39話 調律後
登場人物の番号と種族
14209番(主人公)
14210番(狐獣人)
11054番(女エルフ)
13882番(人間・少女)
07241番(熊獣人)
08511番(女竜人)
「…………どこだ、ここ?」
目が覚めた俺の視界に飛び込んできたのは、見知らぬ木造の天井だった。思わずぽつりと独りごちる。
重い身体を起こして辺りを見回すと、そこは無骨な大剣や長剣、錆びついた鎖帷子などの武具が所狭しと並べられた、作業場の一角のような部屋だった。
俺が寝かされていたベッドはその隅にポツンと置かれており、未だズキズキと痛む重い頭を抱えながら立ち上がると、視線の先にある木製の机へと向かった。机の上には様々な武具の設計図や、アイデアをまとめた走り書きの羊皮紙が乱雑に散らばっている。壁には、ククルちゃんと思われるにっこりと笑う幼い少女が、柔らかく微笑む体格のいい白髪白髭のおじさんと一緒に描かれた絵が飾られていた。
部屋を観察していると、木製のドアが軋んだ音を立てて開き、大きな影が部屋へと入ってきた。
「よう、14209番。起きたか?」
入ってきたのは、熊獣人だった。
「ん……? あぁ、07241番か。……調律の時は、本当に申し訳なかった」
熊獣人の顔を見た瞬間、俺の脳裏に真っ先に浮かんだのは、あの調律中に細剣の刃が狂ったように暴れ、ククルちゃんを明確に狙って襲いかかった光景だった。激痛に耐えている最中、俺は自分の意思とは無関係に、細剣の奥底から伝わってくる「うっすらとした反抗と、明確な殺意」のようなものを、確かに右腕で感じ取っていた。
「ははは! 14209番、気にするな! あれはお前のせいじゃないさ。なかなかに鋭い一撃だったが、ククルの嬢ちゃんは最初からああなる危険性をすべて分かった上でやってたんだからな」
熊獣人は謝罪など一切気にしていないというように豪快に一笑に付すと、ドスドスと足音を立てて俺の傍らへと歩み寄ってきた。
「それにしても14209番。お前、元の世界じゃただの町人だったんだろ? よく最後まで耐え抜いたな。大したもんだ」
熊獣人は感心したように目を細めると、俺の肩をポンと力強く叩いた。
「ありがとう、07241番」
俺が素直に感謝を述べると、熊獣人は「おう」と短く応じた。俺は改めてこの見知らぬ部屋の正体と、自分が気を失っていた時間を尋ねた。
「ここは一体何の部屋なんだ? それと……俺はどれくらい寝ていた?」
少しだけ考える素振りを見せた熊獣人は、「ちょっと待ってろ」とだけ告げて部屋から出ていき、すぐにククルちゃんを伴って戻ってきた。
「お兄さんが目を覚ましたって熊のおじさんから聞きまして、急いで様子を見にきましたよ!」
ククルちゃんは、相変わらずとても元気いっぱいに話しかけてきてくれた。
「ククルちゃん、怪我はなかったみたいで本当によかった」
俺が安堵の笑みを向けると、彼女は「とても元気ですよ!」と親指を立てて得意げにサムズアップしてみせた。
「お兄さんが調律のショックで気を失ってから、丸三日は経ちましたからね!」
「え……? み、三日も経っているのか?」
ククルちゃんの衝撃的な言葉に、俺は目を丸くしたまま彼女の隣に立つ熊獣人を見た。彼は腕を組んだまま、深く首肯した。
「あぁ。それでも意識の覚醒は相当早い方だぞ。ククルの見立てじゃ、最悪一週間は目を覚まさないかもしれないと言われていたからな」
「お兄さんを寝かせていたこのお部屋は、ククルの『師匠』が使っていたお部屋なんです!」
ククルちゃんは部屋の空間を見上げると、「精霊さん、ずっと見守っててくれてありがとうございました!」と小さな手を合わせた。
「ここに、精霊がいるのかい?」
俺の言葉に、ククルちゃんは「はい!」と元気に頷いて説明してくれた。
