22話 アルビノ・グナッシャー・ラット
登場人物の番号と種族
14209番(主人公)
14210番(狐獣人)
11054番(女エルフ)
13882番(人間・少女)
07241番(熊獣人)
08511番(女竜人)
巨大ネズミは俺たちを視界に捉えるなり、強靭な後ろ足に力を込めて飛びかかってきた。
「……まずいっ!」
熊獣人が叫ぶと同時に右側へ走り、大盾を構える。
――ギイイィィンッ!
地下室に、鉄同士が削れ合うような耳障りな音が鳴り響いた。巨大ネズミは素早く熊獣人から距離を取ると、二本足で立ち上がり、油断なくこちらを――特に盾を構えた熊獣人を警戒するような視線を向けた。
「ククルの嬢ちゃん、いい仕事してくれたじゃねぇか。身体強化がえらく使いやすいぞ!」
熊獣人は不敵にニカッと笑う。
余談だが、彼らの話によれば、異世界における身体強化には二つのパターンがあるらしい。獣人種は日常生活や戦闘において、無意識に魔力を流し、身体機能を底上げする「身体強化魔法」を扱う。
対して、人間やエルフは魔力から現象(火や水など)を起こすのは得意だが、自身の身体のみを強化するのは苦手だという。そのため、主に付与魔術師が仲間の身体や武器に属性や強化を施すのが一般的らしい。
この巨大ネズミとの戦闘で、俺はその種族間の違いをまざまざと見せつけられることになった。
閑話休題。
最初の激突から数秒、巨大ネズミは飛びかかる仕草を見せるものの、深追いはしてこない。
睨み合いを続ける熊獣人は「こいつ……」と苦々しく呟き、剣を構えた女竜人も「隙がねぇな……」と唇を噛む。
その緊張感の中、背後から短弓を引き絞る音が聞こえた。それに合わせ、少女の声が響く。
「……『フィジカルブースト』」
瞬間、俺の体が内側から熱を帯びた。少女が身体強化を俺にもかけてくれたのだ。
俺は左腰の細剣に右手を伸ばしたが――脳裏にゴブリン戦の記憶が蘇る。握った時の熱さ、刀身を伸ばした際に走った、五寸釘を打ち込まれたようなあの激痛。
(また右腕が動かなくなるかもしれない。ククルちゃんの調律で、次も治るとは限らないのに……)
細剣への恐怖。そして、あの剣を握った時に訪れる、頭が冴え渡るような覚醒感。相反する感覚が脳内をぐるぐると回り続ける。だが、戦場は待ってはくれない。
強化された女エルフが放った矢が、風を切り裂きネズミへと飛ぶ。
「ヂュッ!!」
巨大ネズミは前足を振り払い、鋭い爪で矢を叩き落とした。そのまま天井まで跳躍し、角を蹴って跳弾のように少女へと襲いかかる。
「させません……!」
狐獣人が短槍の柄で、上空から振り下ろされる爪を受け止めた。
――が。
「え……?」
彼女の武器は呆気なく両断され、血走った眼光と共に、鋭利な爪が狐獣人の胸元を切り裂こうとしていた。
「だああああああ!!!」
俺は葛藤を怒声で掻き消し、細剣を握りしめた。狐獣人の元へ駆け、剣を振る。
爪が届く寸前で間に合い、剣と爪が火花を散らした。俺は勢いを殺せず、そのまま狐獣人に体当たりする形で彼女を突き飛ばして止まった。
体が羽のように軽い。羽を通り越して、制御できないほどの速度が出ていた。もし身体強化がなければ、あと数メートルが届かなかっただろう。
「13882番、強化サンキューな!」
「ど、ど、どういたしまして……!」
意外にも、今のところ腕に痛みや熱はない。
(これなら、迷わず最初から抜いておけばよかったな……)
そんな後悔を抱えながら、再びネズミの姿を追う。
「うらぁッ!」
背後で女竜人の声と、鉄の削り合う音が響く。振り返ると、彼女は大剣を横に構えてネズミを押し返していた。
「悪い、08511番」
「気にすんな。……だがこいつ、オレたちの陣形を露骨に崩しに来てやがるぞ」
俺が突き飛ばした狐獣人も、すぐさま立ち上がり少女を背中に庇う。
「ネズミにとって、天井も壁も床と同じです。一度動きを完全に止めないと……でも、すぐに距離を取られるので難しい」
「私の矢も、呆気なく弾かれちゃうしねぇ〜」
「ククルさんの調律のおかげで、魔石が一回の魔法で砕けなくなったのは助かります……!」
女エルフの嘆きと、少女のささやかな喜びが交錯する中、熊獣人が重々しく口を開いた。
「敵の呼称を変更する。今からこいつは『アルビノ・グナッシャー・ラット』と呼ぶ。戦闘中はネズミ呼びで構わんが、魔物名として正式に記録する。この戦いの経験で危険度を割り振ってエリクに報告……他の勇者たちと情報を共有するぞ」
熊獣人は真剣な面持ちで、三度襲いかかるネズミの連撃を盾で凌いだ。
現代日本のファンタジー作品に慣れていた俺は、そのランク付けの重要性を即座に理解し、強く頷いた。
ネズミの機動力を削ぐため、俺は細剣の刀身を伸ばす決意を固め、柄をさらに強く握り込む。
――その瞬間。
またしてもあの激痛が走った。
視界の端で、細剣の柄から伸びた見えない「針」が俺の右手首に突き刺さるのが分かった。手首から鮮血が吸い上げられ、管を通じて細剣へと運ばれていく。
吸血に応じて、刀身が禍々しい赤みを帯び、右腕が焼けるような熱を持ち始めた。
(俺の思考に呼応して……俺の血液を燃料にしているのか……?)
この剣を投げ捨てたいという恐怖と、この剣がなければ全滅するという現実。俺は再び、出口のない板挟みの感情に飲み込まれそうになっていた。
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