38話 調律(2)
登場人物の番号と種族
14209番(主人公)
14210番(狐獣人)
11054番(女エルフ)
13882番(人間・少女)
07241番(熊獣人)
08511番(女竜人)
無事に支払いを終えた俺たちが、それぞれの新装備を改めて入念に点検していると、ククルちゃんから不意に声がかかった。
「そうだ! お兄さん、ちょっとその右腕を診せてもらってもいいですか?」
言われるがまま、俺はククルちゃんの前に右腕を差し出した。
「うーん……うーーん?」
ククルちゃんは小さく唸り声を上げながら、俺の腕をあらゆる角度からじっくりと眺め回した。
「ククル。……どうしましたか?」
険しい顔で俺の腕を凝視するククルちゃんの姿を見て、不安になったのだろう。狐獣人が心配そうな表情で尋ねる。
「いえ、お兄さんにもう一度、二度目の『調律』を行うべきか考えていまして……」
「ええと、ククルちゃんから見て必要ならやってもらって構わないんだけど……さっき言った通り、俺たちにはもうお金が残っていないよ?」
俺の言葉に、ククルちゃんは「お金なんて取りませんよ! これは無料サービスですから!」と快活に笑った。そして、俺の腕を強引に引っ張って店内に戻り、地下にある『調律室』へと向かった。
ククルちゃんの尋常ではない表情が気になったのか、他のメンバーも心配そうに後ろをゾロゾロとついてきた。
「お兄さん、今回はその細剣を『起動した状態』で調律を行います。いつものように柄を握って、細剣の力を解放してみてください」
真剣な表情のククルちゃんに従い、俺は細剣の柄を順手に握りしめ、刀身が伸びるイメージを強く頭に思い浮かべた。
刹那、細剣の柄から針状の管が突き出し、俺の手首に突き刺さる。
(くそ、この針が食い込む瞬間が、一番痛い……!)
「ぐっ……!」
手首の吸血孔から管を通り、細剣へと俺の血液が流れ込む。右腕が徐々に熱を持ち、袖を捲り上げた皮膚の奥が、濁った赤黒い色へと変色していく。
それと連動するように、カッターナイフの切れ込みのようだった蛇腹状の刀身が、カシャカシャと音を立てて分かたれ、怪しく伸長し始めた。
───シャラシャラシャラシャラッ!───
節々の隙間から赤黒い光を漏らしながら、刃が床の上へと、とぐろを巻くようにして伸びていく。
「お兄さん。そのまま、その腕を機械の固定台の上に乗せてください」
ククルちゃんは両目に複雑な魔法陣を浮かび上がらせ、俺の腕を凝視したまま、調律用の機械を示す。俺は細剣を握りしめたまま、熱を帯びた右腕を冷たい金属の台へと預けた。
「熊のおじさん、全力の防御姿勢でククルの前に立ってください! 竜人のお姉さんはお兄さんの身体が跳ねないように上から抑えて! 狐のお姉さんとエルフのお姉さんは、それぞれお兄さんの両腕をガッチリとホールドしてください! 人のお姉さん(少女)は、ククルと一緒に急いで熊のおじさんの後ろへ避難を!」
「ク、ククルちゃん……? 一体、これから何をするつもり……?」
ククルちゃんの有無を言わせぬ緊迫した指示に、全員が瞬時に判断して動く。
太い固定帯で台に結束され、さらに三人に文字通りガッチリと身体を押さえつけられた俺は、恐る恐るククルちゃんに問いかけた。彼女はかつてないほど真剣な瞳で俺を見据えて答えた。
「この状態で、お兄さんの肉体に直接『調律』を施します。ですが前回とは違い、細剣との魔力や血液の循環を円滑に行うための『肉体改造』に近いため、腕の中にある魔力の通り道の構造そのものを強引に作り替える必要があります。その瞬間に脳が焼き切れるほどの凄まじい激痛に襲われるはずです。お兄さんの肉体がショックで暴れ、細剣の刃が暴れても大丈夫なように、皆さんで完全に押さえ込んでください。――では、始めますよ!」
ククルちゃんが言い終えた瞬間、彼女の身体の周囲に色鮮やかな粒子の光が渦巻き、機械を介して、俺の右腕の皮膚へと一斉に侵入してきた。ククルちゃんは目を皿のようにしながら、柄から伸びる脈動する管を凝視し、小さな唇から祝詞のような詩を紡ぎ出す。
その直後だった。
───ビチビチビチビチッ! バチィィッ!! バチバチッ!!!───
俺の意思を完全に無視して、右腕の筋肉が異常な形に膨れ上がり、猛烈に暴れ出した。同時に、床に伸びていた細剣の蛇腹刃が、狂った生き物のように部屋中で乱舞し始める。
そして――初めてこの細剣の力を解放した時を遥かに凌駕する、言語を絶する激痛が俺の全身を灼いた。
「あッ……!! がぁっ!! ───うあああああぁぁぁっっっ!!!???」
視界が一瞬で真っ白になるほどの激痛が脊髄を駆け抜け、狂乱したように身体が跳ね上がる。それを女竜人、狐獣人、女エルフが歯を食いしばり、必死に組み伏せる。暴走し、牙を剥いた細剣の鋼の鞭が、熊獣人の背後にいるククルちゃんたちへと襲いかかるのを、俺は薄れる感覚の境界で理解した。
「14209番っ───!!」
「耐えて! お願いだから耐えてっ!!」
「クソが、どこにこんな馬鹿力隠してやがったんだよっっ!!」
俺を必死に押さえつけている三人の、悲鳴に近い叫びが微かに鼓膜を揺らす。
「ぬおぉぉっ!!凄まじい暴れっぷりだなぁっ!!」
「14209番! ……頑張ってください、頑張って……!」
大盾ガントレットを噛み合わせ、火花を散らしながら細剣の狂刃を真っ向から受け止める熊獣人。その背後で、怯えながらも必死に祈るように声を張り上げる少女の声。
俺の肉体へと潜り込んだ光の粒子は、細剣の力と体内で激しく衝突し、その都度、神経を直接抉られるような激痛を撒き散らした。あまりの苦痛に何度も脳のスイッチが切れ、一瞬意識を失うものの、直後に襲い来る次の激痛の波によって無理やり意識を引き戻される。まさに、終わりなき無限の地獄だった。
意思に関係なく絶叫を上げ続ける喉。自分の声すら聞こえない。ただ、襲い来る痛みの嵐が過ぎ去るのを、涙と汗に塗れて耐え続けるしかなかった。
一体、どれほどの時間を耐え抜いたのだろうか。
「……はぁ、……はぁ、……っ、……」
気づけば、周囲の暴動は収まり、俺は全身から溢れ出た汗で全身を濡らしながら、壊れた人形のように荒い呼吸を繰り返していた。
「お疲れ様です……。調律、無事に、終了しましたよ……」
どこか疲弊したククルちゃんの声が聞こえた瞬間、全身の筋肉から完全に緊張の糸が抜けた。
遠のいていく意識の寸前、俺は自分の右腕へと視線を落とした。
そこにあった細剣の、あの禍々しく赤黒く濁っていた節状の刀身は――まるで淀みのない、どこまでも澄み切った、美しい「真紅」の輝きへとその色を変えていた。
それを見届けた瞬間、俺の意識は深い闇の底へと落ちていったのだった。
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