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Next Crown  作者: 夢見無終(ムッシュ)
13/30

第四話 ―その4―

「本当にこれでよかったの?」

 窓から森の奥に消えていくアシェルとフェイムを見送り、エデアはマレルに視線を移した。

 マレルはテーブルに肘をついて、だらしなく身を崩していた。これほど無気力なマレルもあまり見たことがない。

「最後の最後にあんなことしてトラウマになったら、アシェルさんは一生あなたを恨むわよ」

「それでいい。そうなるためにやったんだから」

「結果あなたの意図する通りになったとしても、お互いに苦い思いが残るだけでしょう? しかもあなたのほうが彼女よりも長い時を過ごすというのに……」

「精神的な苦痛は人でも不死者でも変わらないわ。上手くいかないときなんていくらでもある……」

 マレルはエデアの腰に腕を回し、振り向かせると、小刻みに唇を重ねていく。

「あ……マレル?」

「さっきはキスまでだったから、続き……」

 さすがに急な求めに驚く。しかし一方で自分も欲しているのに気付く。

「そ…それじゃ私の部屋へ……んっ…」

 問答無用―――マレルは半ば押さえ込むように、執拗なまでに身体を密着させてきた。

 全身でマレルの熱を感じ、重みを感じる。背中から腰に流れるマレルの手つきはやや乱暴だが、それが実は構ってもらうための甘えだということを、エデアは知っている。

 忘れてしまいたいのだ。純粋なアシェルへの思い、理解されない己の不甲斐なさ、不死者と人という、相容れない運命…………胸の内で一度は納得しても、やるせなくなる。その無念を紛らわせたいのだ。

(自分勝手な娘ね。でも………私は受け入れてあげる…)

 こういうときは自分がリードするのが一番いい。情熱的なキスを返すと、マレルは夢中になって食いついてくる。抱擁は、求め合う愛撫に変わりつつあった。

(何だか……今日は……)

 ゾクリと欲望が顔を出し、鼓動は激しく高鳴る。

 やはりマレルは自分だけのものだ。アシェルには嫉妬していた……今ならはっきりと認めることができる。そしてそうとわかれば、わだかまりなんてもう何もない。エデアは自分を抑えるのを止め、久方ぶりの激しい情欲に身を任せて―――……

「――――!!」

「――――っ!?」

 マレルが苦い顔でエデアから離れて、口元をおさえた。

「痛っ……」

「ご、ごめんなさいマレル、噛むつもりじゃ……!」

 しかしマレルは、エデアが全く予想しなかった言葉を返してきた。

「………ヤツらが、来た?」

「え……どうしてそれが……」

「キスでわかった」

 マレルは少し血の滲んだ舌をエデアの唇の隙間に割り込ませ、悩ましいほどに絡ませる。甘い味と匂いが、エデアに懐かしい衝動を呼び起こさせた。

「んぅ……こんなに燃えるのは久しぶりだというのに―――出歯亀どもが! エデア、侵入者の詳細は!?」

「え……?」

 エデアはキスの余韻にクラクラして、エデアが何を言っているのかすぐに理解できない。

「あ……と、北西の山沿いから、六十人ほど……」

「あれだけやって、たったの六十………フン、ナメてるの?」

「マレル、まさか……」

 甘えた表情から一変、猟奇的な笑みのマレル。ざわつくような予感にエデアの気分もいっぺんに冷めた。

「撃って出る。小一時間もすれば戻ってくるわ」

「一人で出向かなくても、ここで一緒に迎え撃てば………もしかして、アシェルさんのことを気にしている?」

 いや、そうだろう。間違いない。

(わかっていて口にするなんて、卑怯なことを……)

 そう思う反面、これこそ愛情の表れなのかも、と……しかしそれは勝手な自己完結だ。マレルは……マレルはどう思っている?

「……後手に回るのが嫌なだけよ。それに……」

 マレルの顔が近づき、息がかかるほどの距離―――。

「さっさと片付けて………早く続きをしたいでしょう?」

 蕩けるようなマレルの眼差し………ただし、ほんの少し迷いが見えた。やはりアシェルのことを……?

(これから争いが始まるであろうというのに、私は何の駆け引きをしているの……!)

