第四話 ―その5―
マレルが飛び出してから十分後、エデアは別の気配を察知していた。
別ルートからの侵入者達は、一般人が通る街道跡に沿って真っ直ぐこちらに向かってきている。街道とマレルの城はそれほど遠くもないため、林を真っ直ぐ抜けてくれば、あと三十分足らずでここに到着するだろう。
迎撃に出たマレルが速攻で敵を掃討しても、全力疾走で往復一時間はかかる―――この別働隊は明らかに私たちを分断するのが狙いだ。
「……なんなのかしらね」
自分の口からこんなに不満の乗った声が出るのも珍しかったが、それもそうだ。いいところで邪魔をされて、その理由が覇権争いのための侵略だなんて、エデアにとってはこれ以上くだらないこともない。
マレルの従者に戸締りをさせ、自分は表へ出る。門の前は少し開けているから、迎撃するならここだ。マレルのようには剣を振るえない自分だ……視界の悪い森の中で乱戦になれば不利になるであろうことくらいはわかる。
「マレル……無事なのかしら」
剣も魔法も敵なしのマレルだが、人海戦術となればさすがに厳しいか。つい数時間前には疲労で泥のように眠っていたのだし、不安は拭えない……。
やがて敵の気配が密になり、風にのって無粋な行進が響いてくる。
現れた影は、全身甲冑で巨大な斧槍を持つ巨人。その戦士が率いるのは―――
「人間……!?」
不死者や獣人……闇の眷族は一人としていない。すべてが邪な顔で武器を持つ、人間たちだ。
「…私が誰だか、わかっているのでしょうね」
「エデア=グランスダイト……王ノ血ヲ引ク不死者ノ姫」
甲冑の男が淡々と回答する。
「解っていてその顔ぶれ……からかいに来ただけかしら?」
「貴様ノ力ハ甚大デアル。ソシテ人間ニ対シ、無用ニ寛大デアル。コノ場ニ集イシ者共ハ全テ傭兵デアリ、金ト引キ換エニ貴様ノ命ヲ奪ウコトニ躊躇シナイ。シカシ、貴様ハドウカ? タッタ一人ノ味方トモ離レテシマッタコノ場ニオイテ、マダ躊躇イガアルノデハナイカ?」
鎧の男は顔面まで覆う兜の下でほくそ笑んでいるのであろう、抑揚のない声色でもわかる。
「不死者の争いに人間を巻き込んではならない。それが闇の世界の暗黙のルールです。あなた方も、こんな無意味なことに加担するのは止めなさい! 不死者と人は違います。人が不死者の闇に入り込むなど、あってはなりません! 速やかに帰りなさい!」
しかしエデアの声を受けても傭兵たちは動じることなく、むしろ、卑下するような嘲笑を浮かべている。
「このお嬢さんが不死者の姫かぁ? まさかこの別嬪さんが、化け物に変身したりするのか?」
「不死者ってのは長生きで年取らないで魔力が高い以外は、人間とほとんど変わらないって聞いたことあるぞ」
「そうなのか!? じゃあオレが死ぬまでずっとこの姿のままってこと!? ちょっ……オレ、囲っていい!?」
「ガハハハ! オメェのような若造に捕まる不死者なんていねェよ!!」
聞く耳を持っている者は誰一人としていない。
「な…なんて下劣なの!」
「人間ノ魂ナド、粗悪ナ大鋸屑ノヨウナモノダ。特ニ役立ツワケデモナク、吹ケバ飛ビ、スグニ欲望ニ傾ク。貴様ハ生マレツイテノ不死者ユエ、ソノ愚カサヲ知ラヌノダ」
「……知ったような口を利くのね。ザクルムの使いのくせして――!」
エデアの手から放たれた鋭い雷撃が鎧男を撃つ! しかし仁王立ちのままの鎧男がわずかに輝くと、稲妻は力なく霧散する。
「……!?」
「既ニ対策済ミデアル。魔術サエ無力化デキレバ、怖ルルニ足ラズ」
「ふざけたことを……私の力がこの程度だと思っているの!?」
「ナラバ試シテミルガイイ」
雷光に怯んでいた人間たちも姿勢を立て直し、各々武器を手に取る。すっかりこちらに勝つ気でいるのだ。
「くっ……」
今の魔術は脅かす程度だった。その気になれば何十倍もの威力を出すことができるが、そうすれば人間を巻き込む。
(人間は百人以上いる。混戦になればどれだけ威力を細かく限定しても、一人だけ狙うのは………)
魔術に対する魔術処理を施した武装を持ってくるとは予想していなかった。それほどの道具となれば所持している者は限られる……いや、ザクルムなら十二分にコレクションしているはずだ。加えて、こちらに手出しさせないための人間(人質)たち……油断していた!?
