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『四つ葉の聖騎士団』

山脈の峻険な北麓を撫でるように吹き抜ける風は、豊かな大自然の匂いと、ほのかな春の暖かさを運んでくるに過ぎない。悠久の静寂が支配するこの大草原には、人の気配などどこにも見当たらないはずであった。

だがその静寂は、地平線を揺るがす地響きによって突如として破られた。

南の地平線、青空と緑の境界線から忽然と姿を現したのは、一団の騎馬軍勢であった。その数、実におよそ一万。整然と列を成して疾走する兵士たちは、洗練された純白の軍服に身を包み、同色の外套を風になびかせている。彼らの背中、そして天高く掲げられた旗印に刻まれているのは、希望と神聖の象徴たる『四つ葉のクローバー』の紋章――『日の出る国』聖ゲンドラス教国が誇る聖騎士団であった。

彼らは決して無断で他国の領土へ侵入したわけではない。聖ゲンドラス教国からアルストラーナ帝国に対し正当な外交手続きを踏み、公式な協定のもとで戦地に駆けつけた、正式な義勇援軍であった。

万の軍勢の先頭を切って疾風のごとく馬を走らせているのは、美しい髪をなびかせるアルストラーナ帝国セレスティア親王家の令嬢、ルシアであった。凛としたその眼差しは直進する先を見据え、一糸乱れぬ手綱さばきで軍勢を牽引している。

そのルシアと並び立つように馬を疾走させている一人の男がいた。逞しい体躯と鋭い眼光を持つその男の名は、ジル・オテ。……かつてオテゲン皇国第4王子ジルグードと呼ばれた男である。

十一年前、オテゲン皇国の崩壊に伴い、ジルグードは残党五万の兵を率いて燕国を極秘裏に占拠した。しかし、彼の野望は当時彗星のごとく現れた少女ルシアの圧倒的な武勇と計略の前に打ち砕かれ、散々に打ちのめされた末に捕縛されたのだった。

捕らえられた後の十一年間、彼はその高貴な名を捨て「ジル・オテ」と改め、聖ゲンドラス教国にて司教の任に就いていた。神の教えを通じてかつての猛気を和らげ、心を改めていた……と言えば聞こえは良いが、実態は「恐るべきルシアによって半ば強制的に司教にさせられ、強烈に改心させられていた」というのが過酷な現実であった。今やその目には、かつての傲慢さは消え、深い思慮と引き締まった決意が宿っている。

ルシアのすぐ後方には、側近であり忠実な侍女ヴィオが騎乗し、主人の背中を万全の体制で護衛していた。黒髪を顎の辺りで無造作に切り落とし、神秘的な紫の瞳を持つ少女である。長柄の錫杖を背に厳かに背負っている。

そしてもう一人、異色の経歴を持つ青年が列に加わっていた。ディヌイヤ王国のボロ国王の深い好意により、特別な協力者として譲り受けた青年、ビー・スーである。彼は見慣れぬ北の大地においても落ち着いた手綱さばきを見せ、愛用の丸盾を背中に背負い静かに機を伺っていた。

一行が目指すのは、赤狼山脈の東の端、険しい岩肌が穏やかな丘陵へと移り変わる南の地に流れる大河『コミュシュルツ川』の河畔であった。広大な草原を東西に穿つコミュシュルツ川のほとりこそが、事前の密約によって定められた運命の合流地点であった。陽光を受けて輝く水面の近くには、すでに先着した部隊が陣を敷いていた。

『真理の光教団』アンチアルマ大聖堂の枢機卿ヴォルフラム――。重厚な法衣を纏った彼は、教団に対する深い信仰心と高い志を持った信者たちの志願兵群を率い、静かに、そして確固たる意志をもって、東から訪れる聖騎士団とルシアたちの到着を待っていたのだった。


◇

「見えたぞ、コミュシュルツ川だ」

並走するジルの低く落ち着いた声に、ルシアは小さく頷いた。

地平線の彼方に、陽光を反射してきらきらと輝く一本の銀帯が姿を現す。近づくにつれ、その河畔に無数の天幕と、整然と掲げられた『真理の光教団』の旗がはためいているのが、ルシアの聡明な瞳にはっきりと映し出された。

「予定通りの到着ですね、ルシア様」

すぐ後ろから馬を寄せたヴィオが、背中の錫杖を軽く揺らしながら声をかける。その紫の瞳には、長旅の疲労など微塵も見られない。

「ええ。ヴォルフラム枢機卿も、首を長くして待ってくれているはずよ」

ルシアは手綱を引き、全軍に速度を落とすよう合図を送った。一万の白き聖騎士団は、まるで一つの生き物のように滑らかに減速し、大河のほとりへと近づいていく。

列の後方で静かに機を伺っていたビー・スーも、愛用の丸盾に手を添えながら、真理の光教団の陣営を鋭い目で見定めていた。ディヌイヤ王国からはるばる随行してきた彼にとっても、この合流は今後の戦局を占う重要な一歩だった。

聖騎士団の接近を察知し、教団の陣営からも一団の騎馬が迎えに現れた。その先頭に立つのは、重厚な法衣を風に揺らす男――アンチアルマ大聖堂の枢機卿ヴォルフラムその人であった。彼は馬を止めると、深く厳かな一礼をもってルシアたちを迎え入れた。

「よくぞおいでくだされた、ルシア様。そして聖ゲンドラス教国の清き騎士たちよ。神の導きによるこの合流を、心より歓迎いたします」

「ヴォルフラム枢機卿、お久しぶりですね。過酷な行軍ではありましたが、こうして無事に貴殿らと刃を同じくできることを嬉しく思います」

ルシアは馬上で凛とした声を響かせ、礼を返した。その隣で、ジルが静かに一歩前へ出る。ヴォルフラムの視線が彼に留まり、その目がわずかに見開かれた。

「……そちらにおられるのは、まさかジル・オテ司教、いや、かつての――」

「お初にお目に掛かります、枢機卿。今はただの神の僕、ジル・オテに過ぎません」

ジルは自嘲気味な笑みを微かに浮かべ、かつての「第4王子ジルグード」としての傲慢さを完全に削ぎ落とした、深く澄んだ声で応じた。その背後で、ルシアが「当然の結末よ」と言わんばかりに、悪戯っぽく、しかし絶対的な確信を秘めた笑みを一瞬だけ見せた。そして、ヴォルフラムにも意味ありげな視線を送った。

彼は若い頃、放浪の吟遊詩人にして、剣士として浮名を流した過去を持つ。しかも、あのブランガ・オデュヌの盟友として暴れ回っていたのだ。いずれも、オーレリアで正体が明らかになれば、即座に死刑宣告を下されかねない危険な人物であった。

大河コミュシュルツ川のほとりで、合流を果たした彼ら。この川を渡河して北上すれば、アンチアルマに展開するグラッデェ軍の背後を突くことができる。

そして、時を同じくして――。

南海の大国ディヌイヤ王国が険しい山脈を越えて、大軍を送り込み、グラッデェ本国を南部から急襲しているはずであった。


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