第五話 ―その6―
「うわっ……また!?」
再三の大きな揺れ。地震でない証拠に、音は階上から聞こえてくる。
よほどの術式が行使されたか、巨大な怪物でも暴れているのか……。どちらにしろ、予測できることは一つしかない。ザクルムの他に誰かがいるのだ。
「まさか、キルガ……?」
自分とキルガのスピード差を考えれば時間的にかなり無理があるが、それくらいしか考えられない。
(何度も音が聞こえるということは、しぶとく戦っているのか)
得体の知れないところがあったが、そこまでの力があるとは思っていなかった。この分では本当に先を越され――――
ドオオオォォォオオオン――――――ッ
「ううっ!?」
一際大きな音が―――いや、ここまでくるともう衝撃だ! この巨大な岩城自体が軋み、そしてその後は一転して静けさが支配する。
「まさか…!」
階段を飛ぶように駆け上がると、嵐の過ぎ去った後のような、荒れ果てた部屋に辿り着いた。
ドアはない。遠くに転がっている。
入り口に一歩踏み入ると、途端に異様な臭いが鼻についた。これは………腐臭? 戦いから三日経った戦場跡に似た臭いがする。
しかし部屋の中は一面が紙に埋め尽くされている。本か、メモか、あるいは本棚か、それ以外の細かな実験用具やらなどが散らかして………散らばってしまっている。床と壁と天井には大きく亀裂が奔り、口避け女が笑みを浮かべたようだ。その歪んだ痕をなぞって目線を伸ばしていくと、空で奔った稲光を受けて影が現れた。
一つは銀の縄のようなもので吊るされた、上半身だけの男。そしてもう一人は―――目を凝らして見ても真っ黒なままだ。しかしそのシルエットには覚えが……。
誰だ………?
「ここまで辿り着いたってことは、レイクマルドの野郎を倒したのか。なんつーか、ウソから出たマコトか?」
「………フェイム?」
中途半端に長い黒髪に黒マントはどう見てもフェイムなのだ、が?
フェイムの姿をした何者かは身体ごと振り返り、不機嫌な面でこちらを睨みつけた。
「フェイムじゃねぇ。アンタとは初めてまともに顔を合わせる……俺はアロンだ。アロン=グランスダイト」
「アロン……グランスダイト?」
アロン――エデアの弟――王の息子――父殺し――不死者――……フェイム??
無意識に剣に手を伸ばしていたことに気付いたのは、アロンが目を細めたからだ。しかし構えを解くわけにはいかない。
「アロン――!? フェイムに化けて世迷言を……ザクルムの幻術か!?」
「はあ? おいおい慌てんなって、ちゃんと順序良く説明してやるから。まずザクルムは、そこに下がってるヤツだ」
「………!」
闇に目を凝らしてみれば、それはおぞましい亡骸だった。斜めに分断された身体を蛇のような銀の鞭が締め上げ、その先端が胸を食い破っている。不死者が〝死んでいる〟というのが一目でわかった。
「悪いが姉貴の仇は俺がとったぜ。そっちはそっちでレイクマルドをやったんだからいいだろ」
「な、何を言っている……! いい加減、フェイムの姿で喋るのは止めろ!」
「……わかんねぇ女だ」
フェイムとは思えない、ぞっとする視線―――。
「言っとくけどな! この身体は俺のモンだ! 姿はガキの頃だが、正真正銘、俺自身だ! むしろとり憑いてるのはフェイムのほうだぜ? こっちゃあ、いい迷惑なんだよ!」
「ウソをつくな! だったらなぜエデアやマレルが何も言わなかった!? 気付かないはずがない!!」
「お前に気を遣ってたんだよ! 実は不死者と旅をしていたなんてわかった日にはその剣を抜くかもしれねぇからな、ちょうど今のように」
「そんな言い訳が……大体、不死者が法術を使えるわけがない!」
「知るかそんなこと、俺に聞くな! いいぜ、だったらその『王の目』で試してみりゃいいだろが!! 『記録』を視るそれなら、答えは一つしか出ねぇからな!!」
「っ……」
ガツンと踵を鳴らして目の前に仁王立ちするアロン(?)に対し、アシェルは手を伸ばせ……ない。
「どうした……真実を知るのが怖いか?」
「貴様……!」
「そういきり立つなよ」
逆に顎をつかまれて、引き寄せられる。間近で見る瞳は純朴な人間のものではない。しかし不死者とも違う……。どこか揺らぎがあって、エデアに似ていなくもなかった。
「フン……」
アシェルを離すと、アロンはやれやれと肩をすくめた。
「アンタにとっちゃ、俺は否定すべき存在か?」
「…………」
「………まあ、どっちでもいいが。だが俺は、結構アンタを買ってるんだぜ。アンタの過去にどんなことがあったか知らないが、人間の女が一人で不死者にケンカ売ったりしねぇよ。俺だって相当の準備をしたんだぜ?」
「……だって?」
「王殺しだよ」
アロンは転がっていた椅子を起こして座る。脚を組み、背中を丸め、膝の上に肘をついて顎を乗せる。それは狂気というより、どこか陰気だ。こんなナイーブそうな面構えのどこに、不死者王を手にかける野望があったというのか?