「全く―――見ちゃいられねぇな!」
「!!」
突然天から響いてきた声に、その場の全員が動きを止めた。事実、その声の主は頭上―――背の高い木の枝に腰掛け、見下ろしていたのである。
黒い髪に黒い服………何よりも、不遜な黒い眼差しをエデアは忘れるはずもなかった。
「アロン……なの?」
「そうだよ、姉貴」
目の前に降り立つアロンは雰囲気こそ記憶通りだったが、姿はつい数時間前のフェイムのままである。
「アロン………本当にアロン?」
「そうだって言ってんだろ。そりゃ姿が縮んでりゃ疑うのも無理ねぇけど―――」
「アロン―――!!」
「うおっ!?」
頭ごなしに怒鳴りつけるエデアは目の前の敵も忘れて、すっかり姉の顔だった。
「どうして今まで隠れていたの!? どれだけ心配したか!!」
「そ…そう言うけどな! 大体マレルがあんなことしたから俺も調子がおかしくなったんだぞ! 姉貴がアイツの手綱をしっかり握ってねぇからだろ。甘やかして、甘えさせるくせに」
「なっ……何を言ってるの!?」
「フン。姉貴だってわかってんだろ、俺の『耳』を。『フェイム』が表に出てる時でも、ある程度は聞こえてるんだぜ」
「―――!!」
エデアは赤くなってうろたえる。アロンに盗み聞きをされること自体は今さらだが、さっきまでのマレルとのことを思い出すと、やはり羞恥に耐えられない。
「ったく……この程度で動揺するくせに、戦えるわけねぇだろ。ヤツらは俺が始末するから下がってろよ。さて―――テメェら」
マントを翻し、アロンは百人を超える敵に不敵な笑みを向けた。
「俺も聞いておいてやるよ。俺が誰だかわかってんだろうな?」
「アロン=グランスダイト……父殺シ―――王殺シ!」
「知ってんじゃねぇか。だが理解ってねぇな……。おい人間ども、わかりやすく説明してやる。俺が今、闇の世界で一番強い不死者だ。俺に逆らえば死ぬ。俺の機嫌を損ねれば苦しみもがいて死ぬ。テメェら人間が相手になるはずもねぇが―――姉貴の手前、一度だけチャンスをやる。十秒やるから消えろ」
相手の了解も確認せず作業的に口上を並べたアロンは黙って山手を眺める。太陽は山の裾野へ沈みつつあった。
「斬ぇあぁっ!」
「消えろ!」
――大熊闘士が倒される。
アシェルが加わったことで獣人たちは劇的に数を減らしていく。もはや敵ですらなかった。
「これで―――!!」
アシェルが獣人の最後の一体を切り伏せる。
(敏捷性を誇る虎槍士でさえ、ろくに相手にならない…)
戦いながらも、不自然なほど強いアシェルにマレルは疑問を感じていた。
言霊呪法の反動はアシェルの身に大きな負荷を与えているはずだ。それにもかかわらずアシェルの剣は加速的に鋭くなり、どの敵も一撃で葬っている。
「はぁっ、はぁっ………最後はお前だな、不死者……!」
「ふむ……」
肩で大きく息をするアシェルに剣を向けられ、戦闘圏内から一歩下がった所にいたレイクマルドは軽く首を捻る。しかしまるっきりナメた態度かといえば、そうでもないようだ。
「アシェルさん………とか仰いましたか。人間である貴女がなぜ不死者の戦争に参入するのか? まあそこはいいでしょう。そこのマレルリアとの息の合った連携から察することができます。大方、色仕掛けで誑かされてしまったクチでしょうからな。しかし―――その強さは一体どういうことか? 剣技は未熟に見えて、されど獣人を圧倒する。どんな手品を使っているのでしょうかな」
無遠慮に距離を縮めてくる黒の騎士。慌てて剣を構えなおそうとするアシェルを庇うようにマレルが立つ。
