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『アルストラーナ伝記』  作者: リアトト
『六棘の霜華』帝国歴321年
42/152

『六棘の霜華』

月明かりが、残雪の残る険しい山道を青白く照らし出していた。

大陸北部に位置するこの山岳地帯は、寒冷な風が吹き抜ける難所である。早春とはいえ、夜の空気は皮膚を刺すように冷たい。だが、その凍てつく静寂を破るように、粗野な男たちの怒号と品物をあさる品性のない笑い声が響いていた。


「へっ、今夜の行商人はいい物を持ってやがったな!」


「おい、こっちの酒樽も運べ! 夜が明ける前にアジトへ戻るぞ!」


山賊たちの数は二十人ほど。旅人や商人を狙っては略奪と殺戮を繰り返す、この一帯の害虫どもだった。松明の炎がゆらゆらと揺れ、血に染まった雪面を赤く染めている。その時、頭上の岩場からからん、と金属の澄んだ音が響いた。


「――誰だ!?」


山賊の頭目が鋭く叫び、松明をかかげる。 月光を背にして立っていたのは、二人の小柄な人物だった。深くかぶった厚手のフード付きローブによって顔は影に隠れ、ただその瞳の輝きだけが暗がりの中に覗いている。その重厚なローブの背中、左胸、そして右肩には、繊細かつ冷徹な意匠の刺繍が施されていた。六つの尖角を持つ雪と霜の結晶――義賊『六棘の霜華(ろっきょくのそうか)』の紋章である。


「無駄な血は流したくありません。大人しく奪った品を置き、投降しなさい」


すっきりと通った、だがどこか凛とした声が響く。


「ガキか……? いや、女だな。こんな夜更けに何しに来やがった」


頭目が鼻で笑う。ローブの2人は微動だにせず山賊たちを見下ろしていた。月夜の闇に纏う空気は氷点下の風よりも冷ややかだった。背の少し低い者の手に握られているのは、片腕ほどの長さの短い錫杖しゃくじょうである。一見すると宗教的な法具に見えるが、装飾は儀礼的と言うよりは華美な彫刻が施されているように見える。


「ハッ! ガキが抜かしやがる! 野郎ども、叩き殺して剥ぎ取れ!」


山賊たちが一斉に武器を抜き、雪を蹴って襲いかかってきた。


言葉は無く、短く交わされた目線での合図と同時に、二人は跳躍した。

先陣を切った大男が、斧を振り下ろす。1人は身を交わすと同時に、片手で持った短錫杖を閃かせた。 ガアン! と硬質な音が響き、頭部の金環がジャラりと鳴る。強靭な腕力を乗せた一撃が男の顎を正確に撃ち抜き、巨体が倒れ込んだ。身のこなしは極めて無駄がなく、洗練された剣術の足さばきを応用した流麗な打撃術だった。

一方、長柄の錫杖の戦いぶりはより苛烈で、奇策に満ちていた。身丈を超える長柄の錫杖。襲いかかる二人の山賊に対し、錫杖の柄を捻る。 シャキン、という鋭い金属音が夜気をつんざいた。

なんと、長柄の頭部から抜けたのは澄んだ刃文を描く一振りの長剣だった。そして手元に残った柄と石突きの部分は、そのまま強固な鞘として機能する。


「なっ……仕込みか!?」


動揺する山賊の隙を逃さず、右手の長剣で一閃。刃をすれすれでかわした別の山賊に対し、左手に持った石付きの鞘を突く。ドスッという重い音が響き、山賊が悶絶して崩れ落ちた。 剣で斬り、鞘で打ち、時には鞘で相手の刃を受け止めて剣で一刺しする。両手を自在に操る両手生殺の演武は、まさに変幻自在の嵐だった。


「な、なんだコイツらは! 強い、強すぎる!」


二十人いた山賊の半数が、わずか数分のうちに雪の上に転がっていた。悲鳴と怒号が交錯する中、月明かりに照らされた二人のローブの刺繍――『六棘の霜華』が白銀に光り輝く。


「知っているか……噂の義賊『六棘の霜華』だ!」


「悪党からしか奪わないっていう、あの……!?」


恐怖が山賊たちの間に伝染していく。 頭目は青ざめながらも、起死回生を狙って背後から短錫杖の者へ襲いかかった。


「死ねえ、お嬢ちゃん!」


だが、短錫杖の者は振り返りもせず、短錫杖を振り抜き攻撃を弾いた。

死角から再び刃を、翻そうとした所にこんどは、滑り込んできた長柄の錫杖の鞘で押さえられてしまった。長柄の者は山賊の剣を鞘で跳ね上げると、石突で頭目の胸板を強く殴打した。呼吸を詰まらせて膝をついた頭目の首元に、短錫杖の者が静かに錫杖の先端を突きつける。