 自分からマレルを手放した。そうすればマレルも吹っ切れて行ける。結果的にはそれが一番上手くいくし……私たちは甘え合うために二百五十年も一緒にいるわけじゃない。なにより私はマレルの「親」だ。足を引くのではなく、背中を押さねば。

「……わかったわ、マレル。でも相手も私達を相手にするのだから、それなりの策があるはず。一人で行くのは危険だわ」

「私がやられると思う?」

「……いいえ」

「向こうもそれがわかっている。戦力を小出しにしてきたのは斥候か………どちらにしろ、本気で潰しにくる部隊じゃない。ウロウロされる前に叩いておくのがいい」

「…………」

「心配しないでエデア。こういうことは私のほうが向いているし、あなたの血を受け継いだ私を超える者はそういない。エデアはただ、帰った私を抱きしめてくれるだけでいいのよ」

 マレルはエデアを抱きしめた手で、剣をとった。




 フェイムの態度は決して冷たくなかったはずだが、気にならないわけではなかった。

「結局、今日はここで野宿ですか?」

 こことはつまり、マレルの城から五キロと離れていないであろう丘の上だ。陽が落ちるにはまだもう少しあるが、全く歩く気になれない。

「陽も傾き始めているのに、あてもなく出立するのは不味かったんではないでしょうか。意地を張らずにもう一晩泊めさせていただけば……」

「別に意地なんか! でもアンタに迷惑かけたのは悪いと思ってる……」

 ごろりと横になる自分は駄々を捏ねている子供だ。それこそ『ただの小娘』………。

「くそっ…!」

「首、まだ痛みますか?」

「いや、いい……」

 フェイムの治癒法術を拒否しながらも首をさする。もう半分クセになっていたが、今は意味合いが違う。もう屈辱でしかない。包帯で巻かれた首の傷はフェイムのおかげで出血こそ止まっていたが、痕が残るのは確実だった。

 マレルリア=ガルテンバード。自分勝手で、尊大な物腰と威圧的な態度。物事を力づくで思い通りにしようとする、不死者であるべくして存在する不死者。いや、仮に人間だったとしても、我儘の塊のようなあの姫を好きになれるはずがない!

 だけど……私を愛していたのは本当だ。なまじ真っ直ぐだっただけにわかる。愛情表現は一方的で無茶苦茶だったが、本気で私を愛していたはずだ。でなければ、風呂場であんな迫り方は………できないだろう。もしあれが芝居だったら、それこそあの不死者を始末してやる―――。

「もうキャンプの準備しますよ?」

「あー……」

 もう放っておいて―――と言ってしまいたいが、そうもいかない。

(フェイムを拾った神父は死んでしまった………)

 マレルの報告のすべてだ。事実なら、フェイムの帰る場所はもうない。そしてもちろんフェイムに言えるはずもない。

 ここまでいけば一蓮托生………いや、マレルにあれだけコテンパンにやられた私と共に行くなど自殺行為だ。しかしフェイムをほっぽり出すこともできない。

「私は………このまま不死者を追い続けて、いいの?」

 口に出してしまうと一気に空しくなった。ただ………全身から力は抜けても、剣だけは手放せない。何匹もの闇の眷族の血を吸った剣が、許してくれない……。

 柄を握り締めて身体を起こす。鯉口を切れば、刀身が鋭さを誇示する。乳白色の刃は鋼のような逞しさはなかったが、魂魄を内包しているような神秘を纏っている。

(この剣は不死者を滅ぼしてきた………でも、私は?)

私は不死者に勝てるのか? 戦えるのか? 迷いを払うように剣を振る―――

「ん……?」

 剣の軌跡の先、この丘から見下ろせる平原に影が走る。馬よりも断然速い、とてつもないスピードで駆けているのは……

「……マレル?」

 ドレス姿でないからすぐにわからなかった。エデアと似たようなパンツスタイルで、剣を提げているようだ……。

「うわわっ!?」

 焚き火の用意をしていたはずのフェイムが、林の側で突然大声を上げた。

「っ…!?」

 風にのって流れる血の臭い………油断した!!

 腰を抜かしたフェイムの元へ一跳び、武器を構えて仁王立ちする。が……切先をどこに向けるか迷った。というのも、目の前に転がっていた男は上半身しかない肉体で這っていたからだ。

「な……なんと! アシェル=ミロー、と……うっ……」

「え!? な、なんで私のことを!? 何者!?」

 相手は風前の灯の命のようだが、安易に剣を下ろせない。

「わたし、は、バロック……エデア様の従者です……」

「エデアの!?」

「領の境で敵の一団と遭遇し、このような有様………。あなたがこうしてここにいる、ということは……マレルリアとは決別したのでしょうが………どうか、どうか、エデア様に危機が迫っていることを、お伝え願いたい……!」

 敵? 敵とは何のことを指している? 危機? 不死者が怖れる相手………それは!?

「敵というのは不死者なの!? どうして!? エデアは不死者の王女なんでしょう!?」

「王の娘だからこそ……次代の玉座を求める者にとっては、障害でしか…ない。それに……王が崩御されて半年……今となっては、立場ではなく……力に意味がある……」

「王が、滅んだ……?」

 そんなこと、エデアは一言も―――

「頼む……エデア様、を………っ!」

「あ!? おい!!」

 バロックと名乗ったエデアの従者は事切れてしまった。

(不死者の王が滅び……王の座を狙う他の不死者が、有力な候補であるエデアを狙う? そしてその勢力が現在侵攻中で……そうだ、マレル!)