「ほう、仲のよろしいことで。相思相愛というところですか」
「いいや……残念ながらフラれたのよ。手を組んでいるのは渡世の義理ってところかしら」
「ハハハッ、そうですか。しかし王族の出でありながら渡世とか、そういう言葉が至極似合う………貴女の凄まじさは不死者らしくて大変好ましい。そしてその血をそちらのアシェルさんが引き継ぐわけですか」
「くどい。この娘は不死者を憎んでいるわ。不死者を滅ぼすのがこの娘の望み………誰もアシェルを不死者にすることはできない」
「さて、どうでしょうか? あなた方は目の色が似ていらっしゃる。本質的には気が合うと見ますが」
「「…………」」
アシェルとマレルは互いに見合わせて、視線が合った途端にすぐに顔を逸らしてしまう。その二人の初々しい仕草にレイクマルドも失笑せざるをえない。
「クックッ……。まあどちらにしろ、貴女とエデアの二人だけでも厄介だというのに、その上そんな活きのいい素材を仲間に引き込まれた日には手に負えませんな。そしてそこに〝父殺し〟でも加わろうものなら、指折るほどの人数でとてつもないパワーを持つことになります。すると貴女方が次代の王を名乗っても異議を唱えにくくなる………わかりますか? これでも割と必死なのですよ。ですから手段は選びません」
どこに隠し持っていたのか、レイクマルドの右手には歪に反り返った短剣が。自らに切先を向けるほど曲がったそれを手元で起用に回すと、どうともなく――――ポトリと、地面に落とした。
「…!? 何のつもり――…」
「動かないでアシェル。あれは……何か魔術処理されている。そうでなければ使い道がない」
「ご名答ですよマレルリア。しかし気付くのが数日前でなければ」
「? …………はっ!?」
あの時レイクマルドにやられた首の傷の跡が、まだ薄っすらと残っている。本来ならこの程度の傷、跡形もなく消えていなければならないはずだ!
「フフフ……お見せしましょう、我が主・ザクルムの秘術の断片を!」
両手をゆらりと広げるレイクマルドの影が揺らぎ、膨らみ、実体には存在しない腕が生えてくる。木の生長を早回しで見るようにメキメキと伸びる黒い腕は、人の背丈ほどになると折り返して逆を向き、地面に―――影に刺さっている短剣を引き抜いてのたうつ。それに伴い、短剣が暗い魔力を発揮していくのが肌で感じ取れる。
「そういうこと……ちっ!」
「フ、貴女もどういう類いの道具か気付いたようですね。だからといってどうこうできるものではありません。なんといってもこれは『王の爪』なのですから」
「王の……爪だと!? バカな……従者である貴様がなぜ扱うだけの魔力を持っている!?」
「秘術と言ったでしょう? この影は我が主の魔力の断片が具現化したもの……私が操作する限り大したことはできませんが、呪具に魔力を送り込むことくらいは十分に可能です。これをキーに魔導式武装を使えば、そこそこの不死者相手でも対応できるというわけですよ」
「下郎が……!」
目で追えないほどの速さで斬りかかるマレルだが、レイクマルドも劣らぬ身のこなしで大きく後退する――もちろん『影』も足元をピタリとついていく。
「無駄ですよ、クックック……もう手遅れです」
「くぅ……っ!」
狼狽するマレルだが、アシェルにはその理由がわからない。
「どうしたのよアンタ、何が……」
「アシェルっ!!!」
「!!」
これ以上ない激しい声とは裏腹に、振り向いたマレルの表情は絶望と怒りが入り混じり、そして哀しみで揺れていた。
