40話 調律の成果
登場人物の番号と種族
14209番(主人公)
14210番(狐獣人)
11054番(女エルフ)
13882番(人間・少女)
07241番(熊獣人)
08511番(女竜人)
店裏の広場。細剣の柄を握りしめた俺は、正面にある可愛らしい手書きのゴブリンの的を見据え、ただ「刀身を真っ直ぐに伸ばす」というイメージを脳内で形にした。
瞬間、右手首にチクリと、小さな針が触れたような微かな感覚が走った。手首へ目を落とすと、吸血孔から伸びる管の太さは以前のままであるにもかかわらず、皮膚に刺さっている針そのものは、まるで医療用の注射針よりも遥かに細いものへと変化していた。
その極細の管を俺の血液が滑らかに通り、細剣へと流れ込んでいく。直後、刀身に刻まれた無数のスリットが、脈動するように美しい真紅の輝きを放ち始めた。
───シャラシャラシャラッ───
これまでのような金属音ではなく、どこか風鈴を思わせる綺麗な音を立てて刀身が滑らかに伸長していく。
俺は直立不動の姿勢のまま、ただ「的を横一文字に切り裂く」と頭の中で思い描いた。それに呼応するかのように、しなやかに伸びた真紅の刃が空間を鋭く走り――スパン! と、ゴブリンの的を完璧に真っ二つへと両断した。
切断を確認したと同時に、今度は「引き戻す」イメージを浮かべる。すると、刀身は生き物のようにスルスルと元の長さへ凝縮され、元の端正な細剣へと戻っていった。
俺が細剣を鞘へと収め、柄から手を離すと、手首に刺さっていたはずの針はいつの間にか跡形もなく抜けていた。それどころか、刺さっていた箇所をまじまじと見つめてみても、傷跡すら全く見当たらない。それほどまでに針が細微化しているのだ。
俺が不思議そうに右手を眺めていると、背後から足音もなく狐獣人が近づいてきて、俺の手首をそっと両手で掴んで凝視した。
「……針が刺さっていた箇所が、本当にまったく分かりませんね」
「ククルちゃんの調律のおかげなんだけどさ。針そのものが、前とは比べ物にならないくらいに細くなったみたいなんだ」
狐獣人の驚き混じりの呟きに、俺が実際に感じた変化を伝えていると、ドスドスと足音を立てながら熊獣人が的の方へと歩いていった。彼は真っ二つになったゴブリンの的を拾い上げると、俺の方へ歩み寄り、「見事なもんだ。寸分のブレもねぇ」とニッカリと豪快に笑った。
「あの、ククルさん……。14209番の剣って、一体どうなったのでしょうか? ボクには、以前のように荒々しく動くような感じには見えませんでしたけど……」
一連の動きを見届けていた少女が、不思議そうにククルちゃんへと尋ねる。
「お兄さん。新しい剣を使っている間、体感としてどのような感じでしたか?」
「うーん、明確に前と違うって分かったのは右腕の熱だね。前は腕が焼き切られるように熱くてめちゃくちゃ痛かったんだけど、今使った時は、心地いい熱さが右腕全体を優しく包み込む感覚だった。あとは、身体全体が少しだけ軽くなったような気もしたかな」
少女の疑問に答える形で、ククルちゃんが「ふむふむ」と頷きながら使用感を尋ねてきたので、俺は率直に感じた変化をそのまま伝えた。
「ククルちゃん。あの調律で、俺とこの剣の間に何が起きたんだ?」
「調律を始める前にも少しお伝えしましたが、今回行った内容は肉体改造とも言えるほど大規模なものでした。主に、お兄さんの剣に対する『概念の書き換え』を重点的に行い、次にお兄さんの身体の中に、これまで存在しなかった魔力の『循環路』を新しく構築したんです」
「……循環路?」
ククルちゃんの口から出た聞き慣れない専門用語に、俺は思わずオウム返しに聞き返してしまった。
「14209番以外のみんなが生まれつき持っている、魔力の通り道のことよ〜。魔力はその道を通って全身を巡るから、私たちは身体強化をしたり〜、魔法を放つことができるのよね〜」