いや、アロンは言ったはずだ――――。
「お前は一体……?」
アロンは黒い瞳を細める。
「俺の親父殿はご存知の通り、不死者の王だった。王っていってもあれだ、格付け一位ってことで、人間社会と違って王様に従わなけりゃならない決まりも義務もあるもんじゃない。影響力は過分にあるから同じことかもしれんがな。なんせ王様は力がある、下手に逆らえば滅ぼされちまう。逆に言えば、俺や姉貴は親父の庇護を受けて育ったわけだ」
「その辺のことはエデアに聞いたわ」
「母親のことについては?」
「……何も」
「そりゃそうだ。姉貴の母親は姉貴を産んだ時に死んでしまったらしいし、姉貴にとっちゃ俺の母さんが母親代わりみたいなとこがあったからな」
「異母姉弟だったの……!?」
「そもそも姉貴とは歳が150以上違う。ところが、姉貴の母親と俺の母親には共通しているところがある。それは、生まれながらの聖女だったことだ。アンタならわかるだろ?」
「いや……」
「ハッ、マジで言ってるのか? アンタが?」
「?」
アロンがせせら笑う……どういうことだ?
「生まれながら強力な法理の力を持つ女が『聖女』……そのままだな。その中でも特別力を持つ個体は、大体百年に一人か二人かって割合で世に出るらしいが………あのクソ野郎は、それを狙って自分の子供を作ろうとしやがった!」
急にアロンの声色がドス黒くなる。瞳に憎しみが満ち満ちていく様は、窓の外で唸りを上げる雷雲のようだ。
「不死者の血は毒……。不死族は長い時を経て、血位どころか、自分の血統さえわかっていないヤツが多いからな。ガキを作るどころか、その行為自体がタブーだ。ヤっちまったら、どっちかが滅ぶことになりかねねぇ。そこでクソ王様が考えやがったのが、対の属性である聖女に子を産ませようってことだ。『研究日誌』に寄れば、霊的に不死者の血に耐えうる力があるのだとかどうとか……!」
アロンは積まれた本の山を蹴り飛ばす。フェイムの顔で牙をむき出しにしていくが、アシェルは異様な話を聞くのに頭一杯で、そこまで気が回らない。
「あの王様は女をたらしこむのが上手かったらしいな。堂々と不死者を名乗って子を孕ませたらしい。母親にとっちゃ腹の中のガキは毒素の固まりも同然だ。なんせ不死者の血が混じってるからな。それがどんだけの苦痛だったのか、俺には一生わかんねぇよ……。だがな! 母さんが俺を産むまで持たなそうになったとき、アイツは母さんの聴覚と触覚以外の全てを奪ったんだ!! 感覚を削って、霊力を高めるためにっ………くそっ!!」
アロンの魔力が嵐のように暴れ狂い、乱雑な部屋の中の何もかもを吹き飛ばしていく。アシェルは身をかがめて飛んでくる本などを払い落としながらも、アロンから目を離せない。
どこか―――似ている。
「許せねぇ……許せねえぇっ!! 母さんはずっと寝たきりで喋る事もできず、俺の声を聞いて頷くだけだった。顔もわからない俺を抱きしめて、やさしく微笑んでくれたんだ………それが……それが!! ただアイツの都合のためだけに行われたことだ!! 母さんだけじゃない、姉貴も、俺も、みんな騙してやがった!! アイツが……アイツがっ―――!!!」
「アロン……」
アロンの言いたいことはよくわからない。だけど、その怒りだけは理解できる。この怒りは自分と似ている。理不尽に狂う怨めしき炎に、その心身を焼かれているのだ。
(だけど………)
突然アロンの魔力が、糸が切れたように鎮まる。