「……ここまでですね」


周囲を見渡せば、倒れ伏して呻く男たちと、戦意を喪失して武器を落とす数人の男しか残っていなかった。


「動かないで。奪った財品はすべて元にあった商人たちへ返してもらいます。それと……あなた方の身柄は、明朝、麓の警備隊へ引き渡します」


頭目は冷や汗を流しながら、こくりと頷くしかなかった。やがて、山賊たちを縄で縛り終えた二人は、月光が降り注ぐ崖の縁に立っていた。 早春の冷たい風が吹き抜け、二人の着るローブの裾を揺らす。深くかぶったフードの隙間からは、まだ素顔は見えない。

長柄の者は仕込み剣を鞘へと納め、カチリと心地よい音を響かせた。

弱きを助け悪を討伐した夜。夜空に浮かぶ三日月と、背中に刻まれた『六棘の霜華』の紋章だけが、うっすらと月明かりに照らされたのであった。


登場人物一覧


主要人物


ルシア・フォン・セレスティア(ルシア)

セレスティア親王イリアードと側室セシリアの娘(15歳)。圧倒的な異能(空間跳躍・攻撃・癒やしなど)と神の域に達した武芸の持ち主。義賊『六棘の霜華』や『真理の光教団』の巫女『ルナ』として暗躍し、物語終盤で帝都の結界を破るために命を落とすも、のちに皇女「シェルランテ」として転生・復活を果たす。


ヴィオ

ルシアに付き従う同い年の忠実な侍女(15歳)。紫の瞳と黒髪を持ち、長柄の仕込み錫杖(細身の長剣+金属鞘)を操る両手生殺の凄腕の使い手。


ココロギ・サイリュン(ココロギ / 崔心木 / 四つ葉様)

教皇ゲンドラスとリヴィエール遠戚の女性の間に生まれた娘で、後宮の『四つ葉堂』の巫女。リヴィエール一族の異能(空間跳躍や護符・神秘札の生成)を持つが、当初は暴走・失敗ばかりしていた。後に成長し、異能を完全に掌握して大水没の危機を救う。


シェルランテ・フォン・アルストラーナ(白鷺姫)

皇太子リアムと皇太子妃シルヴィアの間に生まれた皇女。生まれた直後から強力な念動・念力を発散させ、ルシアの生まれ変わり(転生)としての記憶と意図を秘めている。


【アルヴェリア親王家・リヴィエール一族】


イリアード・フォン・セレスティア

セレスティア親王であり、オーレリア帝国の「軍神」と称される総大将(のちに第15代皇帝に即位)。親バカな一面があり、娘のルシアや孫のシェルランテを狂愛している。


セシリア・リヴィエール

イリアードの側室でルシアの母(貴妃)。リヴィエールの血を引き、念話や念動、無から植物・花々を生み出す能力を持つ。


リゼリア・リヴィエール

イリアードの正妃(皇后)。念話、念視、予知の異能を司る。


フレデリカ・リヴィエール

大一族リヴィエールの長老で、イリアードの母(皇太后)。


リアム・フォン・セレスティア

イリアードと正妃リゼリアの息子でルシアの異母兄(のちに皇太子)。ベグ・バールを捕縛する功績を挙げ、聖剣アウレリウスを授かる。


シンシア・フォン・セレスティア

イリアードと正妃リゼリアの次女。異能を持たない「普通の女の子」として育ち、後宮でココロギの元へ通う。


ベルトト

セシリアの側近であり、熟練の女官長(侍女)。


【アルストラーナ帝国皇室】


アラリック

オーレリア帝国第14代皇帝でイリアードの異母兄。


シルヴィア・フォン・アルストラーナ

アラリックの第6皇女で、リアムの正妻(皇太子妃)。シェルランテの母。


ロザリア

アラリックの皇后。紫の異能(黒山羊結社・天信教の暗黒の力)に侵され狂気に陥る。


イスファ

アラリックと徳妃ルネッタの間に生まれた第4皇子。紫の異能に支配され惨劇を引き起こす。


ルネッタ

帝都の翡翠宮にいる徳妃で、セシリアの実妹。


イスマ

アラリックの皇太子で、異能に狂ったイスファに殺害される。


ヴァレリオ・フォン・ボルゲーゼ

72歳の老将で帝国太尉・征西将軍。ヴェロニカ砦にて敵将を討ち取る。


【聖ゲンドラス教国・真理の光教団】


ゲンドラス・サイリュン(崔厳)

『真理の光教団』の教祖であり『聖ゲンドラス教国』の教皇(ココロギの父)。ルシアの下僕として表面上の統治を行う。


ヴォルフラム

アンチアルマ大聖堂の枢機卿。元・吟遊詩人かつ凄腕の剣士。


ジル・オテ(ジルグード)

