したのだろう。エリクさんたち王国の兵士が支給するために持ち込んだ食料の袋も破れたまま放置されており、子供たちのものらしき小さな玩具までが床に寂しく転がっている。
「……28班の連中、ずいぶん乱暴にエリクさんたちをここから追い出したみたいだね」
「地下室の穴を調査するにあたって、いつまでも一般人を屋敷に留めておくわけにいかんという理屈は分かるが……このやり方はどうにも気に入らんな」
周囲の光景に眉をひそめた俺の言葉に、熊獣人も不快そうに顔を顰めて応じた。
「軽く見て回ったが、上の階にも人の気配はしねぇ。さっさと地下室に向かおうぜ」
俺たちが広間周辺を調べている間に、他の部屋を索敵してくれていた女竜人と女エルフが戻ってきた。女竜人は呆れたように肩を竦めながら、広間の横から伸びる廊下を一歩一歩歩いてくる。
「あのさ、11054番(女エルフ)と08511番(女竜人)って、いつもサッと消えて調査して戻ってくるよね。本当に凄いな…」
「あら? それは14210番(狐獣人)も同じよ〜?」
無駄のない動きで探索を終えてきた二人に俺が驚き混じりの感心を漏らすと、女エルフはクスッと悪戯っぽく笑って俺の背後を指さした。
「え?」
釣られて指の先――自分のすぐ後ろを振り向くと、さっきまでそこにいたはずの狐獣人の姿が忽然と消えていた。
「屋敷の外周も一通り見て回りましたが、あちらにも取り残された避難民などは確認できませんでした」
気配もなく、玄関扉からスッと狐獣人が戻ってくる。
「……皆さん、本当に凄いですね。ボクも、いつかは皆さんみたいに動いてみたいです」
少女が狐獣人、女竜人、女エルフの三人を代わる代わる見やりながら、その瞳をキラキラと憧れに輝かせていた。
「とにかく、三人が動いてくれたおかげで、この周辺が無人であることは確定した。となれば、地下室へ向かって28班との合流を急ぐぞ」
熊獣人が手早く俺たちの少し緩んだ空気を引き締めると、俺たちは一瞬で思考を切り替え、一斉に地下室へと駆け出した。
──────────────────
埃っぽい地下室に飛び込むが、やはりそこにも人影はなかった。部屋の隅には、不気味に広がった巨大な穴が口を開けている。
「地下室にもいないな。だが……穴の先から、嗅ぎ慣れない匂いが漂ってやがる」
先頭に立つ熊獣人は、即席で作った松明を片手に、ゴツゴツとした土の穴の奥を照らし出した。
穴の深淵からは冷たい風が吹き込んできており、ゴオゴオという不気味な風鳴りが、妙に大きく鼓膜を震わせる。
(───、────ぁっ!)
その時、風の音の隙間を縫って、穴の奥から微かな「人の悲鳴」のような残響が聞こえた気がした。
「っ! 奥から人の声がしました!」
熊獣人と並んで穴を覗き込んでいた狐獣人が、三角形の大きな耳をピクリと動かし、俺たちを振り返った。どうやら俺の空耳ではなかったらしい。
「急ぐぞ!」
熊獣人の短い怒号を合図に俺たちは深く頷き、暗闇の穴の中へと次々に足を踏み入れた。入口こそ一人ずつしか通れないほど狭かったが、内部は意外にも広く、横並びで二人から三人は十分に走れる空間が続いていた。
「私、先に向かうわね〜」
「同行します!」
普段の間延びした声とは一転して鋭く地を蹴った女エルフが前へと飛び出し、それを追うように狐獣人が一瞬で暗闇の奥へと姿を消した。
「あの、07241番(熊獣人)。ボクが、魔法で周囲を明るく照らしましょうか?」
松明の灯りだけで走る熊獣人に向け、少女が小走りで並びながら魔術の展開を提案する。しかし、熊獣人は即座に首を横に振った。
「いや、不要だ。ククルの嬢ちゃんに言われた通り、今は少しでも全体の魔力を温存したい。これからの戦いは極力、魔力を抑えた立ち回りを徹底しなければならんからな」
「……わかりました。ボク、魔力を使いすぎないよう気をつけます」
少女の提案を却下した熊獣人だったが、松明の橙色の炎に照らされたその厳つい横顔には、彼女の身を慮るような優しい笑みが浮かんでいた。
先へ進んだ二人を急いで追いかけながら、周囲の警戒を続けて突き進む。すると突然、正面の湾曲した通路の先から、激しい金属音と共にパチパチと明るい火花が散るのが見えた。
その周囲も、何らかの魔導具によるものか、ぼんやりとした青白い光に照らされている。狭い土の通路で必死に武器を振るう二人の背中――そしてその二人に庇われる様に尻もちを着いて激しく震えている人影の姿が視界に飛び込んできた。
「08511番! 俺に続けっ!!」
「言われなくてもッ!」
その光景を目撃した熊獣人は、持っていた松明を並走していた俺へと強引に押し付けると、女竜人へと短く声をかけた。直後、二人の踏み込みの速度が爆発的に跳ね上がる。俺と少女も走って追いかけるが、瞬く間にその背中を引き離されていった。
(さすがは獣人種……脚力の次元が違いすぎるっ!)
俺は自分とは決定的に異なる種族としての身体能力の差に、心の底から圧倒されていた。
だんだんと激しい戦闘音が近づき、ようやく俺たちが最前線に追いついたときには、通路を完全に塞ぐように立ちはだかる数体の「真っ黒い影」のような異形の姿があった。熊獣人、狐獣人、女エルフ、女竜人は、すでにそれぞれが流れるような連携で一体ずつを受け持ち、熾烈な迎撃を開始している。
前衛を仲間に任せ、俺と少女は、通路の端で尻もちを着いたままガタガタと震えている人影へと一気に駆け寄った。
「大丈夫ですかっ!? 今助けます!」
「怪我をしているところはありませんか?! ……って、ひっ、顔が……!!」
俺たちの問いかけに、絶望に染まった顔を恐怖のままこちらへと向けたその人影は――顔面の左半分を何かの爪で深く引き裂かれており、そこからドクドクと、凄まじい量の鮮血を流し続けていた。
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