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『アルストラーナ伝記』  作者: リアトト
『聖地エルサ・ルーメン』帝国歴322年
64/142

『転生姫と星降る古都の宴』


光と緑の奇蹟によって完全に活気を取り戻した一行は、次なる目的地へと足を向けた。ルシアが案内したのは、先日の激しい戦闘の際、自らの手で派手に破壊してしまった正面の城門だった。無惨に崩れ落ちた巨石が転がるその場所で、ルシアは再び静かに右手を掲げる。空間がうなりを上げ、砕けた石塊が生き物のように宙へと舞い上がった。それらはパズルのピースが組み合わさるようにして寸分の狂いもなく元の場所へと収まり、かつての威容を誇る堅牢な城門が、またしても一瞬にして元通りに修復されたのである。市民たちはもはや驚きを通り越し、神への祈りにも似た歓声を神聖な城門へと捧げていた。

やがて古都エルサ・ルーメンに穏やかな夜の帳が降りる頃、ルシアの計画による祝宴の舞台は、広大な野外演劇場へと移された。戦火を免れた劇場の客席は、昼間の奇蹟を目の当たりにして興奮冷めやらぬ市民たちと、彼らを静かに見守る聖騎士たちで埋め尽くされている。

松明の柔らかな炎が揺らめく舞台の上に、純白の衣装を纏ったルシアとセシリアが静かに姿を現した。二人の前には、古風で優美な弦楽器――古琴こきんが置かれている。

二人が息を合わせ、静かに指先を滑らせると、夜の静寂を震わせて幽玄な調べが響き渡った。一音一音が高く、深く、古都の夜空へと吸い込まれていく。ルシアの奏でる凛とした旋律と、セシリアの奏でる包み込むような温かな音色が完璧な調和を生み出し、観客たちの心を瞬く間に魅了していった。昼間の熱狂はどこへやら、演劇場は水を打ったような静けさに包まれ、誰もがその神聖な演奏に深く聞き惚れていた。

演奏が終わり、割れんばかりの拍手が沸き起こる中、今度はベルトトが舞台の脇へと進み出た。彼は慣れた手つきで小堤こづつみを抱えると、軽快で小気味よい音を響かせ始める。そのリズムを合図に、ヴィオが鋭い足取りで舞台の中央へと躍り出た。

月光を浴びて、ヴィオの構えた細剣が鋭くきらめく。ベルトトの叩く小堤の音色に合わせ、ヴィオは純白の装束の裾を翻しながら、激しくも美しい剣舞を舞い始めた。空を切り裂く剣の軌跡が、まるで幾重もの光の帯となって夜闇に浮かび上がる。その一糸乱れぬ躍動感あふれる演舞に、聖騎士たちからも熱い歓声が上がった。

ヴィオの剣舞が鮮やかに決まると、続いてココロギが静々と舞台の真ん中へ歩み出た。

ココロギは両手に持った華やかな扇子を優雅に広げると、小さく一礼した。彼女は「芸術の都」「花の都」と称される麗しきルミナリアで生まれ育った娘である。普段の気弱で頭を下げてばかりいる姿からは想像もつかないほど、ひとたび舞を始めると、その一挙手一投足には洗練された気品が満ちあふれていた。扇子が描く柔らかな曲線と、夜風にふわりと舞う衣装の動きは、まるで舞台の上に大輪の花が咲き乱れているかのようだった。観客たちは彼女の優雅な身のこなしに息を呑み、惜しみない賛辞の拍手を送った。ココロギは少し照れくさそうに、しかし嬉しそうに「へへへ」と微笑んだ。

宴が最高潮に達し、夜もいよいよ更けてきた頃。ルシアは隣に座るセシリアの肩をそっと叩き、夜空を指差した。

「お母様、ご覧ください。これが今夜の、私からの本当の贈り物です」

その言葉が終わるか終わらないかのうちに、ヒュウゥゥ……と夜の静寂を切り裂くような鋭い音が響き渡った。市民たちが一斉に天を見上げた瞬間、古都エルサ・ルーメンの夜空に、これまでに見たこともないほど巨大な光の大輪が鮮やかに弾けた。

ドォン、という地響きのような重低音とともに、赤、青、金、紫といった色とりどりのきらめきが夜空を埋め尽くしていく。ルシアがあらかじめ精緻に計画していた花火大会が、ついに始まったのだ。