 マレルは敵の迎撃に向かったのではないのか? そうなら武装していた意味もわかる!

(だけど、一人でどうにかなるものなの?)

 確かにあの城で戦えそうな者といえばマレルだけ。エデアは高い魔力を持っているのかもしれないが、とても戦いに向いているようには……。

 ―――どうする?

「行きましょう!」

 フェイムが珍しく声を張り上げた。

「一宿一飯の恩は返すべきです」

「一宿一飯って……不死者の争いに巻き込まれるかもしれないのよ!? しかも襲撃しているのは、王の座を狙うとてつもない不死者の集団…………あ」

 まさか、マレルはこのことをわかっていたのか? だからあんな無茶苦茶なことをして私を追い込んだのか…!? 

そんなまさか………まさか………とは、思うが………

「………………」

「アシェルさん!」

「……わかった。確かにこのまま放って行って、後から借りを作っていたなんてことがわかったら胸クソ悪い。アンタはエデアに知らせに行って。私はさっき見たマレルを追う」

「わかりました!」

 フェイムは広げかけていた荷物をまとめると、あっという間にマレルの城へと走っていった。

「なんか……今のフェイム、変だったような……」

 いつもはあんなにはっきり意見を言うことはなかったのだが……。

「……まあいいか。とにかく……」

 マレルの後を追う―――申し訳ないが、従者の遺体を埋葬するのはその後だ。




 木々を抜けたところで、ちょうど鉢合わせになった。

「おや? これはこれは……」

「キサマが来ていたのか………虫ケラが虫ケラを引き連れて」

「酷い言われようですな。前回を踏まえて屈強の猛者を集めましたのに」

 相変わらずのモーニング姿でいやらしい笑みを浮かべるザクルムの従者・レイクマルド。そしてその前を守るように、多数の獣戦士の群れ。今回は獅子戦士だけではなく人狼〈ワーウルフ〉や鳥人〈ガルドロ〉、巨熊闘士〈グリズロス〉までいる混成部隊だ。

(数ではなく編成を変えてきたということは、ケモノに連携攻撃させる気か? そんなバカな……)

 獣戦士は魔力によってそれなりの知能だけを与えられた動物。獣の本能が色濃く残っているため、異種間ではコミュニケーションをとることすら難しい。基本的に肉食獣他の種族はエサにしか見えていないはず。獣人はあくまで上等なペットだ。それを統制しようというのだから、ザクルムの変人ぶりは侮れない。

 とはいえ……あの従者が一人加わることで戦況がまた変わってくることも確かだ。つまり獣人は捨て駒。こちらの隙ができる状況を作ることができればいいわけで、混戦になるほうがレイクマルドにとっては望ましいということか。

「さて、それにしても……領域に侵入して間もなくお出迎えとは、もしや結界に引っかかったのですかな。決して小さくはないこの領土を丸ごと囲めるとはやはりグランスダイト、その力は推して知るべしというところですか。これだけの兵も、貴女一人に対してのみを考えた部隊ですからな」

「何!? それじゃ貴様は、囮―――!?」

「おっと一言多かった、失言」

「この………厚顔無恥な俗物め! くそっ――――」

 一歩後ずさりすると、黒の騎士はそれを見越したように高笑いした。

「しかし退くことは叶わない。敵を引き連れて戻ることになれば、いよいよ危うくなるでしょうから」

「貴様ごときが、相手になるか!」

「確かに私は魔力を持たぬ従者、多少身体が丈夫なくらいしか取り得のない者。されど僭越ながら、色に狂う淫らな姫君よりは長い時を過ごしておりますれば、必勝の策を携えているのは当然のこと……」

「もういい………黙れっ!」

 マレルの魔力が爆発して熱風が炸裂する。

「挑発に乗る安い女だと思っているのだろうが、本当に舐めているのはキサマらだ!! 一人ずつなら何とかなる算段? 器の違いを自覚していないようね…!!」

 マレルから湧き上がるように立ち上る巨大な炎は五つに分かれて収縮し、炎珠となる。

「五つと!? ハハハハ、つくづくあなたという人は! 前回はまだ本気ではなかったということですか? 底のない方だ……! 後の楽しみが増える!」

「耐える時間も与えるか! 薙ぎ散らしてやる!」

 闘志をむき出しにするマレルと獣人たちが激突する――――その時!