「母さんの仇はとった。姉貴やマレルのもだ。だがこの怒りは消えず、周りには誰もいなくなっちまった……。お前もそうなんだろう? お前の目的のザクルムは滅びた。それで………その後はどうする? どうしたらいい? この永い刻を………どうしたらいいんだ、アシェル……」
「………………」
そうだ。目的を達成する瞬間をただ漠然と想い描き、がむしゃらに剣を振るってきた。そして、その時がきてしまった。
確かに仇を滅ぼした。不死者を女の手で滅ぼすなんて、普通に考えれば天地がひっくり返っても無理だ。それを成し遂げたのだから、惨殺された村の皆だってきっと浮かばれたことだろう。
しかし私はどうだ? 最後に残った私は?
結局、一人に戻るだけじゃないか………。
「私は……私、は…」
「――ハイハイ、暗いね暗いねぇ」
「? ……キルガ」
手を叩きながら飄々と現れたのはキルガだった。
「全く暗すぎるねぇ、話が。そりゃこんな薄気味悪いところじゃ気も滅入るだろうがねぇ。ま、とにもかくにもアロン君もウルトラレディも俺もお疲れさんということで」
「アンタ……」
「うん?」
「生きてたの…?」
「えぇっ!? オイオイオイ……いくら何でもそりゃないだろうに。オタクほどウルトラじゃないにしろ――」
「何者だテメェ」
アロンの瞳がギラリと光る。視線の先にはキルガ。明らかな敵意を微塵も隠さない。しかしキルガのほうは軽く鼻で笑うだけ。
「テメェ……俺が『アロン』だと知ってるな?」
「そりゃ、話が聞こえてきたから」
「ウソをつけ。俺の耳はテメェの音を拾わなかった。つーか、お前の目の色は不死者のそれだ」
「……!?」
キルガを凝視するが、特には……いや―――
「ハハ……疑いをすっ飛ばして、もう確定か。目の色のどの辺りが不死者だと?」
「ものの見方の問題だ。死を恐れていない―――死を感じていない。状況を無視して余裕があり過ぎんだよ、その歳格好の人間にしちゃあな」
「そういうものかねぇ? どう思う、うら若きウルトラレディ?」
「……………」
二人からゆっくりと二歩、三歩と離れ………姿勢を低くして構えた。指はすでに剣の柄にかかっている。
「おやぁ、まさかアロン君に賛同? ちょっと悲しいけどな」
「……黙れ。やっぱりアンタは仲間じゃない………人間じゃない。どこか怪しい気配だったのに、はっきり判別できなかった」
「不死者の感覚に慣れすぎちゃったんじゃない?」
「黙れっ! お前たちはいつもそうだ! 影に潜み、背後から襲ってくる! 何故私に近づいた!? 言え!!」
「いや、ナゼって言われても……アロン君はともかく、こっちは一応人間なんだけど。ねぇ?」
キルガは空気を読まない。というより、無視している。それはある意味アロンも同じだ。
「俺に同意を求めんな。どうにしろ、テメェは異質な存在に決まってる。俺にゃ関係ねぇがな」
アロンが掲げる右手に赤い呪印が光り、部屋の隅々から何かが飛んでくる。
「あ……!」
見覚えのある―――忘れもしない。歪な刃を携えた短剣「王の爪」! もう一つの銀色の具足は「脚」だろうか。そして最後の煌く結晶体は……? それらはゆっくりとアロンの掌に呑み込まれていく。
「ふむ……それで? アロン君はどうするのかな?」
アロンに声をかけるキルガの目つきにギョッとする。口調とは裏腹に、軽薄な雰囲気など微塵もない。獲物の挙動を見逃さない狩人のようだった。しかしアロンも獰猛さでは引けをとらない存在である。
「テメェに何か関係あんのか?」
「ない……とも言えないね。君は父王の力を得て、王になるってか?」