「マ、マレル…?」
「アシェル……私を………――ぐあっ!?」
首を押さえて苦しむマレルに近寄ろうとすると、
「逃げるべきですよ」
レイクマルドが手で短剣を遊びながら、不気味なほど優しい声を出す。
「お教えしましょう。この剣は王の爪が変化した『王の欠片』。かつて王の右手の爪は、傷つけた者を絶対服従させる呪いが込められていたのですよ。莫大な魔力が必要ですが、その分、効力も絶大なのです。なんと言っても、血脈を無視するほどですからねぇ……これは大きい。つまり………わかりますかな?」
「……マレルに、エデアを殺させる気!?」
「そうです! それが可能なのですよ! こんな強大な能力を持っていたのですから、やはり王は侮れなかったということです。しかしその王は息子に滅ぼされ、そして王の力で娘が滅ぶ……滑稽ですよ! これ以上の詩物語もないものだ!」
「貴様っ………ふざけるなあっ!!」
「む…!?」
黒い紳士から嘲笑が消え、ワンテンポ遅れて後ずさりする。余裕はわずかな畏れに変わっていた。
「何だ今のは、気味が悪い……。やはり貴様も始末しておくのが安全か……」
「ぐ…っ、アシェル……!」
苦悶するマレル。首に奔る傷跡から黒い呪縛が、血管に沿って広がっていくのが見て取れる。比例して、瞳から徐々に意志の光が消えつつあった。
「アシェル……アシェ…ル!」
「おやおや…まだ意識を保てるとは、全く末恐ろしい! 猛々しく不屈で強靭な精神力……王の資質を持っているのはマレルリア、案外貴女なのかもしれませんね」
「クソヒゲが……っ!」
「髭だけは褒め言葉と受けておきましょうか。ではマレルリア……そこのアシェルを、そしてエデアを討ちなさい。まずはそれからです」
「うあ!? あ…あ……あっ…!!」
マレルは苦しみながらも、身体は無理矢理糸で吊り上げられるようにスルリ、スルリと立ち上がっていく。
「さあアシェルさん……呪われたマレルリアを救うには、滅ぼすしかありません」
「救う……だと!?」
「マレルリアはエデアに切先を向けるくらいなら自らの滅亡を望むでしょう。しかし不死者はその血脈により自刃することができませんからねぇ。エデアとマレルリアが最悪の悲劇を迎えないためには、貴女がマレルリアの心臓を貫いて差し上げるのです」
「――――!!」
アシェルの指先が震えて、止まらなくなる。
「不死者が憎いのでしょう? そこの不死者は低俗な端女ですが、腕はそれなりですから相手にはちょうどいいでしょうよ、クックックック………健闘を祈っておりますよ」
足元の影が身体を覆い隠すように広がり、レイクマルドはその場から消え去る。
アシェルの震えは止まらない。先ほどまで獣人を圧していた気迫など、砂粒ほども残っていない。
不死者の、正しい殺し方―――――
「……そんなこと……そんなこと、できるわけがっ!!」
迷いは、あまりにも致命的だった。
突然の衝撃に筋肉と骨が一気に軋む。アシェルに掴みかかったマレルは、獣のように喘ぐ息をアシェルの首へ――――
「あっ!?………うあああああっ…!」
マレルの歯は包帯の上からアシェルの傷を抉り、マレルは喉を鳴らして、甘美な赤を啜る―――。
久しぶりの更新で申し訳ありません。「アルタナ」の後書きでも書きましたが、PCが物理的に壊れ、データを探すのに手間取ってました。正直あまり読者のいない本作ですが(苦笑)、まだまだ先は長いので続けて掲載していきます。