「雄ぉぉぉおっ!」

「―――!?」

 突如響いてきたその鬨の声に獣人たちは、いや不死者ですら足を止めた。裂帛する気合と共に出現した影は疾風の如き速さで駆け抜け―――

「断ああああぁぁっ!!」

 三倍以上の体格差の巨熊闘士を胴切りにし、岩のような巨体は真っ二つに斬り飛ばされた。

「ふぅぅ……よし…っ!」

「なっ……」

 レイクマルドは絶句した。巨熊闘士を一刀の元に絶命させたのは、粗末な剣で粗末な腕を振るう、人間の娘だ! 

「さぁ、次は!」

「あ……アシェル!? どういうつもりなの!」

 マレルは困惑しつつも怒鳴り散らすが、アシェルは振り返りもしない。

「アンタには関係ないでしょうが…!」

「それはこっちのセリフ――」

「うるさい! さっきようやく気付いた……アンタ、こういう事態になることを予想してあんなことしたわね。何なのよ、その気遣い……今までで一番ムカついた! もうアンタの言葉になんか耳を貸すか! 私の前に立ちはだかる敵は誰であろうと、一人残らず倒す! アンタはどうなのマレル!? 私の敵!!?」

 アシェルに剣を突きつけられたマレルは目を丸くして息を止めたが……すぐに頭を抱えてアシェルを睨み返した。

「こっちの気も知らないで……好きにすれば! 勝手にやって、勝手に死ねばいい…!」

「まだ死なない。私は闘う……闘う!!」

 アシェルは猛獣の群れへ突進する―――。一見して無謀な突撃だが、それを愚直と呼ぶには速すぎる!

「疾ッ!」

 地面を這うように極端に低い姿勢のまま倍速で駆け抜け、次々と獣人を切り伏せて圧倒する様は、まさに修羅―――。

「牙ぁぁぁッ!!」

アシェルに相対した五頭は、二度と立ち上がらなかった。

「はあ、はあ………応ああぁーっ!」

肩で息をしながらも、高まる闘争心を獣人たちに向けるアシェル。その鋭気に満ちた形相を横目で見ながら、マレルは明らかな違和感を覚えていた。

 あの力は何だ? 人間で、しかもアシェルのような二流剣士ができる芸当ではない。これほどの能力があったのなら、つい一~二時間前の勝負は簡単に終わらなかったはずだ。

(アシェルの記録はざっとしか見ていないけれど、あの強さはやはり……!)

 武器でも技でもない。魔術だ! アシェルは言霊呪法で自分自身に強力な暗示をかけて魔力を肉体に直接付加し、人の限界を超えるスピードとパワーを得ているのだ。自らの言葉が己に響きやすいのは当然――だから元々の脆弱な魔力以上の効果が出ている。

 しかしそんな強引なやり方に、人であるアシェルの身が耐えられるはずもない。そのことを自覚しているのか、使うのは一動作の一瞬のみ。肉体への負荷を減らすためにセーブしているのだろう。

(だけど今は異常に戦意が昂ぶっている。アシェルに言わせれば原因は私なのだろうけれど……どうしてそんなに突っ張る必要があるのよ!)

 ふと、アシェルの心配ばかりしている自分に気付く。確かにエデアにその迷いを突かれもした……でもそれはあくまでエデアを第一に考えてのことだ。

(一度突き放したアシェルに未練なんてあるはずが……でも……死なせたくはない。人と不死者、交わることがなくても……)

 炎珠を改めて展開しなおし、マレルも剣を握り締める。

 後方の鳥人が矢を番え、山猫術師〈キャタロス〉が魔術の狙いをアシェルに定めたが―――

「グガォッ!!?」

 炎珠からあふれ出す炎の奔流が獣人の一群を飲み込んだ。

「目の前しか見えていない。その程度の腕でよくも割り込んでこられたわね」

「うるさい、余計なお世話……!」

 アシェルは悪態を返しながらも、マレルが背中を守るように立ってくれていることにどこか安心している……。

「アシェル、一つ聞きたいのだけれど……」

「何よ」

「私とやりあったときは、手加減していたの?」

「……私が甘かっただけよ」

「そう…」

 マレルは背中合わせに、ほんの少しアシェルに身を預けた。

 自然とアシェルの足腰に力が入るが、重すぎるわけではない。むしろ気持ちまで奮起させるような、悪くない感触。

「アシェル」

「何なのよ」

「あなたのこと、好きよ」

「や…止めてよ、こんな時に――!」

「だからもし私の前で死にそうになったりしたら、問答無用で咬むわ。忘れないことね」

 固い声にドキリとする。だが、冷たくはない。アシェルは堂々と返答した。

「そんな時はこない。忘れるな」

「フ……」

 二人が構えた剣に、迷いはない。

「さあ―――来い!」

 力が、漲る―――!








 毎度ですが、ひっそりこっそり不定期更新です。本当すみません…。

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