「テメェもかよ…。どういうつもりかしらねぇが、とにかく俺は王なんかにゃならねぇ。ただアイツから何もかも奪えればそれでいい………母さんがそうされたようにな」
「なるほど。だけどそりゃどうかな? 父王の欠片を多大に得た君は―――もはや君じゃないだろ」
「何……!?」
「証明してやるよ、アロン=グランスダイト!」
薄く笑い、キルガはアロンへと突進しながら黒剣を振り上げる! 武器の召喚と攻撃動作をワンアクションで行うそれは、無駄のない居合い抜きである。絶妙な角度から意表を突く一撃だが、アロンは持ち前の勘と反応速度で避ける。だが先手を許した分、二撃目までもとはいかない。アロンも「剣」を抜いて受け止め、刃がせめぎ合う。
「っ……テメェ!」
「ハハッ、咄嗟に出したのがそれか? いや存外、父王の欠片を信用していないのかな?」
キルガの禍々しい黒刃を受け止めるアロンの短剣は、フェイムが果物を剥いたりするのに使っていたそれだ。薄っぺらな竹細工のような刃先でよくぞ打ち合えているといったところだ。しかし不利は目に見えている。
「そら――!」
「うっ…!?」
弾き飛ばされたアロンの短剣が足元に飛んできて、ようやくアシェルは我に返った。
「あ……アンタ達、何やってんのよ!? 王になるとか、ワケのわからないことを! フェイムを傷つけるのは許さないわよ!」
「ああっ!? テメェまだ言うのかクソ女! コイツはオレの身体を―――」
「共有してるんなら一緒でしょうが!」
「寄生だ! 何度言ったらわかりやがる、あのガキが勝手に………うあ…?」
ビクンと背筋を震わせ、突然アロンが膝をつく。
「な……なんだ、これ…はっ!」
何かがずれる様に、ピシリと……アロンの全身に亀裂が奔り、赤い色が漏れ出す。それはただの血ではなく、魔力の輝き―――。
「ぐ、あ、あ…!?」
「アロン――!?」
「王の身体がバラバラになり、姿を変えてなお力を保ち続けていることに疑問を持たなかったのか? 王の欠片とは……単なるアイテムじゃなかったってことだろ」
「―――!」
飄々とするキルガの襟首を掴んで締め上げるが、キルガは薄ら笑いをやめない。
「アンタ、何を知ってる!?」
「何も知らないさ。あ、いや………一つだけ知ってるな。つまりこういう性格してるのさ、王様は」
「……へっ、やっぱりそうなのかよ……」
黒い姿を赤い光に呑まれて溶けていくアロンは横目にアシェルを見て、刹那の間だけ……
(何よ、そんな……フェイムみたいな怯えた顔……!)
手を伸ばそうとすると、再び鋭くなったアロンの瞳が拒む。
光の中に形を失っていくアロンは崩れながらも拳を握り締めると、歯を食いしばって、吼えた。
「殺してやるっ……殺してやる、ディルノアーク!! 必ず……テメエはあああぁぁっ!!!」
「アロ…っ!」
アロンが光に飲み込まれ、眩い赤光の奥から現れた姿は……
「…………フゥ」
先ほどまでのアロンの絶叫が嘘の様に、静謐とした男だった。
銀の長髪を靡かせ―――
深い青紫の衣に身を包み―――
まるで神のように。穏やかで美しく、超然無比な眼差し―――。
「え……だ…誰?」
「誰……か。それはお互い様ではあるが………名乗るのも久しいな」
男は無遠慮なまでにアシェルに近づいてくる。
動けなかった。第六感が最大の警戒を訴えるのだが、右手はなかなか動こうとしない。
(剣をっ……!)
足も楔を打ち込まれたように床に張り付いて、下がることもできない。絶体絶命…!? しかし一方で、心はなぜか男が来るのを望んで……
(…っ! 違う!)