次々と打ち上がる光の芸術は、夜闇をまるで昼間のように明るく照らし出し、美しく再建された城門や、花々に彩られた石橋を鮮やかに浮かび上がらせた。

「おお……! なんという美しさだ!」

「まるで星が降ってくるようだ!」

集まった市民たちからは、地鳴りのような大歓声と歓喜の叫びが巻き起こった。戦火の恐怖に怯えていたかつての記憶は、この圧倒的な光の祭典によって、完全に人々の頭から吹き飛ばされていく。

セシリアは、次々と夜空を彩るまばゆい光に顔を照らされながら、子供のように目を輝かせて歓声を上げていた。そして、満面の笑みを浮かべて隣の愛娘の手をきゅっと握り締めた。

「素晴らしいわ、ルシア……本当に、言葉にできないほど美しくて、楽しい夜ね」

母のその心からの笑顔を見て、ルシアもまた、胸の奥が温かな幸福感で満たされるのを感じていた。

「お母様に喜んでいただけて、私も嬉しいです」

美しく、そしてどこまでも楽しい聖地の夜。二人のもたらしたまばゆき光と豊かな緑、そして夜空に咲いた大輪の炎は、戦後の重苦しい緊張感を完全に消し去り、古都の民の心に、未来への確かな希望の光を灯したのだった。


登場人物一覧表

イリアード

アルストラーナ帝国軍の総大将であり、セレスティア親王。「軍神」と称される冷徹かつ無双の武勇を持つ指揮官。アラリック皇帝の腹違いの弟。愛娘ルシアを溺愛しており、彼女の危機には理性を失い「鬼神」と化して突撃する一面を持つ。のちに「大元帥」に就任。

ルシア(ルシア・フォン・セレスティア / 巫女ルナ)

セレスティア親王家の令嬢であり、イリアードの愛娘。『真理の光教団』の巫女「ルナ」としての顔を持ち、『聖ゲンドラス教国』の聖騎士団長を極秘裏に務める。空間や物質を操作・修復・回復させる強力な「異能」と稀代の軍略を操り、裏から大陸の歴史を動かす。

ベグ・バール

騎馬民族グラッデェ帝国の皇帝。前大王エスゲイ・バールの息子。父の復讐のため50万の大軍を率いてアルストラーナへ侵攻するが、ルシアに敗れて捕縛される。

エスゲイ・バール

グラッデェ帝国の偉大なる大王。ベグ・バールの父。前年5月に『六棘の霜華』によって暗殺された。

ジル・オテ(旧名:ジルグード)

元オテゲン皇国第4王子。11年前に燕国を占拠するもルシアに打ち砕かれ捕縛された。その後改心(ルシアにより半ば強制的に改心)させられ、聖ゲンドラス教国の司教を務める。過去には放浪の吟遊詩人・剣士としてブランガ・オデュヌと共に名を馳せた。

ヴィオ

ルシアの側選であり忠実な侍女。黒髪のショートカットに紫の瞳を持つ少女。背中に長柄の錫杖を背負い、細剣を用いた鋭く美しい剣舞もこなす。

ビー・スー

ディヌイヤ王国のボロ国王から特別な協力者として譲り受けられた青年。丸盾を背負い、冷静沈着な判断力でルシアの護衛や参謀的役割を果たす。

ヴォルフラム

『真理の光教団』アンチアルマ大聖堂の枢機卿。重厚な法衣を纏い、教団の志願兵を率いてルシアたちと合流・共闘する冷徹な知識人。

ココロギ(ココロギ・サイリュン / 崔心木)

『真理の光教団』の教祖であり、聖ゲンドラス教国教皇ゲンドラス・サイリュン(崔厳)の実子。リヴィエール一族の血を引く。空間跳躍(瞬間移動)や護符生成の異能を持つが、極度のパニックや生理現象で暴走・誤作動させることが多い気弱で優しい少女。

アラリック

アルストラーナ帝国の皇帝。イリアードの腹違いの兄。弟イリアードを非常に好いており、彼を近く(帝都)に留め置くために「大元帥」の職を新設・授与した。

リアム・フォン・セレスティア

イリアードの息子でルシアの兄。16歳で初陣を飾り、混戦を切り裂いてグラッデェ皇帝ベグ・バールを捕縛(実際は気絶したベグを縛り上げた雑用)した武功により、最年少将軍に就任し聖剣アウレリウスを賜る。

セシリア

イリアードの側室であり、ルシアの母。花の都ルミナリアの出身。「植物や緑を一瞬で爆発的に生い茂らせる」異能を持ち、市内に「神託の聖母」として光と緑の奇蹟をもたらす。