俺の疑問を、隣にいた女エルフが優しくフォローして教えてくれた。
「その通りです! 説明を続けますね。実を言うと、そのお兄さんの持つ細剣は、一種の固有の知性を持つ『知能武器』という区分の武器だったんです」
ククルちゃんは真面目な顔つきになると、手元にあった木の棒を拾い、今回は黒板がない代わりに広場の地面へサラサラと図解を書き始めた。
「その細剣は、本来『魔力を持たない人間』が手にした時にのみ絶大な力を発揮する代物で、その代償として使用者の『血液』を要求します。吸い上げた血液を内部で魔力へと変換することで、あの刀身を伸ばすことが可能になっていたんです。さらに、戦闘の際には剣側が勝手に最適な軌道を描くよう、使用者の肉体を引っ張るアシスト機能も備わっていました。ですが、魔力を持たない人間の肉体に無理やり循環路を作り、そこに高密度の魔力を強引に通していたため、お兄さんはこれまで焼き切られるような激痛と高熱に襲われていたわけです」
「じゃあ、調律のあの時、14209番の意思に関係なく刀身が狂ったようにククルを襲ったのは……」
あの現場を思い返しながら、女竜人が合点がいったように声を漏らす。
「武器の側の……防御反応、ですか?」
その言葉を引き継ぐように、狐獣人が静かに問い詰めた。
「ええ。まさにその通りです! あの時ククルが行っていたのは、お兄さんの身体と剣の循環路を『共通化』させる作業でした。お兄さんの細剣は、絶大な力を発揮する代わりに、使えば使うほど膨大な血液を要求し、やがては使用者の肉体を破壊して思考を奪い、最終的には剣自身の意思で使用者の肉体を完全に乗っ取ってしまう『寄生型』の知能武器だったんです。だからククルは、細剣の持つ毒のような魔力を、お兄さんの身体を巡っても安全な『指定した質の魔力』だけを流すように、調律によって細剣の回路に組み込みました。これにより、細剣はお兄さんの身体を絶対に乗っ取ることができなくなったため、その支配権を奪われることへの『拒絶反応』として、元凶であるククルを攻撃してきたわけですね」
「チッ……アイツ、文字通り命を削るようなヤバすぎる武器を、オレたちに自慢げに見せびらかしてやがったのかよ……」
ククルちゃんの衝撃的な解説を聞き、女竜人があの細剣の元の持ち主の顔を思い浮かべながら、心底呆れたように吐き捨てた。
「でも、細剣の針がここまで細くなったのにも、何か理由があるのかしら〜?」
「それは、嬉しい副産物みたいなものですね! これまではお兄さんの血液を強引に貪り食っていた細剣ですが、お兄さんの身体に作った循環路と魔力を共有せざるを得なくなった結果、お兄さんの肉体にとって『最も負担の少ない、最も効率的な形状』へと、武器の側が自ら形を変えざるを得なくなったのです!」
ククルちゃんは満足げにパチンと手を叩くと、腰に手を当てて、小さな胸を誇らしげに張ってみせた。
一連の恐ろしい真実を聴き終え、俺の背中に冷たい汗が伝わった。もしあのまま何も知らずに使い続けていたら、俺の肉体は遠からず、あの真紅の剣に完全に支配され、自分のものではなくなっていたかもしれないのだ。
その未来を防ぎ、命を救ってくれたククルちゃんの圧倒的な技術。そして、その命懸けの手術を文字通り肉体で支えてくれた仲間たちの存在。俺の胸の中は、彼らへの尽きない感謝の念でいっぱいになった。
「みんな……。本当に、本当にありがとう」
俺は改めて全員に向き直り、心の底から深く頭を下げた。
顔を上げると、そこには熊獣人も、狐獣人も、女エルフも、女竜人も、そして少女も――全員がそれぞれ、「水臭いことを言うな」とでも言いたげな、温かい笑顔で、感謝を受け入れてくれた。
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