幻術だ!
「くっ……近寄るな!」
二メートル手前で男はピクンと足を止め―――眉根を寄せて微笑した。
「言霊を操れるのか……それも、私に通じるほどに」
「彼女はウルトラレディだからな」
「ほう、なるほど。貴様以上に驚いたぞ、レトマ」
肩を竦めるキルがに男は目を向ける。
「……レトマ……?」
キルガをそう呼んだのか? 知り合い……?
「自己紹介しよう、レディ。我が名はディルノアーク=グランスダイト――不死者の王だ」
ディルノアーク。
不死者の王。
とはいえ………自分とは直接の関わりがない。憎い不死者の王ではあるが……エデアとアロンの父親……。
「しかしまぁ、すぐに俺だってバレるとはねぇ。以前とは違う姿のはずなのにな」
「フ……魂から滲み出る表情は変わらんさ。逆にわからないほうがどうかしているな。それにしても、意外と早かった。脳と心臓が揃って目覚めるように仕込んだが、少なくとも五年以上はかかると見ていたのだがな。最終的にはザクルムあたりとアロンが相対すると踏んでいた、それは予想通りなのだが、なぜか貴様もいる」
「なぁに、アンタが散り散りになったっていうのを聞いてピンときたんだよ。滅んだのではなく分かれた――――しかも剣やら何やらに変わったっていうだろ。術式事故で術者が変質するのは稀にあることだが、無機物になることはないだろ。それに、そもそもそういう風になったということを誰が知ったんだ? アロン君はおそらくアンタを攻撃するのでいっぱいいっぱいだった。アンタが変化して吹き飛んだことなんかわからなかったはずだ。だとすれば、答えは自ずと一つ。そういうウワサを流したのもアンタの仕込みだったってことだ」
「わかっていたか」
「性格はよく知ってるからな、ディルノアーク王様」
(な……何だコイツら………何を言っている!?)
一人狼狽するアシェルの前で、不死者王とキルガはまるで世間話をしているかのようだ。しかしその内容は決して聞き流していいようなものではない。今、「全ては計画だった」と言ったのだ! それはつまり――――
(アロンの復讐も、エデアやマレルの死も……全部…!?)
ガリッと奥歯を噛む音が目の前の男たちにも聞こえたらしい。目が合った瞬間、アシェルはディルノアークに対して怒りを爆発させた。
「お前の子供たちは、お前の計画のせいで死んだ……!!」
「……間違いではない。計画通りではないがね」
ディルノアークの瞳に映ると、アシェルは石化したように動けなくなってしまう。
「あ……か…っ!?」
「女性が火のような怒りの情念に捉われるのは健康的ではないな。君は少し疲れている。特異者とはいえ、女の身でこの不死者の城は堪えただろう。特にザクルムは悪趣味な狂科学者だ。ゴーレム(デク人形)の開発に明け暮れては、人間の集落に放り込んで実地実験を繰り返す」
「――――!!」
「おや………そうか、君はその被害者なのだね? ザクルムは不死者の間でもあまり評判のよくない男だった。心から同情するよ」
「ッ……他人事か貴様っ!」
「フム……。レトマ、なぜ私はこんなにも睨まれているのかな」
「そりゃあ、言ってることとやってることがおかしいからだろう。拘束しておいて何の戯言だって、このウルトラレディなら迷わず剣を抜きにかかるぜ」
「ほう、勇猛果敢なことだ。しかしそんな一人よがりでは、他人は理解しづらいぞ?」
「アンタも大概だがな……。さて、それよりも――――アンタの事情に合わせてこうやって待っていたんだ。こっちに付き合ってもらおうか」
「フ、いいだろう。曲りなりにも私の正体を見抜いていたというのなら、それなりに面白いものを見せてくれるのだと期待できる。レディ、君は少し離れて座っていたまえ」
先ほどアロンが座っていた椅子がひとりでに宙を飛んで、静かに着地する。そしてアシェルもまた同様に浮き上がり、有無を言わさず椅子に座らされた。
(強力な呪縛に念動力……それをアゴでやる! これが王………不死者の頂点に立つ者なのか!)