シルヴィア・フォン・アルストラーナ

アルストラーナ帝国第6皇女。アラリック皇帝の娘。冷徹で政治的な洞察力を持つ美少女。政略結婚としてリアムに嫁ぐ。

カルヴァル

天信教の総主教。聖地エルサ・ルーメンの大教導司教座聖堂『マジェストゥウーズ』に鎮座し、歴史を裏から操ってきたが、ルシアたちの前に屈服し権力を剥奪される。

ベルトト

ルシアたちの手配や巡行の運営を完璧にこなす手腕を持つ人物。祝宴では小堤を叩いて宴を盛り上げた。

ボロ・ディヌイヤ

南海の大国ディヌイヤ王国の国王。ルシアの要請に応じ、山脈を越えてグラッデェ本国南部を急襲・協力する。

ゲンドラス・サイリュン(崔厳)

聖ゲンドラス教国の教皇であり、ココロギの実父。

リゼリア

イリアードの正妻(親王妃)。リアムの結婚を温かく祝福する。

バザル

ガザルカガンド会戦におけるグラッデェ軍の最高幹部。大斧を振るう巨漢の猛将だが、ルシアに一撃で討ち取られる。

ルネッタ

イリアードの側室でセシリアの妹。後宮の「徳妃」。

シンシア

ルシアの妹。後宮で徳妃ルネッタの侍女を務める。

用語集一覧表

アルストラーナ帝国

大陸西部に位置する歴史ある古国。かつて全土を支配した「偉大なるラーナ人の国」。文武に長けた帝国だが、歴史の陰で天信教に主権を奪われていた。

グラッデェ帝国

50万の圧倒的な騎馬軍勢を誇る東方の大帝国。騎馬民族中心の国家で、他国を服属・奴隷化していた。本拠地はガザルカガンド。

聖ゲンドラス教国

『日の出る国』と称される東の島国。四つ葉のクローバーを紋章とし、洗練された純白の軍服と長柄の錫杖を携えた「聖騎士団」を擁する。

真理の光教団

ルシアが巫女「ルナ」として担ぎ上げ、のちに天信教に代わって国教となる新たな宗教勢力。

天信教

聖地エルサ・ルーメンを拠点とし、千年にわたり「授冠の儀式」を通じて王権の上に君臨してきた歴史ある旧宗教。都合の悪い歴史(王権と異能の真の起源)を抹消・隠蔽していた。

アンチアルマ

アルストラーナ帝国の東方防衛拠点である古都。堅牢な石造りの城壁を持ち、周囲の「ヴェロニカ砦」「フェルゼンヴァルデン砦」と共にグラッデェ50万の大軍を迎え撃った。

枡形(ますがた)

城門の奥に作られた半円形の構造を持つトラップ空間。突入した敵を鉄格子で閉じ込め、頭上から沸騰した油や火、矢を浴びせて全滅させる。

ガザルカガンド

騎馬民族グラッデェの本拠地。ルシア率いる聖騎士団の裏をかく作戦により焼き払われ、陥落した。

ガザルカガンド会戦

敗走したグラッデェ軍30万に対し、ルシアが解放を宣言して味方に引き入れた従属国兵15万+聖騎士団7千(計15万7千)が激突した決戦。グラッデェ帝国が完全に滅亡する契機となった。

エルサ・ルーメン

天信教の聖地であり「聖天の約束地」。中央には5本の尖塔を持つ巨大な「大教導司教座聖堂マジェストゥウーズ」が聳え立つ。のちにルシアによって「エルサ・ルーメン共和評議会」が設立され、民の街へと改変された。

四つ葉のクローバー

聖ゲンドラス教国および聖騎士団の象徴たる紋章。希望と神聖の象徴。

リヴィエールの血 / 異能

ルシアやココロギ、セシリアらに受け継がれる特別な血統と秘められた超自然的な力(空間操作、物質修復、植物の生長促進、瞬間移動など)。天信教が隠蔽してきた「王権の真の起源」にも深く関わっている。

心木(さいしんぎ)

『真理の光教団』の教義において、世界や宇宙の中心に立ち全生命の魂と心をつなぎ止める世界樹・大樹。

コミュシュルツ川

赤狼山脈の南を東西に流れる大河。ルシアたち聖騎士団とヴォルフラム率いる志願兵が合流した作戦上の要衝。

ディヌイヤ王国

南海の大国。ボロ国王が治めており、アルストラーナやルシアと同盟・協力関係にある。

セバスチャン

ルシアが騎乗する、チーターのごとき驚異的な脚力を持つ愛馬。

聖剣アウレリウス

皇帝直属の伝説的な武具であり、真の英雄にしか与えられない権威の象徴。リアムに授与された。

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