「このお部屋の中には、師匠が長年連れ添った精霊さんが今も住み着いているんです。その精霊さんが、お兄さんの身体の様子をずっと側で診ててくれていたんですよ。ククルにとっても第二の師匠であり、お母さんのような大好きな精霊さんです!」
姿は見えないが、その精霊のお陰で俺の身体が早く復活したのだろう。
「そうだったんだ……。精霊さん、俺の看病をしていただき、ありがとうございました」
俺は床に跪き、地球の作法通りに三つ指を突いて、誰もいない空間へ向けて深く頭を下げた。
「えっと……『ずいぶん律儀な人間だね、気にするな』だそうです!」
俺の突然の丁寧すぎる動作に一瞬呆然としていたククルちゃんだったが、すぐに精霊からのメッセージをハッとした表情で通訳してくれた。
「さて、14209番。あの調律の後だが……右腕の具合はどうだ? 違和感はあるか?」
ククルちゃんとの会話が一段落すると、それを静かに待っていた熊獣人が真剣な声で尋ねてきた。
「右腕の具合……ううん、今は特に痛むこともないし、変わりはないかな」
俺の言葉に、熊獣人は「そうか」と一言だけ告げると、ククルちゃんと目配せを交わし、「ちょっとついてきてくれ」と俺を促して店裏の広場へと連れていった。
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陽光が降り注ぐ広場へ出ると、そこでは狐獣人、女エルフ、女竜人の三人が、新しくなった武具の感触を身体に馴染ませるための慣熟訓練――激しい模擬戦を繰り広げている最中だった。少し離れた場所では、少女が魔道具の腕輪を外して、何やら真剣な表情で弄っているところだった。
「14209番! 目覚めたのですね!」
いち早く俺の姿に気がついた狐獣人が、女竜人から放たれた猛烈な斬撃を紙一重で躱し、流れるような足捌きでこちらへと駆け寄ってきた。
「うん、みんな本当にありがとう。あの時、みんなが俺の身体を押さえてくれていなかったら、どうなっていたか分からない……」
「ほんとそうだよな、14209番のあの時の馬鹿力は、信じられないくらい凄まじかったんだからな?」
「ええ。全力で押さえ込んでいた私達も、次の日は丸一日ひどい筋肉痛に悩まされることになったわよ〜」
大剣を肩に担ぎながら女竜人がニカッと笑い、両刃剣を滑らかに大弓へと変形させた女エルフが、からかうように俺にウインクを投げかける。
「ボクは……何もできずに見守るだけでしたが、元気になってくれて、本当によかったです……」
弄り終えた腕輪を再び細い手首に装着しながら、少女は少し申し訳なさそうな、それでも心底安心した表情で俺を見つめていた。
「いや、13882番の声も、ちゃんと聞こえていたよ。励ましてくれて、ありがとう」
俺が改めて仲間たち全員に深く頭を下げると、それを見届けていたククルちゃんが、金属と何かの魔獣の皮で精巧に作られた、見慣れない美しい鞘に収められた細剣を運んできた。
「お兄さん、どうぞ! 調律を終えたあと、この剣専用の鞘を、ククルが新しく作成させていただきました!」
ククルちゃんから差し出された細剣を受け取り、その柄を握りしめる。
その瞬間、右手のひらから、じわりとした温かい熱が俺の右腕全体を優しく包み込んだ。かつてのような爆発的な熱が右腕を襲ってくることは一切ない。まるで、この剣が俺の肉体の一部として、完全に呼吸を合わせているかのような一体感だった。
「ええーっと、お兄さん。その新しくなった細剣で、あそこに見える的を思いっきり攻撃してみてください!」
ククルちゃんが小さな指で指し示した先には、どこか可愛らしく微笑ましい、手書きのゴブリンの顔が大きく描かれた特製の木製的が設置されていた。
俺は静かに頷くと、手元にある真紅の細剣の柄を、力強く握りしめた。
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