素直に鎮座させられている不甲斐なさに苛立ちながらも、アシェルは爪を立てることも出来ない。
そのアシェルを脇に据えて、キルガとディルノアークは互いに距離を取る。
「……ここは少し雑多すぎるな」
右手を上げた王を中心に、爆発するような突風が研究室の全てを吹き飛ばす。ザクルムの跡は、本人の死骸を含めて何もかもが飛び出てなくなった。
窓が穴に変わった研究室跡は冷たい風が真っ直ぐに吹き抜け、アシェルを身震いさせる。いや、仮に風がなくても、アシェルは背筋に奔る怖気に耐えられなかっただろう。
単純に力だけけではない。存在としての差だ。ディルノアークはただそこに在るだけで優良種であり、上位者であり、勝利者である。それゆえの王なのだ。
そしてその王を前に不敵な笑みを見せるキルガも、もはや只者ではない。人としても不死者としても得体の知れない、不可思議な男。
―――異常な二人が、そこにいる――――
「ふうぅっ!」
キルガの右手に黒く淀む魔剣が、左手に白く輝く聖杖が現れる。
「……それが貴様の答えか」
ディルノアークは表情を変えず、しかし注意深くキルガを監察している。
「転生の秘法を編み出し、脆いヒトの身体になってまで得たそれは、己自身を賭けるに足るのか?」
「その辺の判断はできないだろ。結果を知ることはできないんだからな」
放り投げたように見えて、両手の獲物は空中でピタリと静止する。そして無数に分裂して部屋の空間を埋め尽くした。
「アンタも聖魔両極に対応できるようになったんだろう。おそらくアロン君が聖者を使って術を仕掛けた時も防ぎきったとみた。彼もアンタの子だ、チリ一つ残らないように十二分な周到さだったはずだ。しかしアンタはこうして存在している……つまり術は効かず、カムフラージュに利用していたということになるのか。アンタの目的はズバリ、彼の『耳』ってとこだろ?」
「さすがはレトマだ。その読みは正しい」
「もはや同等以上の力を持つ聖者でも………そんなのがいるのかどうか怪しいとこだが、それでもアンタを倒すのは難しいだろう。だが――――」
キルガが腕を振り下ろすと剣と杖が周囲を高速で移動しながら輝きを放ち、ディルノアークを内包する黒白のドームが完成する。
「なるほど。魔法陣を構築すると同時に物理的・呪術的に脱出不可能な結界を構成するのか。なかなかいい発想だ」
「お褒めいただき、どうも」
声はわずかに聞こえてくるが―――
(何!? どうなってるの……!??)
蚊帳の外で身動きのとれないアシェルからは黒と白の光線が眩しすぎて、二人の様子がほとんど見えない。
「魔剣や聖杖の一つ一つは大したこたぁないが、コイツを起点にして高密度に構築し、反発するように仕込めば、それは何乗にも膨れ上がった純粋なエネルギーになる」
「ほう……しかしそれでは貴様も助かるまい。この岩城が崩壊するほどの威力が出るのではないか?」
「アンタを倒すには、この部屋いっぱいいっぱい使わないと足んないと思ったんでね」
「フフフフ…潔いことだ。だが……どうしようもないな、これでは」
ディルノアークが左手を掲げると、高速で飛んでいた聖杖の一つがボロボロと崩れていく。
「おっ…」
そして右手を掲げると、今度は魔剣が―――。
「この術の欠点は力場を構成する基点が全て同じだということだ。一つ潰すことが出来れば、後は早い。さあ、急がなければ私を倒すだけの力を発揮する前に、術が構成できなくなるぞ」
「はっ……愉しませてくれるね、どうも……!」
キルガが本格的に詠唱を開始するが、その間にも魔剣と聖杖は一つ、二つ、四つ……と、次々消えていく。しかし多少数は減っても魔光は眩いほどに輝き、十分すぎるほどの絶大な力を生み出すはず―――!
「はっははは! 勝ちは決まった―――」
―――パチン―――!