元オテゲン皇国第4王子。ルシアに敗れた後、改心させられて聖ゲンドラス教国の司教となる。


カシアン・ヴァロア

かつての大遠征に失敗した元宦官で、幼いルシアの手配によりシューコルン司教・オクタヴィア大聖堂司教を歴任。


 【バール朝・グラッデェ】


エスゲイ・バール

中央高原を支配する隻眼の覇王。ルシアによって暗殺される。


ベグ・バール

エスゲイの次男で、バール朝グラディエ帝国の皇帝。大軍を率いてアルストラーナへ侵攻するが、ルシアとリアムに捕縛される。


カサル

エスゲイの弟で大将軍。北方の脅威に対抗するため領地を焦土化する暴挙を行うが、ヴィオに首を討たれる。


カルヴァル

古都ラーナの天信教総主教。ルシアによって権威を失墜させられ降伏する。


【ディヌイヤ王国】


ボロ・ディヌイヤ

南南海の覇者・ディヌイヤ王国国王。ルシアと旧知の仲であり密約を結ぶ。


ビー・スー

ディヌイヤから随行した丸盾使いの青年で、ディヌイヤ・ラーナ公国の司教。ココロギの協力者。

敵対組織(天信教・黒山羊結社)


アルノルト

天信教の老総主教。虚無の終焉と「救世主の死」を望み、禍々しい禁忌の術式を行う。


アルカディアス

帝国の影で暗躍する『黒山羊結社』の頂点であり、天信教の真の黒幕である初老の男。


用語集一覧


【組織・勢力】


六棘の霜華(ろっきょくのそうか)

背中、左胸、右肩に「六つの尖角を持つ雪と霜の結晶」を刺繍したフード付きローブを纏う、神出鬼没の義賊。ルシアとヴィオの仮の姿。


四つ葉のクローバー(真理の光教団 / 聖ゲンドラス教国)

聖ゲンドラス教国および真理の光教団のシンボル。ルシアが真の支配者として率いる組織の象徴。


バール朝グラッデェ帝国

騎馬民族グラッデェの征服者ベグ・バールが打ち立てた帝国。


黒山羊結社(くろやまぎけっしゃ)

三つの目を持つ黒山羊の銀紋章を掲げ、帝国の影で古代の「原始の力」や呪詛を用いて暗躍する狂信的な秘密組織。


【地名・都市】


帝都ラーナ(白亜宮)

古代文明の発祥地でありアルストラーナ帝国の首都。

中央に皇帝の居城である壮麗な「白亜宮」が聳え立つ。


アクア・パレス(ルシア宮 / 蓮花宮 /フロスト・ヴァイス城)

水の都にあるセレスティア親王家の美しき宮殿群。



聖都クリスタルヘイム

聖ゲンドラス教国の首都。ディヴァイン湖と霊峰セイクリッド山の麓に碁盤の目状に築かれた超巨大都市。


ガザルカガンド

中央高原におけるグラッデェ遊牧民族の本拠地・交易都市。ガザルカガンド会戦により陥落・焼亡する。


アシュウェスト

大運河とアシュロン川が交差する物流・交易の要衝。裏社会の「五大商人」が牛耳っており、水底にはかつて大洪水で沈められた旧大聖堂が眠る。

アルヴェリア

かつて未曽有の水害・大洪水によって沈み、長年不毛の湿地帯となっていた禁忌の地。


【武器・アイテム・特殊設定】

短錫杖 / 長柄の錫杖(仕込み剣)


ルシアとヴィオが携える武器。短錫杖は金環がついた打撃用法具。長柄の錫杖は柄を捻ると長剣が抜け、柄と石突き部分が強固な鞘となる両手生殺の仕込み杖。


聖剣アウレリウス

オーレリア皇帝直属の伝説的な名剣。真の英雄としてリアムに授与される。


黄金の獅子剣

大元帥イリアードが携える大刀。真の力を解放すると眩い黄金の闘気を噴出させる。


神秘札・護符

ココロギやルシアが異能の力でその場で作る紙片。受け取った者の悩みを解決する注意書きや治癒・保護の奇跡をもたらす。


リヴィエールの血(異能)

リヴィエール一族に発現する超常の力。瞬間移動(空間跳躍)、念動、念視、予知、治癒、無からの生成(念創)など多岐にわたる。


紫炎石(しえんせき)

黒山羊結社が人工的に生み出した物質。強力な結界の展開や他者への精神憑依を可能にする。


心木(こころぎ)

『真理の光教団』の教義において、世界や生命の魂をつなぎ止め、心(感情・意思)を巡らせる大樹・世界樹を指す言葉。


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