ディルノアークが指を鳴らした瞬間、キルガの召喚した全ての武器は砂の如く崩れて形を失った。
「あ………」
「残念だったな。両属性の術を行使するために人間に転生し、その上で術式を武器の形にしたのは大したものだが、裏を返せば、単体ではそれ以上進化することはない。解呪に成功されてしまった時点で貴様の負けは確実だったな、レトマ」
「あらら……チクショ、わざわざクライマックスまで待ってやがったな。アンタはえげつない男だよ、ホント………」
「なかなか興味深かったが、これでは及第点はやれんな」
バンッとディルノアークの足元に魔法陣が刻まれ、さらにそれを囲むように一回り大きな陣が、さらに、さらに――――アシェルの手前まで広がった。
「マネゴトでいいのならこのように。二十三層、隣り合う全てが逆ベクトルで干渉する呪力結界だ。境界面の反作用力場に呑まれれば、裂けるぞ」
「…って、逃げようもないじゃんね」
「さようなら、レトマラッド=サティンウォード。わが子よ」
立ち上った膨大な光が何色だったのか、アシェルには確認することも出来なかった。ただその後にキルガの姿はなく、天井もなく、空の厚い黒雲には裂け目ができていた。
雲間からこぼれ落ちる陽の光がディルノアークに注がれる。長い銀髪が神々しく輝くのを目の当たりにして、アシェルの怒りは頂点に達した。
「――キッサマあぁ―――!!!」
呪縛を弾きとばしたアシェルはすぐさま剣を抜き、ディルノアークに斬りかかった。ディルノアークは当然のようにひらりとかわすが、剣を握るアシェルの手には力が入る一方だ。
「キルガが、キサマの子供だと!?」
「そうだ。エデアやアロンとは違って、あくまで不死者としての血脈だが」
「それを、お前は……!!」
「さてどうだろうか………自分を巻き込んで相手を倒すなど、そんなことをする男ではないな。おそらくはまた転生していることだろう」
アシェルは絶句した。
「……本当にお前たち不死者は、得体が知れない! 自分の都合だけで他人を巻き込んで、自分の興味だけで他人に手を出す! 気取ったフリして、ケモノと同じだ!!」
「生物であれば欲求を満たそうとするのは当然だ。どれほど高尚な僧侶とて、土と水だけでは生きてはいけまい。そこに善悪の判断を求めるのは、ヒトの知恵が成す勝手な解釈に過ぎない」
「話をすりかえるな! 他人の人生に介入していい理由にならない!」
「不死者は他人を食い物にしなければ存在できない種だ。それとも、黙って座して死ねと?」
「そんなことをっ……!」
「フ……憤る気持ちもわからないではないさ」
カツンと不敵に近づいてくるディルアークに対し、アシェルは下がって距離を保つ。下手に近づけば、先ほどの二の舞になる。
「私とて人間だった時はそう考えたこともあった。しかし不死者には不死者の存在の仕方がある」
「そんな理屈が通じるか……」
「嫌でもわかる――」
声だけが響き、目の前には姿がなく………耳元に息が掛かる。
「――不死者になればな」
「ぁ……」
呼吸が、意識が停止する。後ろから抱かれ、耳から口元をそっと撫でられて、首筋に―――
「く…ああぁっ!」
振り向きざまに振り上げた右腕も軽々と摑み上げられ、アシェルはいよいよ自由を奪われる。
「イキのいいことだ」
真正面から寄せてくるディルノアークの端整な顔立ちに反吐が出そうだ。
「くっ……アタシは、不死者にはならない!」
「そのつもりはないな」
ディルノアークはアシェルの左手を引き寄せると、薬指の指輪を撫でた。
「欠片とはいえ、人間が私の秘術を使うというのだから大したものだ。それに言霊呪法……素養は十分にある」
「素養…だと?」
「私の妻になる素養だ」
「なっ……誰が!!」
摑まれたままの右手から左手に剣を持ち替えてそのまま振り下ろす―――しかしそこにはすでに不死者王の姿はない。五歩離れた後ろから声が届く。
「諦めの悪い……それだけ強い意志を持つとも言えるか」
「黙れ! もう不死者に振り回されるのはうんざりだ。私の前に立ちはだかるというのなら………不死者王、キサマを滅ぼす!」
ディルノアークは目を見開き………初めて胸の奥から愉悦を漏らした。
「フフフフ……そうか、それもいいかもしれんな。お前の魔力が高まれば、それだけ私には都合がいい……。よかろう、その時まで『王の目』は預けておく。婚約指輪代わりにな」
「何を、こんなものっ……」
…といって、外して捨てることはできない。これは王の欠片である前に、マレルから託された遺品なのだ……。
ディルノアークはスタスタと、壁のなくなった部屋の端へと歩いていく。
「私の城の場所は………教えないでおこう。すぐわかることではあるが、回り道も試練の内だからな。そうだ、一つ聞いておくか」
割れた窓の前でピタリと立ち止まり、振り返ることなくアシェルに尋ねる。
「もし私がお前を妻にすることを諦めて、何もしないと言ったら、どうする?」
「貴様の知ったことか! だけどフェイムは返してもらう……!」
「フッ……『フェイム』とはシステムだ。私に内包された、仮初めの魂に過ぎない。復活するためのキーとしてアロンに潜り込ませただけだ」
「なっ……そんな、デタラメを言うな!」
「私が法術に対抗する手段として、魔力を法力に属性転換させるためのフィルターだ。聖者に近い純粋な子供の魂を寄せ集め、固めただけの代物……フェイムという個人は存在しない」
「そんな………そんな……!」
アシェルは剣を落とし、膝を折る。
今までフェイムの裏に隠れたディルノアークを連れまわして………
マレルとエデアの死は、自分のせいなのか?
アロンを供物にして、結局はこの王の復活を手助けしていただけなのか?
「あ……あ……ああ…! ああああぁーっ!!」
失意の絶叫も、ディルノアークは涼しい顔で受け流す。
「さあ、これからどうする? 剣を捨て、人間の暮らしに戻るのか? いや……戻れるのかな? 特異者は不死者ではないが聖者でもない。されどその肉体は力を持ち、老いも寿命も人間のそれとは違うだろう。最早お前は何者でもない……そんな中で『平常』に戻れるとでも?」
「……………」
「私とて、妻に迎える女は全霊で愛す。迷う時間くらいは与えよう。……なるべくなら、結論は早いほうが有難いが。一年をタイムリミットにしよう」
「私は………」
「ん?」
「私はっ……………人間、だ……!」
「そうか」
黒いマント「王の羽」をその名の如くはためかせ、不死者の王は飛び立っていった。
…………………
「何もない……」
仇は滅んだ。剣を振るう理由はなくなり、旅の目的は果たされた。
その途中で出会った人々ももういない。
帰る故郷はとうにない。
そして……
「ついには、人間ですらなくなっちゃった………」
床に着いた手の上に涙が落ちる。でも、悲しめなかった。悲しみがこみ上げる力も残っていなかった。
こんな身体にしたマレルを恨みはしない。だが、こうなってしまっては…………
「は…ハハ…」
うつ伏せに倒れこんで、自らを笑った。それが運命に対する精一杯の抵抗だ。
たとえこのままここで倒れ伏していても………すぐには死ねないのかもしれない。その予想が間違いでないことを、身体に流れる血が教えてくれる。
仰向けに寝転がり、剣を上げて切先を己に向ける。
このまま手を離せば心臓を貫いて死ぬだろうか。いや、それには銀のクロースを脱がなきゃ駄目か………逆に地面に剣を立てて自分が覆いかぶさればいい……そんなことより、そこから飛び下りれば間違いなく――――………
「できない……できるわけない…………死ねない……………死にたくない……っ」
ガランと音を立てて転がるショートソード。その向こうに、何かが……
「あれは……」
近づいて見れば、それはアロンが―――フェイムが使っていた短剣。
拾って握ってみる。羽のように軽くて、まるで実体がないようだった。だが刃にはわずかな欠けもなく、ただただ真っ直ぐと、鋭さを誇示している。
「私は……私は――……」
昨晩上げようと思ったら繋がらず。この作品は必ず深夜にアップするのがマイルールだったのですが…‥どうでもいいや(笑)。もう少し練りつつ、「アルタナ」と並行してやっていかねば…。




